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2015-11-22

勤労に代わる義務

働き方の未来を考える7日間「Tokyo Work Design Week 2015」( #TWDW2015 )というイベントが、渋谷ヒカリエとその界隈で行われている。勤労感謝の日をまたいだ1週間やっていて、私は土曜のイベントごとに参加してきた。

そこに向かう道すがら、「働き方」以前に「働く」ことの未来についてぼーっと考えていたのだけど、あれ?と思ったのが、そういえば日本国憲法の三大義務に「勤労の義務」ってあったよなと。あれって、この先「働くのが基本」という一様の価値観が薄まっていくと、ちょっと浮いた感じになっていくんじゃないかしらと。

それで、いや、待てよと。そもそも義務教育と納税の義務はしっくり感あるけど、勤労が義務っていうのは、ちょっと不思議感あるなぁと。それでちょっと検索してみたら、その不思議について語られている記事があった。

実は、現在の我が国のように自由と民主主義に立脚する体制をとる国の憲法に勤労が国民の義務として規定されているのは異例なのです。(中略)自由主義の体制では、納税の義務が規定されればよく、どのように収入を得るかは自由でなければならないからです。*1

読んでみると、この勤労の義務というのは、ロシアのスターリン憲法から持ち込まれたものらしい。社会主義国であれば、なるほどしっくりいく。日本でもこれまでは、「働かざる者は食うべからず」って勤勉な日本人にさほど違和感なく受け容れられてきた感があるけれど、この先はなかなか。

じゃあ、無くすんじゃなくて、何かに入れ替えるとしたら何になるかねぇと考えてみた。勤労に代わって、うーん例の「活躍」の義務じゃ荷が重い。 じゃあ「活動」の義務?社会とはとりあえず何らかつながった活動をしましょうよと、そういうニュアンスを残すか。じゃあ「社会参加」の義務?などなど。

ビジネスがやりたい人、稼ぎたい人、自分のやりたいことがビジネスと親和性高い人、自分の得意なこと・専門分野を社会的価値に還元して資本主義にのせていくのが自分にも世の中にとっても合理的だと思う人、仕事を通じて社会とつながったり社会的意義がある活動をしたい人は、そのまま働いたらいい。

一方で、極力仕事したくない人とか、不労所得や財産が十分にある人とか、ビジネスに乗っからないけど他に自分のやりたいことがあって、仕事やらなくてもまぁどうにか暮らしていける人とかは、時代変化とともに勤労の義務ってちょっとそぐわない感が強まっていくのでは。

あと、働くことの未来を考えると、そこそこ難しいことまで機械が対応できるようになると、「人間にやってほしい仕事」が高度化してしまって、そんじょそこらの人間には仕事の割当がなくなってしまって、そうすると、いくら社会参加したくても労働市場にはそれが用意できないってことになってくる。

そうすると、仕事じゃない方法を通じて社会参加せざるをえないことも出てくるかなと。だとしたら、「せざるをえない」んじゃなくて、仕事は機械にまかせて人間は、仕事を「やりたきゃやる、やりたくなきゃやらない」、「やる人はやる、やらない人もそれはそれでいる」くらいの価値観に、今時分から標準を切り替えていかないと、自尊心が保てなくなるかもなぁとか。

当たり前にしっくり行き続けると思っていた憲法の条文が、なんだかそぐわない気がしてくる感にふれて、やっぱり価値観が大きく変化あるいは多様化している過渡期のただ中にいるのかなぁなんてことを思う。

*1:【中高生のための国民の憲法講座】第27講「国民の三大義務」の不思議八木秀次先生(産経ニュース)

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