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2016-02-28

仕事先の方向転換

「仕事の潮目が変わる」という話を書いてから2週間ほど、この間に直属の上司、その上の上司、そのまた上の上司にそれぞれ「自分の仕事をこう変えたらいいと最近思っていて」と直接話す機会に恵まれ、みんな「いいね!」と言ってくれたので、そちらに軸足を移していこうと思っている。来期自分に期待される役割もそちら方向にシフトするようなので、やはり今が節目だったのだ、ということにしよう。

今の会社に来て11年。3年ほどしたあたりでB2CからB2Bに重心が移り、ここ8年ほどはクライアントに研修を提供する仕事をメインにやってきた。始めのうちはシンプルにWeb系実務者向けのセミナーやトレーニング、ワークショップ形式の研修プログラムを作って納めることが多かったが、長くやるうち案件のタイプも広がり、期間が長く規模の大きなもの、個別にスキル評価や所見をレポートするもの、e-ラーニングやモバイルラーニングのコンテンツ開発、反転授業の構造化、OJTプログラムの設計と、依頼内容も多様性を帯びていった。やりがいがあって、ありがたかった。

そこへ来てここ1、2年は、純粋なクライアント案件のほかに、グループ会社からの依頼で研修を内製する裏方サポートや、その結果を分析して研修後の継続施策を提案して試行するといった長期的活動にも携わらせてもらうようになった。自分が参加者に直接まとまった話をする表方の役割も、必要に応じて担うようになった。

あるいは上司からの相談で、社内外のナレッジをどういう仕組みや仕掛けで組織の活動なり体制に展開すると自社の仕事能率が高まるかとか、インストラクショナルデザインや人材開発からの発想でマーケティング活動の改善提案を考える仕事も出てきた(と勝手に解釈)。

そんな流れを受けて、ここらで一旦「純粋なクライアント」から「自社やグループ会社」のサポートに軸足をずらしてみようと考えた次第。一般のクライアントより、組織・事業の内部に深く入り込んで問題の核心に迫れる業務環境で、組織のマーケティング活動に実利を生むように、それが個人のキャリアにとっても同等かそれ以上の価値を生むように、実際問題どう落とし込めるのか、立ち回れるのか、手探りでやってみようという感じだ。

デジタルマーケティングの世界は、次々に新しいコンセプト用語が輸入されて大わらわだけど、私は新しいものをがつがつ取り入れてうまく成果を出せる性質でもないし、もっぱら実務者指向で研究者の気質もない。

「1つの組織が今置かれている状況」に向き合って、現場をよくみて深く洞察して、これまでの経験と他からの知見と地頭とバランスよく使ってこねて混ぜて編集して、解決策を地道に練り上げて提案してみて、フィードバックをもらって揉んで直して試行して、振り返って練り直して次の手を考えてって、とにかく自分ができることを身の丈でコツコツやっていこうと思う。そうすれば何もしないより、いいことあるだろうと。

この先もご依頼くださったクライアント案件は受けつつ、コンペ案件は遠慮ぎみ、営業活動はしないくらいで、のらりくらりやっていけたらなぁという見通し…。特別ハードな変更をするわけじゃないけど、気分的には久しぶりに節目だなという気がする。

これでスキルやノウハウをためていって、先々クライアントに提供できることも今より深みのあるもの、広がりのあるものにしていけたらいい。またこの道中で、日頃より懇意にしていただいているWeb界隈の人たちに共有できるものも、ちょこまかこしらえていけたらいいなと思う。

2016-02-25

健康にまつわる賭け

「目の手術を受けた」という話を書いてから1年半ほど経った。あれは壮絶な体験であった…。今でもちょっと思い出しただけで足腰の力が抜けて崩れ落ちてしまいそうになる。眼球を14針縫うとか、それを抜糸するとか、今思い返しても信じがたい。

しかし先生には感謝している。手術したほうの目は、数か月後にはすっかり健康になって、今も見た目・視力ともまったく問題がない。たぶん、ものすごく腕のいい先生なのだ。先生の安定した執刀でなければ、私は手術の途中で気絶していたんじゃないかと思う。気絶したら手術は続けられないのだが。

手術を終えた後は、少しずつ期間をあけながら検診に通っている。今は3か月おき。手術したほうの目は順調なのだけど、一応それの経過観察と、もう一方の目、これが問題なのだ。

実はもう一方の目にも、翼状片がある。もう5、6年だか両眼にあったのを、右目のほうが進行していて良くなかったので、昨秋に手術して切除したのだった。左目は、残っている。なので今も目薬をさして、進行を抑えているのだ。

それで今日久しぶりに検診に行ったら、思いがけず左目の手術の希望時期を訊かれた。びっくりして「え、いや、逃げ切りたいです!! 死ぬまでいいです!!」と即答した。とにかく強い意思を伝えた。

先生は苦笑して「今は薬で進行を抑えているけど、うーん、ずっと薬を続けないといけないけど」と。いやいやいやいや、手術するくらいだったら全然それでいいですよ…。

ただ、目薬を続けたとしても進行しないとはかぎらない。目薬をさし続けなければ進行は免れないだろうけど、目薬をさし続けたとして、どう進行するかはわからぬ、という感じ。

