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2016-05-14

母が居間をはずしている間のこと

今週末は父を誘って、母のお墓参りに行く。本当は先週末の「母の日」に行きたかったんだけど、仕事が立て込んでしまい、1週間遅れにさせてもらった。母の日当日は胸のうちで「ごめんよー」と詫びながら、ある日のことを思い出していた。

ある日というのは、母が亡くなるひと月ほど前、忘れもしない2011年1月2日のことだ。病気発覚から2週間足らず、余命宣告から1週間足らず、年の瀬に突如「もって2~3ヶ月か」という事態に追い込まれて、本人も家族も心中もみくちゃ状態だった。

それでも私たち家族はそれぞれに、心の中のわずかな落ち着きをかき集めて、できるだけ平静に母に接した。限りがあるとしても、できるだけ母が穏やかな日々を送れるよう最期まで守りぬこうと踏ん張っていた。そんな頃だ。

年が明け、母はお正月だからというので外出許可をとって、元旦に病院から自宅に戻ってきた。その翌日のこと、父と兄一家はそれぞれ初詣に出かけ、私と妹は家に残って、母と一緒にゆっくり過ごしていた。薬のおかげで母の体調は安定していて、お天気も良かった。穏やかな一日で、居間の大きな窓からぽかぽかと陽がさしていた。

お昼すぎ、しばらく居間をはずしていた母が、しっかりメイクをした状態で「写真を撮ってほしい」と居間に入ってきた。

ずぼらで不器用な私とちがって、母は普段からきちんとお化粧をする人だったから、その顔は見慣れたものだったけれど、病気の発覚からはずっとお化粧していなかったから、私は寝巻き姿にばっちりメイクの母を見て、静かにはっとした。一瞬にして、あぁこれは「自分のお葬式のときの写真を撮って」ということなのだと察し、胸がしめつけられる思いがした。

それでも、母はただやさしく微笑んで「写真を撮ってくれる?」とだけ言うので、私も母と同じやわらかさで微笑んで「うん、そうしよう」とだけ返した。自然光がさす居間に立って笑う母は、きれいで、きれいで、本当にきれいだったのだ。ここに一枚の写真がある。

私は母が他界してからも、その日のことを時おり思い出してきた。それは日が経つごと、懐かしく、好ましい思い出となっていった。お天気もよくて、いい笑顔も撮れたし、母も気に入ってくれたようだったし。実際、その時撮った写真は葬儀のときに使ったし、今も遺影として仏壇のところに飾っている。

だけど、今年の母の日を迎えて、母のことを思い出しているときに、あれから5年も経った今になってようやっと、あの日の裏面に思いが及んだのだ。私と妹が居間にいる間、母が居間をはずしている間のことに、思いが及んだのだ。

彼女はきっと、メイクだけじゃなく、上衣だけでも寝巻きから着替えることを考えたんじゃないかしら。でも、そこまでの気力・体力がなくて、逡巡したあげく、寝巻きのままの撮影を受けいれる時間をもったのではないかしら。

そして彼女はあの日、居間を離れて、ひとり鏡の前に立って、どんな思いで化粧をしたのか。また写真をひとしきり撮り終えた後、居間を去ってメイクを落とすとき、どんな思いを抱え込んだことだろうかと。毎日毎日、何十年と続けてきたお化粧を、彼女はあの日、それが自分の人生で最後の化粧になることを感じずにはいられなかっただろう。

その「母が居間をはずしている間のこと」に、私の想像は5年もの間、及ばなかった。私はそのことに愕然として、自分の想像力の貧しさに、自分の浅薄さに、言葉を失った。そして心の中で、5年前に鏡の前に立って最後の化粧を落とした母のことを抱きしめた。

その思いをもって、今週末は母のお墓参りに行く。人のネタで勝手に妄想して感傷にひたらないでよ!って母は笑っているかもしれないけど…。

*2011年1月2日に書いた話「母帰ってくる」

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