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2016-03-01

むちゃな概念化

自分の身の周りの誰かなり一集団が、自分にとって解せない生き物だからというので、「○○とは解せない生き物だ」と、その概念全般を取り上げて断じてしまうのは世の中的にNGだ。

世の中的にNGなのだから、世の中に発信しなければ事は軽いわけで、もしそれでストレスがたまっていて如何ともしがたい状況であれば、例えば居酒屋の個室をとって、聞き流してくれる気の置けない友人に愚痴をこぼすというのであれば、鬱憤をためるより健康的かもしれない。手元のメモ帳に思いの丈をとりあえず走り書きするのもありかもしれない。話しているうち、書いているうちに、自分の側にもむちゃなところがあった気がするとかって内省できることもあるかもしれないし。誰でも見られるWebページのように「世の中」にこぼす以外の選択肢を用意できているといいのだと思う。

最近、とある「概念A」で自分が散々な目に遭ったというので、その「概念全般」を指して「あれ系は全部ダメだ」と放言してしまう事案を見聞きすることがある。でも、それはだいたい拡大解釈というやつなので、とりあえず一呼吸して「あれ系は全部ダメだ」という前に「例外はないのか」と問う時間を挟んでみるといいのだと思う。

そこで「例外なんてない、全部が全部ダメに決まってる!」と思う場合はおそらく冷静さを欠いているから、一晩寝かせると良さそうだ。一晩寝かせる余裕なんてないという場合には、「世の中」に発信するのではなくて、人気のない洞穴や原っぱや海岸や森林、騒がしすぎる居酒屋かカラオケボックスあたりで吐き出すとか。あるいは、Web上に乗っからないメモ帳でもいいし、誰か信頼をおけて迷惑がらなそうな友人宛のメールでも。

ひどいタクシー体験、ひどいコンビニ体験、ひどい若者体験、ひどい年配者体験、どこの話でも誰の話でも、とにかくひとっとびに「概念全般」にもっていかないのがいい。新宿、巣鴨、宮崎、札幌、岩手、ニューヨーク、たくさんいるタクシー運転手、コンビニ店員、若者、年配者の中で、本当に8〜9割がたがそうなのか、そう言い切れるだろうかと考えてみる。8〜9割そうだというのは、なかなかない。5〜6割そうだというのでも「概念全般」でくくってしまうのはちょっと乱暴だ。「例外」がどれくらいの大きさでありそうか伺ってみる一呼吸が肝要だ。

「世の中」に発信するというのは、自分の想定する「例外」の人も読むということだし、「例外」をよく知る人も読むということだ。それは人を不穏に陥れるし、不快や不愉快を生む。発信者と知り合いじゃない分、受け手側も反発しか覚えられない。書き手側につらい体験があったことを推し量るなど、なかなか難しい注文だ。

人はよく「一から十を学ぶ」ことを推奨するけれども、「一の体験から拡大解釈して十を学ばない」ことも大事だ。一から下手に学びすぎてもよろしくない。

いやいや、リスクを伴うわけだから、とにかく一度何かで嫌な目にあったら「これ系全般は要注意、近寄るべからず」って思っておくくらいが安全だと、そういう見方もありっちゃありかもしれない。だけど、何かあるごと、一の体験を十に広げて「これ系は全般ダメ」と自分の世界から排除していくと、どうなるか。すべてのリスクを完全に回避していった先に残るのは何もしない人生だけだ。それだと、本当につまらない人生になってしまう。だからやっぱり、バランスをとっていかざるをえない。やわらかく、いい按配でやっていきたい。

# って言いながら、だいぶ走り書いた状態でこれを人様にさらす私…

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