とにかく私としては、サングラスと帽子で紫外線を避ける生活を続け、進行しないように!と気を引き締めた次第。

ただ、万が一進行してしまったとき、先生が引退しているときついなぁというのが頭をもたげている。あの壮絶な手術(2時間近く意識を保って先生に協力し、眼球を右上、左下へと指示通り動かし続けないといけない)と1週間後の14針の抜糸を、他の先生にやってもらうとか耐え難い…。先生は60代、あと数年しか現場に立たないとすると、引退した後に手術しないとダメなんてことになったら…。

四十も間近になると、こうした健康上の判断が「賭け」の様相を呈してくる。自分が何歳まで生きるかわからないし、先生が何歳まで面倒みてくれるかわからない、病気がどんなふうに進行するかもわからない。病気の進行、先生の労働寿命、私の寿命、どれがどう来るかなぁというのをよんで、ベットしないといけない。むずかしい。医療技術がどう発展するかにも期待したいところではあるけど、「恐怖の軽減」って領域はなかなか進まないからなぁ。個人的には長生き策より重要事項に思えるが…。

とにかく今日は、また3か月後に経過観察ってことで帰ってきた。帰りのエレベーターで膝ががくがくした。お世話になっている眼医者さん(60代)と美容師さん(40代)には、私より長生きして現役でがんばってほしい。

2016-02-24

課題を乗り越える3ステップ

大きいの小さいの、私たちは日々いろんな課題に直面する。人は新しい課題に直面したとき、3つのステップをたどって課題を乗り越える。

まずは、この課題に取り組むかどうかを決める(自律システム)。ここを通過すると、どこを目指してどう乗り越えるかという目標と方法を決める(メタ認知システム)。ここも定まると、関連する情報を処理して事を進める(認知システム)。ここもうまくいくとゴール!新しい課題を完遂した状態にたどりつく。

目の前のお菓子を食べずに我慢する課題でも、早寝早起きする課題でも、癇癪を起こさない課題でも、新しい知識や技術を習得する課題でも、何かに合格する課題でも。

「これは重要だ、必要だ」とか「自分にもきっとできる」とか「やってみたい、できるようになりたい」とか思わなければまず取り組まないし、取り組もうと思っても何をどうしたらいいかという具体的な行動計画が定まらないと動き出せないし、動き出したとしてもそれがうまくできなければ完遂まで至れない。

Photo_3

※クリックすると拡大。スマホではきれいに表示できない…

この行動モデルのポイントは3つ。
(1)3つのステップは逆の流れにはならない
(2)上(先)のシステム要因の状態が、下(後)のシステム要因の状態に影響する
(3)いずれのステップも、自分がもっているナレッジの質・量から影響を受ける

とすると、新しい課題を人(あるいは自分)に課すときは、まずSTEP1の「自律システム」を突破することが肝要だ。重要だと思っていないとか、自分には無理だと思っている人に向けて、いくら具体的な指導を施しても身にならないし、計画を立てさせようとしても進まない。重要性を説くとか、ここで課題を乗り越えないとどんなリスクがあるかとか、興味がわくような刺激を与えるとか、まずはSTEP1施策が求められる。

本人が取り組む腹を決めたら、具体的な目標と方法を決める。わかっている、できる人間からすると、具体的な目標と方法を設定するのはなんてことなくとも、まだその道を通ったことがない立場からすれば、これが難しい。というのは、ホッケーでも漁でも狩猟でも、自分のできない分野のことに置き換えたら容易に想像がつく。

もし誰かに何かを教える立場なら、「やる気になったら後は頑張れ」と放置プレイに入る前に、具体的な目標と方法を一緒に考えてあげると能率良くなる。自分で考えさせてもいい。ただ、目標と方法がうまく設定できているかどうかを、始める前にレビューしてあげるといいと思う。「早寝早起きする課題」を乗り越えようというのでも、こちらは「1か月続けられること」をゴールイメージとしているのに、当人は「明日一日できること」を想定している可能性もある。ゴールがずれれば方法もずれる。放置プレイは、するにしてもこの後で。

(3)はこれだけで白米が十杯進みそうな話なのでここでは深く触れないが、各ステップをどう通過していくかは、その個人のもつナレッジに依存する。ということは、課題に向き合う人に同じ刺激を与えても、ある人には有効で、ある人にはうまく刺さらないということが起こる。

ゆえに各ステップでどんな施策が奏功するか、具体的なアプローチは相手次第だ。また、すべての施策がそうであるように、狙いによっても課題のテーマによっても異なる。施策を講じる人の力量やタイプ、相手との関係性によっても変わる。

ただ、こうやってステップを分けて状態を捉えることで、ちょっと解像度が上がり、洞察を深めやすくなる。もう一歩踏み込んで分析すれば、それぞれに適した答えは出てくるだろう。

ここでは「社内で部下や後輩を育てる」ケースをイメージして書いたが、それ以外でも、たとえばセミナーを企画するときに、「○○のテーマについて、身につける気はあるけど、具体的な目標と方法を設定できなくて困っている人」向けに、こういうセミナーを開催しようとか、ターゲットを明確にすると、シャープな企画構成に落とし込みやすい。

