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2017-07-26

イベント出演録というか、奥手の奥義

昨日は、DeNAさん主催「Game Developer's Meeting」シリーズのゲームクリエイター向けキャリア勉強会Vol.2に登壇。4月にVol.1でお話しさせていただいて、引き続き今回もお話しすることに。私のお題は、クリエイティブ現場の若手育成。

定員60名のところ、早々に70名様の申込みをいただいて締め切り。シリーズ展開していることで、他の回に参加した方もいれば、今回初めてGDMに参加したという方もけっこういらして、当日は大変盛況でした。

Game Developer's Meeting (GDM) ゲームクリエイター向けキャリア勉強会Vol.2
http://gdmcareer02.peatix.com/view

私の話もなんとか無事にまとまり、後半のMeetUpで交流させていただいた感じだと、まずまず好評だったよう。講演内容を肴(さかな)に、現場の皆さんの人材育成に関するお話をたくさん伺うことができて、たいそう有意義に過ごすことができました。

私はどうにも「裏方が本業」という意識が強くて、表舞台に立つときは毎度おっかなびっくりです。まぁ実際、圧倒的に自分の人生の時間を割いているのが裏方仕事っていうのもあるのですが、性格的に奥手、人見知り、引っ込み思案、臆病者、内気、出不精と、そういった言い訳言葉はつらつら浮かんでくるタチなのも、その背景にあります。

ふだん手がけているクライアントさん向けの社員研修で、講師が話す前後にちょい役で話すことはわりと頻繁にあるのですが、それはあくまで脇役、合いの手。数十分や数時間まとまった話をしてその場をリードするというのは全く別物です。ふだん講師業務はそれぞれの専門家に委託しているだけに、自分には分不相応なのではないかという思いが出てくる心の動きを止められません。

止められないものの、頭で考えると、何が本業だとか言って、自分で自分の枠組みを下手にくくるものではないということもよくわかっている。そういうふうにして、せっかくいただいた機会を無にするのは「違う」なぁと思うので、まれにお話をいただくと引き受ける。

そこで、頭が心に言い聞かせる。別に立派な人じゃなくたって、そのテーマで自分から出せるものを共有して、それがきっかけで、参加してくださった方が考えたり振り返ったり、何か持ち帰れるものがあれば、それでいいのだと。

しかも、私が話すのは「仕事の教え方」だとか「人のキャリア」だとかいう類い、絶対の「こうだ!」という答えがあるような話じゃないのだから、話題提供をして、みんなでわいわい話したことが有意義だったら、それでいいのだ、それがいいのだと。

そうやって、頭が心に説教して度胸を据わらせるわけです。心のほうは、そうか、そういうふうに考えれば、自分は脇役のまま登壇することができる、あくまで私は参加者が本編で話を深めるためのネタ提供者なのであると。これは心の落ち着きを得るのに、だいぶ効果的です。

そうして、参加者が後に交わす話のネタになるように、たとえ初対面の人同士でもすぐに「さっき講演の中で出てた、あの話さー」というところから一気に深い情報・意見交換ができるように、自分の話すことをあれこれ考えます。

それで実際イベントでお話をさせていただいた後、そういう光景が見られたり、自分も輪の中に交わっていろいろお話しさせていただけたりすると、あぁ良かったなぁと。今回もMeetUpで、皆さんが自分の育て方の悩みとか、自分はこういうふうにやっているとかって意見交換しているのをみて、また私も話に加わっていろいろお話しできて、あぁ良かったなぁと思いました。

経験を重ねても肝っ玉は小さいままで、こうした機会をいただく度、本番直前に足がつったり、身の周りの空気が薄く感じたりを繰り返しているのですが、まぁお手洗いが近くなるよりはいいのかもしれません。

それで今回やってみて思ったのは、肝っ玉が小さく奥手な人間ほど、思いきって話し手を務めちゃうと、その後の交流会でみんなと話しやすくていいなぁということ。

奥手な自分が、交流会からいきなり、その場にいる参加者の方々と関係づくりをして、意見交換を繰り広げるというのは相当に難儀です。それより最初に自分の知っていること、そのネタで共有したいこと、思いとか考えとかしゃべっちゃって、それに意見をもらえたり、それに興味ある方にお声がけいただくとか、そこから徐々におしゃべりの輪が広がっていくとか、いやぁ、ありがたすぎる…。

だからこうしていこうという教訓は何も得られない心のうちですが、今回も前回も、別のイベントで少しお話をさせていただいたときにもこれで救われて、有意義な交流をもたせていただいたので、なんとなくメモに残しました。まぁ、やっぱり基本は裏方が合っている人間なんだなぁとも毎度思いますが…。

昨晩もほくほくした気持ちで帰途に着き、ご参加者の皆さま、主催者の皆さまに、心から感謝しています。ありがとうございました。

2017-07-01

学び手と教え手を支援する、外野仕事の面白み

この7週間は、平日35日のうち研修本番が16日と詰まっていて、その準備と実施と評価で目まぐるしく働いていた。まだ研修後のスキルチェック課題の評価、7月以降の案件などあれこれ残っているけれど、ちょいと一息、久しぶりに仕事しない週末を迎えている。

