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2017-07-01

学び手と教え手を支援する、外野仕事の面白み

この7週間は、平日35日のうち研修本番が16日と詰まっていて、その準備と実施と評価で目まぐるしく働いていた。まだ研修後のスキルチェック課題の評価、7月以降の案件などあれこれ残っているけれど、ちょいと一息、久しぶりに仕事しない週末を迎えている。

いくつかの研修プログラムを並行で走らせていたのだけど、大方は完全オリジナルのオーダーメイド。一般の受託ビジネスと同じだ。与件を整理して、要件を定義して、コンセプト立ててプログラムを構成し、講義・演習を設計して教材を開発し、研修を運営して、結果を振り返って効果や課題点をレポートする。私は講師以外の裏方仕事をする。

昨今は、実務コミュニティの間で勉強会イベントが活発だ。それを教えられる人が起案して、学びたい人を集め、勉強会を開くということが、すごくやりやすくなった。参加者を募集するイベント開催支援サービスは「Peatix」とか「Connpass」とかあるし、事前に参加費や受講料を徴収することもできる。無料や、当日払いでやっているのも多い。

私は、それ自体すごくいい流れだと思っている。テクノロジーを活用して、楽に集い、教え合うことができるようになっている。だからこそ、中身を教えられるわけじゃない外野の自分が、ぽつんとそこに立ち、学習の場をデザインする立場から役立てることはなんだろうと考える。私は外野から補完したら現場が有意義なことをしたい。

そうすると、セミナー形式で伝えるだけでは成し得ない構造をいかに作り込んで、学習効果をあげられる仕組みづくりに貢献できるかということになる。与件をしっかり整理して、スコープをしっかり定義して、どう作り込んだら、学び手の実務のパフォーマンスがぐいっと上がるかを、その人たちのモチベーションや業務環境などもしっかりイメージしながら考えて作っていく。

必ずしも、そういうことを丁寧にやっていける案件ばかりではない。そういう意味で今回は、すごくそこに力を注げる案件でよかった。こういうことに柔軟に対応してくれる講師に参画していただいて、一方的に教えるのではなく、押さえるべきポイントはプチ講義した上で、鍛えたい能力に焦点を絞った課題を作り込んで、それを受講者にやってもらう。

そのアウトプットを個別に評価して、全体的に何が理解できていないのか、個別には誰が何を理解できていないのか、何を教えてどんなアドバイスをしたら、それが理解できるか、アウトプットが変わるかを整理していって、それをもとに補講プログラムを組んで講義を行ったり、みんなのアウトプットを見比べながら表現のバリエーションを学び合ってもらったり。

実際に受講者が作ったものをもとに、ここでこういうアウトプットになっているのは、こういう観点でまずくて、それはこういうことが理解できていないからなので、こういうふうに改めるとよいと、そういうステップを踏めた。

それは、ものすごく骨が折れる仕事であるけれども、それが私のやりたい丁寧な仕事であり、中身は教えられないけど、教え学ぶ構造を作る、私のような人間が骨をおってやるべき仕事なのだと思っている。

一般の勉強会では、なかなかその部分はケアするのが難しい。あるいは、現場でもそうかもしれない。自分のアウトプットに対して、自分の能力の観点から適切なフィードバックを返してくれるメンターに恵まれている人は少ないのではないか。

ワークショップは流行りでもあるけれど、必ずしも能力開発のために開催されているわけじゃないし。参加者の不足スキルを特定して、そこに焦点化して特定の知識やスキルを身につけるための演習課題を設計するのは、事前調査も必要なら、適切なネタを課題化するのも骨が折れる。

受講者がすぐにでも手がけそうな案件想定を起こすとなれば、そこで担当している案件をヒアリングして、実案件の資料を読み込んで課題に起こし直したり。そうやって学習効果性と、リアリティと、課題として適切な複雑性のチューニングとをやりくりしながら演習課題をこしらえる。それはそれで専門性も求められる。

さらに、出てきたアウトプット一つずつを見て評価して、それについて個別に評価を数字と所見コメントを起こして返していくのも大変だ。

わかる人(講師)が、ここができてないんだよなぁというのは、それをわからない人(受講者)がそのまま聞いても、何がよくないのかわからなかったりする。だから、どうできていないのかを、わからない人に伝わる言葉に翻訳していくことを、私はよくやる。

さらに、わかる人は、ここができていないという指摘をすれば、そこを意識してできるようになると思ってしまいがちだが、まだそれをできるようになっていない人からすると、その視界はまだ開通していないので、できていないことを指摘されたからといって、それができるようになる方法を同時に会得できるわけじゃない。できていないところはココ、それができるようになる方法はこう、それは別物として教えるなり、考えさせるなりのステップが必要だ。

その辺を丁寧に構造だてていく仕事は、外野のほうがやりやすいことも多い気がしていて、その辺の現場の補完機能として働ける仕事は、すごくニッチな気はするけれども、すごく面白かったり、やりがいを感じたりする。学ぶ側、教える側が一人で奮闘するよりも、学ぶ側が学びやすかったり、教える側が教えやすかったりするサポートができたら、すごく嬉しい。

私の仕事はそういう小さな仕事の集合体でできているのだけど、人からみれば、ささやかすぎるちょこまかした働きでも、私は私の仕事が楽しい。今の環境がいつまで維持されるかわからないけれど、許されているうちは頑張っていたい。

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