企業が人の採用基準を考えるときにも、最初は万能選手を採用したいと考えていたけど、それではなかなか人が採れない。大手ほど十分な報酬・待遇を提供できるわけじゃないし、ここは「しっかり自学自習に取り組んでいるものの、仕事経験はない層(STEP2後)」、あるいは「やる気はあるし勉強もしているんだけど、学び方が非効率で空回りしている層(STEP2前)」にも範囲を広げてポテンシャル採用してみてはどうかとか、代替策を展開できるかもしれない。というプチ共有。

参考文献:Robert J. Marzano, John S. Kendall (原著), 黒上 晴夫, 泰山 裕 (翻訳) 「教育目標をデザインする: 授業設計のための新しい分類体系」(北大路書房)

2016-02-22

いちいち優劣をつけない

以前若い子の相談を受けて話したことがあるんだけど、何でもかんでも正誤、善悪、優劣とかって上下に整理をつけようとすると、全部に「自分が悪いか、相手が悪いか」の白黒つけざるをえなくなって、結局自分がきつくなっていくんじゃないかしらと。

社会に出て、いろんな性格、強み・弱み、価値観の人たちと交わったり、ときに理不尽と不条理の世の中を渡っていくのに、事あるごとにいいの悪いの選別し、しかもそれに関わる人の人物評価まで逐一やっていたら、(人は不完全が前提で生きているので)そこらじゅう悪者だらけになって息苦しくなってしまう。

「どんな世の中で生きているか」という世界観は自分が作っているのであって、世界そのものがそういう世の中なのではない。世界そのものはいつだって捉えどころなく、善いも悪いもない何の評価もない空間だ。

評価を持ち込んでいるのは常に人であり、世界の捉え方は人の数だけある。世界がこうだというのは自分からみた世界がそうだというだけで、人からみえている世界は自分のそれとは違うし、自分の見方を変えれば世界の見え方も変わる。

そういうことであれば、もっと人、もの、ことの「評価しない」受け止め方も取り入れたほうが、無駄に悪者を作って疲れないで、楽しくやっていけるんじゃないかなと。

上司なり先輩とのやりとりでギクシャクがあって、それを全部、上司は正しいか、自分は間違っているか、相手のほうがダメなのではないかと評価に直結する思考回路になっていると、どうなるか。

まず従順に上司を絶対視して、何ごとも自分が悪いからだ至らないからだと片づけていくと、相手に食ってかかるエネルギーはいらないけど、あれもこれも自分が悪者、弱者、劣等者を引き受けることになって、どんどん内面が疲弊していく。しかも腹の底では納得がいっていなかったりするから、見えないところにストレスがたまりやすい。

開き直って自分は悪くないと思えば、自動的に相手が悪い劣っている間違っているってことになっちゃって、それはそれで悪者相手に今後長く関係を続けていくのにげんなりしてしまう。

であれば、むやみやたらに縦軸で人を評価しようとせず、レベル違いじゃなくてタイプ違いで捉えていったほうが健やかにやっていけるんじゃないか。優劣じゃなく、こういうタイプ・ああいうタイプで、横並びに人をみるようにする。

そうすると、別のタイプの人間が集まっているチームとして、互いの強みを尊重したり活かしたり、弱みを補完しあう人間関係を見出すことができる。欲しいものは自分に取り入れて、合わないものは受け流せばいい。

同じタイプの人間が集まっているより、いろんなタイプがごちゃまぜのほうが強いチームを作りやすい。って言うは易しだけど、何はともあれ、つきあう相手が別に悪人じゃないと思えているほうが気分が楽だ。

そもそも世の中の多くのことは、そんなキレイに縦の評価軸で分けられるものじゃない。自分の言っている正誤、善悪、優劣の評価って、自分の価値観を下敷きにしているだけで、他の人にとって絶対共通のものじゃない。ちょっと緯度経度をずらした文化圏ではまったく違う価値観があるし、あなたのそれって地球の真裏でも通用しますか?地球の真裏の200年前でも通用しますか?とか考えると、だいたいの価値観は普遍性からほど遠い、ちっぽけな己の常識でしかない。それを人にも従えというのは横暴である。

すぐ隣りの人であれ、10年歳がズレれば受けた時代の価値観も大きく違うご時世だ。先輩の横暴さに目をくれているうち、自分が5年10年年下に対して、自分の古びた価値観を「常識」といって押しつけている。なにせ、時代変化のスピードは年々速まっている。多様性が推奨される時代には、個体差も著しい。

多くのことは、自分も相手も決定的に間違っているわけじゃないのだ。であれば、ちょっと身を引いてみてみて、評価しなくていいとき、評価しようのないときは、むやみに縦軸で評価しようとしないって選択をできるようにしておいたほうが健やかだ。

私たちにできるのは、あるスコープを定めて、あるプロジェクトのもと、ある組織なりチームなりで役割分担して、目的に照らしたパフォーマンスができているかを評価するくらいだ。

そこから離れた開放区では、みんなバラバラなのを前提に、自分も相手も不完全なのを前提に、いちいち優劣つけない人との関わり方をベースにして生きていきたいもの。

2016-02-18

同窓会と重力波

タイトルで宣言するとおり、何の脈略もない話をこれから書く。中学一年生のときに同じクラスで特別仲のよかった人から、四半世紀ぶりに連絡があった。Facebookでの友達申請があったのだ。

小学校は別々で、中一のときに同じクラスになって意気投合、しかし二年生になるとクラスが分かれて話す機会もなかなかもてなくなり、中学卒業ともなると顔を見かけることもなくなって、交流は一切途絶えた。そして25年が経過…。