いくつかの研修プログラムを並行で走らせていたのだけど、大方は完全オリジナルのオーダーメイド。一般の受託ビジネスと同じだ。与件を整理して、要件を定義して、コンセプト立ててプログラムを構成し、講義・演習を設計して教材を開発し、研修を運営して、結果を振り返って効果や課題点をレポートする。私は講師以外の裏方仕事をする。

昨今は、実務コミュニティの間で勉強会イベントが活発だ。それを教えられる人が起案して、学びたい人を集め、勉強会を開くということが、すごくやりやすくなった。参加者を募集するイベント開催支援サービスは「Peatix」とか「Connpass」とかあるし、事前に参加費や受講料を徴収することもできる。無料や、当日払いでやっているのも多い。

私は、それ自体すごくいい流れだと思っている。テクノロジーを活用して、楽に集い、教え合うことができるようになっている。だからこそ、中身を教えられるわけじゃない外野の自分が、ぽつんとそこに立ち、学習の場をデザインする立場から役立てることはなんだろうと考える。私は外野から補完したら現場が有意義なことをしたい。

そうすると、セミナー形式で伝えるだけでは成し得ない構造をいかに作り込んで、学習効果をあげられる仕組みづくりに貢献できるかということになる。与件をしっかり整理して、スコープをしっかり定義して、どう作り込んだら、学び手の実務のパフォーマンスがぐいっと上がるかを、その人たちのモチベーションや業務環境などもしっかりイメージしながら考えて作っていく。

必ずしも、そういうことを丁寧にやっていける案件ばかりではない。そういう意味で今回は、すごくそこに力を注げる案件でよかった。こういうことに柔軟に対応してくれる講師に参画していただいて、一方的に教えるのではなく、押さえるべきポイントはプチ講義した上で、鍛えたい能力に焦点を絞った課題を作り込んで、それを受講者にやってもらう。

そのアウトプットを個別に評価して、全体的に何が理解できていないのか、個別には誰が何を理解できていないのか、何を教えてどんなアドバイスをしたら、それが理解できるか、アウトプットが変わるかを整理していって、それをもとに補講プログラムを組んで講義を行ったり、みんなのアウトプットを見比べながら表現のバリエーションを学び合ってもらったり。

実際に受講者が作ったものをもとに、ここでこういうアウトプットになっているのは、こういう観点でまずくて、それはこういうことが理解できていないからなので、こういうふうに改めるとよいと、そういうステップを踏めた。

それは、ものすごく骨が折れる仕事であるけれども、それが私のやりたい丁寧な仕事であり、中身は教えられないけど、教え学ぶ構造を作る、私のような人間が骨をおってやるべき仕事なのだと思っている。

一般の勉強会では、なかなかその部分はケアするのが難しい。あるいは、現場でもそうかもしれない。自分のアウトプットに対して、自分の能力の観点から適切なフィードバックを返してくれるメンターに恵まれている人は少ないのではないか。

ワークショップは流行りでもあるけれど、必ずしも能力開発のために開催されているわけじゃないし。参加者の不足スキルを特定して、そこに焦点化して特定の知識やスキルを身につけるための演習課題を設計するのは、事前調査も必要なら、適切なネタを課題化するのも骨が折れる。

受講者がすぐにでも手がけそうな案件想定を起こすとなれば、そこで担当している案件をヒアリングして、実案件の資料を読み込んで課題に起こし直したり。そうやって学習効果性と、リアリティと、課題として適切な複雑性のチューニングとをやりくりしながら演習課題をこしらえる。それはそれで専門性も求められる。

さらに、出てきたアウトプット一つずつを見て評価して、それについて個別に評価を数字と所見コメントを起こして返していくのも大変だ。

わかる人(講師)が、ここができてないんだよなぁというのは、それをわからない人(受講者)がそのまま聞いても、何がよくないのかわからなかったりする。だから、どうできていないのかを、わからない人に伝わる言葉に翻訳していくことを、私はよくやる。

さらに、わかる人は、ここができていないという指摘をすれば、そこを意識してできるようになると思ってしまいがちだが、まだそれをできるようになっていない人からすると、その視界はまだ開通していないので、できていないことを指摘されたからといって、それができるようになる方法を同時に会得できるわけじゃない。できていないところはココ、それができるようになる方法はこう、それは別物として教えるなり、考えさせるなりのステップが必要だ。

その辺を丁寧に構造だてていく仕事は、外野のほうがやりやすいことも多い気がしていて、その辺の現場の補完機能として働ける仕事は、すごくニッチな気はするけれども、すごく面白かったり、やりがいを感じたりする。学ぶ側、教える側が一人で奮闘するよりも、学ぶ側が学びやすかったり、教える側が教えやすかったりするサポートができたら、すごく嬉しい。

私の仕事はそういう小さな仕事の集合体でできているのだけど、人からみれば、ささやかすぎるちょこまかした働きでも、私は私の仕事が楽しい。今の環境がいつまで維持されるかわからないけれど、許されているうちは頑張っていたい。

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