自分と同世代や上の世代だと、そういう相手、つまり「同じ空間に通っていたときは仲良しだったけど、生活拠点が離れてそのまま疎遠どころか完全に連絡が途絶えて数十年」みたいな相手を、多くの人が一人二人は思いつくのじゃないかしら。なんとなくつながり続けるというインフラが貧弱な時代に置いてきた縁がある。

私はFacebookでつながっている中学時代の友だちって、使いだして7〜8年ずっと一人もいなかった。中学時代からつかず離れずつきあいのある唯一の親友はそういうのと無縁の人で、それ以外に当時の友人をみずからFacebook上で探し出すといったこともしていなかった。

それが中学時代の友だちと一人つながったのは、昨年末のこと。卒業して四半世紀経ったのをきっかけに中学2、3年のときの同級生が同窓会を企画しているというので、実家に連絡があった。郷土意識が低いと言われる千葉県民のためか、これまで「全員集合!」っぽい公式の同窓会企画は聞くことがなく、それこそ四半世紀ぶりに同窓会の企画者と電話でしゃべった。

その流れでか、中学2、3年のときの別の同級生からFacebookで友達申請があったのだ。その子と同窓会の企画者とは当時も今も特に親しいつながりはないふうなのだけど、彼女は彼女で同窓会の話を受け、また同じころに当時の仲良しグループと地元で会う機会もあったらしいから、当時親しかったものの卒業後は年賀状友だちに成り果てていた私を、なんとなく思い出してFacebook上で検索してくれたのだろう。私の同姓同名はたくさんいたけれど、写真が出ていたのですぐにわかったと言っていた。

年明けてつい先日、地元での同窓会は滞りなく開かれたらしいが、私は参加しなかった。こちらから見るかぎり、中学2、3年の同級生界隈でFacebookでの友達申請が交わされた動きもなく、静かに夜は更けた。

けれど、その同窓会の晩に、冒頭に話した中学一年生時代にとりわけ仲の良かった同級生から友達申請があったのだ。すでにつながっていた中学2、3年生時代の同級生とその人の間には、これというつながりも見当たらないし、共通の友だちがいるわけでもない。

地方の公立中学というのは、卒業してしまうとほんと、てんでバラバラに散っていくもので、まったく交わらない別々の人生を歩んでいく。なんだか気が合って腐れ縁になるごく少数を除けば、ほとんどの人が赤の他人になってしまうといっていいのではないか。

なんだけど、その同窓会の晩に、一件縁があるようで全然縁がないところからの友達申請。「知り合いかも?」に突然私が出てきたようで、向こうも驚いていた。

ちょうどその申請を受けたときが、米国で重力波を観測したニュースに沸いているときで、(私は科学音痴なので、そのこと自体は全然理解が及ばないのだけど)この一件がもやぁーっと重なってみえたのだった。

つまり、中学2、3年生の同窓会の余波を受けて、時空にゆがみが生じ、中学一年生のときの同級生のFacebookに「知り合いかも?」と表示された。この25年間、一切の接点のなかったところに線が引かれて、つながりが出現した。こうやって文字に起こすと、連想のテキトーさが際立つけれど…。

こういう現象って「Facebookの台頭により」とか「SNSの普及により」とか、背景を説明する語り口はいろいろ出てくるんだけど、「なぜ中学2、3年の同窓会が開かれた晩に、共通の知り合いをもたない中学一年生の同級生同士が四半世紀ぶりにつながるのか」っていうのを、重力波のニュースにふれながら受け取ると、非論理的であろうと、ちょっと別の語り口が頭に浮かんでくるのだった。

これまでは、一旦離れると完全に消失すると思われてきた、けれど実は静かに存在し続けていた「人の縁」が、Facebookのような巨大なSNSの出現・普及によって観測できるようになった、とか。まぁ、書いてみて思ったけど、こういうのはぼやーっと連想しているくらいがちょうどよくて、くどくど書きあげるのは野暮だな…笑。

2016-02-16

世代論のおしゃべり

今日はたのしい会食だった。いろいろな話題にとんだけど、ひとつ世代論の話になった。私が質問をふったからだけど…。普段若い人とたくさんお話ししている人に、若い人のことや世代論をどう捉えているかなど、ざっくばらんにお話を聴けるのは健全で良い。どうしてもこういうのって、話してもいないのに、あるいは自分の身の周りのごく少数をみて「若者論」を振りかざしてしまうのが世の常、人の常。実際、生身の若者によく触れている人に話を聴くと、そうそう極端な若者論は出てこない。おんなじ人間だし、個体差もあるしな。とはいえ、やっぱりここが違うなぁという世代差を聴くのがまたおもしろい。

世代論といえば、この間も客先で、おしゃべり半分に話をしていた(まじめな話をした後に)。「こちらは若手を、ゆとり世代ださとり世代だと言っていても、若手からこちらをみたら、昔堅気の職人気質世代で頭堅いわ合理性に欠けるわと思われているかもしれない。世代の見方なんて相対的なもので、こちらからの見方が正しく、あちらからの見方がずれてるとかって話じゃないですものねー」とザクザク、げらげら。

そういえば最近読んだ本でも、この手の話にふれた。先週末に実家へ帰った時、以前ここでも取り上げた立川談春の「赤めだか」をおみやげに持って帰ったら、父のほうもちょうど最近読み終えたという原宏一の「握る男」を貸してくれたのだ。面白くて400ページほどを一気に読み終えた(といっても読むのが遅いので1週間かかったが…)。

両国の鮨屋に見習いとしてやってきた16歳の少年が、鮨屋にとどまらず外食チェーン、食品業界を全国またにかけて成り上がっていくさま(と、その行く末)を、当初は兄弟子だったが途中から臣下に転じる6歳年上の主人公の目線から描く27年間。

今の時代から振り返るように書かれているから、昭和50年代を生きた私のような読者だと、当時「子ども」だった当事者目線ももって読むし、今を生きる「大人」になった自分の目線でも読むし、双方を見渡した俯瞰視点からも読む。しぜんと複眼的に物語を味わってしまう構造になっていることが、私の年頃から上世代に独特の読書体験を与えてくれているように思った。

さて、鮨屋で修行する16歳の少年が、6歳年上の兄弟子分にふっかけるセリフを2つ。

山城の言うことなんか聞いてるからダメなんすよ。オカラで練習しろだの序列がどうだの、ああいう古い職人のこだわりが伸びる才能を潰しちゃうわけで。昔のやり方のほうがいいんなら、世の中、進歩してないすよ。実際、握り鮨だって日本伝統の食べ物ってことになってるけど、いま食べられてる鮨なんて最近のものなんすから

これは昭和56年当時に戻って、少年目線で読むと小気味よい。一方で大人になった自分が、古い職人のこだわりを振りかざしていないか、ちょっと自分の陳列棚を検品してみたくもなる。

昔ながらのやり方やしきたりにこだわるやつってのは、基本的に自分の頭じゃ考えられない小心者なんすよ。新しいものには柔軟に対応できない。けど、そんなやつだと悟られるのは怖い。馬鹿にされたくない。となれば頑固職人キャラに閉じこもってたほうが楽じゃないすか

「昔ながらのやり方やしきたり」にかぎらず、歴史浅かろうと「権威ある理論や方法論」も同じことで。「自分の頭じゃ考えられない小心者」ゆえにそれを押していないか、それが自分の頭で考えたゆえの選択であり、応用が効いているかどうか。

どんな性質のものも、それが「特徴」をもつかぎり、良い面と悪い面の両面をもっているはずなのだ。その時々でも良い悪いの価値づけは変わるし、時代の変化でも当然変化する。自分が「それ」の良い面だけ見て、裏面にひっくり返してみることを怠っていないか、良い言葉でも悪い言葉でも言い表せるフラットさをもって「それ」とつきあっているか、この辺はいつだって大事にしたいところ。

ユングは時代精神について「理性とはまったく無縁のものでありながら、あらゆる真理の絶対的基準として、常識を味方として押し通ろうとする不愉快さを特徴としている」と述べている。こんなスピードの速い時代、いっときの「時代精神」に心が絡め取られてしまわないで生きたい。

「俺たちの頃は、理由なんてわからずとも、とにかくがむしゃらに従っていた」とか「こんな苦労なしに次に駒を進めるなんて許せない」とかいうのはナンセンスだろう。時代が進むほどに、人は自由と合理性を手に入れていくもの。若者が自分の若い時分より自由や合理性を手に入れていることそれ自体に反発するのは、ちょっとお門違いかなという気がする。かといって、全部合わせときゃいいって単純な話でもないと思うのだけど、そこを考えるのが自分の頭だ。

2016-02-13

命日に思い刻む

母が他界して5年が経った。命日を迎える前の先週末、父とお墓参りに行ってきた。ゴシゴシ墓石をきれいにして線香とお花をそなえた。快晴だった。

お盆やゴールデンウィークに足を運んだときには、亡くなったその日のことを思い出すことはあまりしないようになったのだけど、命日となると、何かをあえて刻みこむように、あの日のことを思い出す。

ざらざらとした感覚が、だんだん遠のいていくのを引き止めるように。誰かのどこかの物語になってしまうのを拒むように。痛みの記憶というのはやっぱり、なかなか生々しくは記憶しきれない性(さが)なのかもしれない。それでも手放してしまうのがさみしくて、性に抗うようにして、あの日のことを思い出す。

夜明けの最後の息。本当に最期の、しゅーっと音をたてて吐きだされた長い息。医師に臨終を告げられて、まだ体温が残る手のひら。これが徐々に、間もなく冷えていくのかという恐怖。時間が完全に消失した病室。階下に運ばれ、さっきまで息していた母を前に、線香をあげて手をあわせる残酷。

家の車に乗り込む家族と別れ、母がおさまる箱に寄りそって葬儀屋が用意した寝台車に乗り込む自分。黒い箱から手を放すことができず、ただずっと箱に触れて無心だった車中。家に着き、通りに面したリビングの大きな窓を開け放して、家の中に丁重に運び込まれる細長く黒く重たい箱を、2月の空の下、通りに突っ立って震えながらじっと眺めていた。

悲しみは、よくもわるくも癒えていく。それでもきっと命日にはずっと、あなたの最期を思い出す。よくともわるくとも、悲しくともさびしくとも。あなたの尊さを思い、感謝する。笑顔を思い浮かべ、別れを思い出す。

きっとそうやって人は生きていくのだ。大事な人が独りでこの世を去っていくのを見送り、自分もいずれ独りでこの世を去っていくのを刻みこまれ、時々それに打ちのめされながら、腹をくくって生きていくのだ。だからきっとこの世界は尊いのだし、だから今自分とともにここに生きてくれている人がかけがえなくて仕方ないのだ。

2016-02-12

仕事の潮目が変わる

先日ここに書き残したように、ひさしぶりに自分の仕事の潮目が変わる感覚を覚えている。とはいえ、なんとなくそうなような、そうでないようなって感じなので、この先どうしたらいいかなぁ、どうすべきだろう、経営者視点に立ったら私にどんな役割を与えて活かすのが適切とよむだろう、あるいは社会を構成するパーツの一つとしてみたら、この人をどう社会で役立てたら合理的とよむだろう、もちろん本人の心が向く方向で…なんてことをしばらく考えていた。

決して優秀なわけじゃないが、まったく使い物にならないというわけでもないだろうと、そこそこ自分に都合よく考えてみて、そういう人並みのリソースこそ得手不得手を見定めて使いどころをうまいこと考えるのがプロデューサーの役割ってもんだろう。って、どういう立場で言っているのかよくわからないが…。

とりあえず社会という枠組みは大きいので、いったん組織で考えるとして、こうした組織と本人のベクトル合わせは、三十路も過ぎたら適時自分で施すのが基本であろうと個人的には考えている。上が与えてくれるのをいいの悪いの言っている組織規模でも年齢でもない。

で、なんとなくこの軸に変えどきってことなのかもしれないというのが、手元にメモ書きできるレベルでは言葉になった本日。そういう類いの話が、相談レベルでも具体的な案件レベルでも最近やってきている感じはあるので、そういう潮目ってことなのではないかと。

でも、まだ読み違えかもしれないって気もするし、わからない。ちょっと探り探り人に話してみようかなと思っているくらい。あの案件がとれたらしばらくそれどころじゃなくなるし、案件の動向と周囲の反応と、それ次第で潮目の正体をよんでみようかなと思っているところが、やはり風まかせ。

年々「人為もまた自然のうち」との思いが強まり、ここ数年は自分の思うこと、考えること、選ぶことすら自然のなりゆきと考えるようになった。私がこの先どんな巡り合わせを得て、何に反応して、何に興味を覚えるか、それって私のコントロール下にはないのだ。それすら自然の為すことなのだ。

私の意識に任されているのは、そうして自分が感覚した刺激、受け取った認識をもとに、最後の最後の意思決定を為すことくらいだ。その意思決定すら、もととなる認識に抗わず素直に応えるなら、私というより自然に導かれたものだ。

と言いながら、それでもけっこう自然のままに素直に刺激を受け取って認識を深めて答えを出していくのってそんなに簡単じゃない気がしている。だから今日書いた手元のメモを胸にあてながら、しばらく耳を澄ませて、ほっぺに意識を寄せて、外吹く風にふれて検証してみようかなと思う。

2016-02-08

「フロントエンドエンジニアのための現在とこれからの必須知識」の未完読書メモ

まだ3分の1しか読んでいないけど、いい本だなと思ったので、新刊「フロントエンドエンジニアのための現在とこれからの必須知識」の未完読書メモ。

WebデザイナーやWeb制作者として「HTML+CSSでコーディングできます、イラレ・フォトショも扱えます、jQueryも少々」で長いことやってきた。ふと顔をあげてみたら、やれSassだLessだ、Gitだ、Node.jsだGulpだと開発環境がわけのわからない発展を遂げていて、ちょっと、というかだいぶ乗り遅れちゃった感がある。今さらどこから手をつけていいのやらわからない。…と途方に暮れているWeb制作者にぴったりはまる本が世に送り出された!と思って購入。

ユーザーのブラウザやデバイスといった閲覧環境、Webの技術や作り手の開発環境が大きく変わっていく中で、フロントエンドエンジニアが知っておくべき知識を、網羅的でありながら厳選し、バランスよく体系的にまとめた本。という触れ込みだったが、ざっと目次を眺めてみると、まさに一線で活躍する執筆陣の研ぎ澄まされた現場感覚で、要所をバランスよく構成だてた一冊という印象を抱いた。

私はWeb制作を仕事にしていない身の上。周辺でその人たちのサポートをする立場なので、この本の読者ターゲットよりずっと知識不足なんだけど、その立場で読んでもわかりやすい。時おり他所で調べながら読むところが出てくる程度。

一つひとつに深く言及しているわけではないけれど、とにかく一通りの概要を知って触ってみる、というところまで持っていってくれる。いい意味で注釈が少なく、いちいち足止め感がなくて、程よい情報量でテンポよく読ませてくれる。昨今の環境変化を全容把握するのに、ちょうどいい感じに仕上がっていると思った。

Amazonのレビューに「日本語が非常に読みにくい」とあったけど、私は特に感じなかったから、好みや相性もあるかもしれない。気になる方は試し読みしてみるとよいかも。「難しいですので」はちょっと気になったか。

読み終えていない分際でなんだけど、内容的にちょっと気になったところは、Git、GitHubの説明のところ。実際これをわかりやすく説明するのって本当に骨が折れると思うのだけど、P45からGitの説明があって、P50からGitHubの説明がある。

●Gitに必要な知識と、GitHubに必要な知識を分けたらよいのでは
P45「基本的な用語について」で、文字だけで「リモートリポジトリ」「ローカルリポジトリ」「フォーク」「プルリクエスト」「プッシュ」の説明を入れているが、この辺はGitではなくGitHubで必要になる概念なのだとすれば、P50以降のGitHubの説明にまわして図にして説明してはどうか。

P45のGitを説明する段階では、ローカル限定で必要になるGitの基礎概念として「ワーキングディレクトリ」「ステージングエリア」「Gitディレクトリ」の説明にしぼって基礎固めできたほうがすっきりわかりやすいのでは、と思った。

一気にこの両方を1ページで提示されると、「ローカルレポジトリとワーキングディレクトリはどういう関係なの?」とか「リモートレポジトリとステージングエリアはどういう関係なの?」みたいな混乱が生じてしまうのだ(混乱した人より)。

# Git、GitHubの理解が浅い状態で書いているので、おまえ、全然わかってないな…かもしれない。

●ForkとCloneの違いが明示されているとよい
他所で調べると、「Forkは、他の開発者のリポジトリをGitHub上でCloneする。Fork/cloneは通常のCloneと異なり、Cloneしたという通知がオリジナル開発者に送られる。オリジナルのソフトウェア開発に、自分も貢献する意図でForkする」という感じ?

その辺が書かれておらず、Forkの後にCloneするという手順しか読み取れなかったので(読解力が足りていないだけの恐れもあるが…)、もう若干この2つの違いが丁寧に説明されていると良かった。

●Gitを個人で使う場合にも、pushは必要なの?それとも、commitまででいいの?(未解決)

見つけた誤植は出版社の問い合わせフォームから送っておいたので、必要に応じてサポートページに反映されるはず。

全般的には、まず構成が素晴らしく、いい感じに編まれている本だなぁと思う。私のような周辺で支援する立場の人間にもちょうどいい。ありがたい本だ。

斉藤祐也、水野隼登、谷 拓樹、菅原のびすけ、林 優一、古沢宏太(著)、斉藤祐也(編)「フロントエンドエンジニアのための現在とこれからの必須知識 」(マイナビ出版)

2016-02-05

設計というより編集するキャリアデザイン

「映画を一本撮るときに、監督が考えること」という副題にひかれて「観察する男」という本を読んだ。

ひとつの映画をつくるのに、どういう経緯で思いたち、どんなふうに撮影に入り、撮る対象を決め、現場のダイナミズムを取り入れて広げ、フォーカスを絞っていくのか。台本やナレーション、BGMなどを排した「観察映画」と呼ぶドキュメンタリー映画を提唱・実践する映画監督、想田和弘氏のインタビューをまとめた一冊。

想田監督は、事前の計画をほとんど立てず、テーマもキャストも何日撮影するかも決めずに撮影を始める。取材も交渉も撮影も録音も編集も一人で手がける、ゆえに実践できるやり方とも言える。

何が撮れるかわからない。そこで偶然撮れてしまったシーンが1つ、2つ、出てくる。2つの出来事が監督の頭のなかで関連づくと、それがレイヤー構造で見えてくる。キーワードが頭の中に浮かびあがってくる。キーワードを意識してカメラを回しだす。問題意識が生まれてくる。コンセプトが立ってくる。それでも撮影中からテーマを絞り込みすぎないで、いろんなつながりや可能性に目を向ける。じっくり、丁寧にとらえていく。撮影を終えると、一通りのログを何ヶ月もかけてテキストに起こし、撮った素材を振り返る。そこに物語を描き出していく、あるいは物語を読み取っていく。編集という作業も、何回何十回と作りかえて、完成に至る。

完成した映画は、最初からそうやってつくったように見えると思いますが、全然違うんですよ*

映画にかぎらず、文章でも提案書でも作り手にまわってみれば、この一言にうなずかないわけにはいかない。自分の仕事で久しぶりにちょっと潮目が変わる感覚を覚えていたところ、これは「キャリアデザイン」にも通じるなと思った。

「デザイン」を日本語に置き換えると、真っ先に思い浮かぶのが昨今は「設計」という言葉だけど、「キャリアを設計する」となると、どうも荷が重くなってしまう。スコープを定めた数ヶ月のプロジェクトだって全うに設計するのは難しいのに、人生だのキャリアの設計だなんて。先のことなんて世の中どうなるかわからない、今の自分のことだって把握が難しいのに。

そう思うのは、私にとって「設計」という言葉が、直感的に“鳥の目”のイメージに結びついているからかもしれない。明確なゴールを定めて、そこから論理的にゴールまでのプロセスを落とし込んでいく感じ。それに沿って仕上げると、ゴールに到達する。

一方で、“虫の目”に結びついているのが「編集」という言葉だ。あくまで個人的にだけど、編集は、自分の身の周りに今すでにある素材をあれこれ見渡してみて、これとあれをくっつけたら?とか、あれとそれをくっつけたら?とかやって浮かび上がってくるものをとらえ、未来につなげていく感じがある。

「設計」も「編集」も同じように、何かの軸をもって意図的に活動していくプロセスを表わしていると思うんだけど、「設計」のほうにはある程度明確なゴール設定が求められる感があり、「編集」のほうにはゴールというより作る過程の方針を置く感がある。一定の方針を定めたら、その方針にそってプロセスを歩んでいく、結果としてゴールに到着する。当初ゴールはイメージできていなかったけど、方針にそった先にたどり着いたゴールだ、これでいいのだ!みたいな。

キャリアに関していえば、手元の素材を編集していく、これまでの経験や目の前の興味関心をいろいろつなぎあわせたり組み替えたりして、浮かび上がってくるものをとらえるというほうが、肌にあって無理がない人が多い感じがする。自分がそうだからというだけかもしれないけど。

ちっちゃい頃から、野球選手になりたい!とか、恐竜博士になりたい!とか、医者になる!とか、漫画家になる!とか、自分の将来やりたいことが明確にあったり、自分の興味と世の中の職業との結びつきがわかりやすかったりすると、「設計」でも違和感がないのかもしれない。けれど私のように、別段自分のやりたいこととか、就きたい仕事のイメージをもたずに社会人になってしまった場合、設計というのはちょっと重たい、どっからどうしていいかわからない感じがある。

映像をさわりながら意味が浮かび上がってくる感覚というのはおもしろいです。こういう作業は、やっている時には苦しいですけどね。見えてしまえば語れますけど、見えないから苦しいわけで。やっている時は本当に暗中模索で苦しいんです。*

自分のキャリアでいえば、実体験をさわりながら意味が浮かび上がってくるのを読み解いて歩いてきたとしかいいようがない。

またキャリアカウンセラーとして、暗中模索中の人の相談を聴いたときは自然と、その人がもつ素材に自分なりの意味づけをしてみたり、複数の素材がつながりあって頭に浮かんだシナリオを仮説として提示してみたりしている。それがそのまま本人の中で価値づけられることもあれば、その話を受けて本人自ら肉づけしたり言い換えていくこともある。

いずれにせよ、今手元にある素材をさわりながら、自分の中で意味が浮かび上がってくるのをつかまえて「編集する」ほうが、10年後の自分をむりくりゴール設定して、そこまでのプロセスを「設計する」より、あるいはそれができずに立ち止まっているより、ずっとたのしく人生を過ごせそうな感はある。

昔、withDというWebマガジンの連載で書いた「キャリアをデザインしすぎるな」というコラムを思い出した。長いことドリフトしてきた感があるけれど、この数年ぶりの潮目はどう作用するのやら。

*: 想田和弘 (著), ミシマ社 (編集)「観察する男−映画を一本撮るときに、監督が考えること」(ミシマ社)

2016-02-03

ペルソナとターゲットの混同

本を読んでいて、ペルソナとターゲットの同列化、置き換え、あるいはペルソナのほうが上位概念のように感じられる文章に触れたので、ちょっと整理をしたい。

こういうときは、精緻に言葉を扱う棚橋さんに…と思い、今やWeb業界だと「古典」の感もある棚橋弘季さんの「ペルソナ作って、それからどうするの?ユーザー中心デザインで作るWebサイト」をめくってみた。

そして、やっぱりそうだよなと整理がついたので、ここに書き留める。

まず「ペルソナ」とは。

ペルソナとは実在する人々の生活や仕事に関する調査データをもとに作った架空のユーザー像

ペルソナは「調査データをもとに作った」というプロセスを経ているものを呼ぶ。こういう人に使ってほしいとか、こういう人はきっとこんな生活を送っているとかいう推量にもとづくものは、それと区別する必要がある。

そして、「何に使うものなのか」と「ターゲットとの関連」を一言で示しているのが、ここ。

ペルソナ/シナリオ法そのものはターゲットユーザーを深く知り表現するための手法であり、ユーザーセグメントを行い、ターゲットユーザーを絞り込むためのツールではない。

つまり、ターゲットユーザーがすでに設定されている状態から、彼・彼女らを深く知るためにペルソナを作る。もう少しブレイクダウンして説明してあるところも引用させていただくと。

ペルソナ/シナリオ法自体には、ユーザーをセグメントしたり、セグメントしたユーザーグループから適切なターゲットを絞り込む手法は含まれていません。その作業を行うには、ペルソナ/シナリオ法以外の別の手法を用いなくてはいけません。手法もそうですが、それ以前にどんなユーザー層を対象にサービスを提供するのか、価値を提供するのかというサービスのミッションが明確になっている必要があります。ミッションは明確だが、どういうユーザーセグメントを具体的に行えばよいかをきちんと把握する必要があるというのであれば、まずはユーザーセグメントのための定量的な調査・分析を行うことが必要でしょう。

という話でいくと、そもそもの「誰に何を提供するのか」を決めないでペルソナの設定に踏み出すというのは、やっぱり違うかなぁと思う。違うというのは、「ペルソナ」と「ターゲット」という概念を、知識体系として頭に入れる上で。

あるいは、ペルソナの解釈が、この本が出た2008年当時から定義を広げていたり、軸足を移している可能性もないとはいえないけれども、だとしたら、これを読んでしまった方、ぜひとも突っ込みください。私はこの本の理解から止まったまま今日に至っている。

ともあれ、こういう人に使ってほしい、こういう人たちのこういう課題を解決したいといった「ターゲット」を設定する行為は、私の中では「ペルソナ」より先に明らかにするものであり、決してはずせない重要な位置づけにある。

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