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2015-08-18

ノスタルジックな弱さ

今年の夏休みはつまみ食い的に分散して取ったのだけど、8月13〜16日は週末あわせて4連休したので夏期休暇っぽかった。

前半は実家の父のもとへ。急ながら伯母と兄一家にも会えることになり、母のお墓参りをして帰ってきた。私にとってお盆とは、長く"みんなの夏休み"を意味してきたのだけど、母が他界してからは言葉のとおり仏事を意味するようになった。

実家に帰ると、まずは洗面所に行って手を洗う。母が亡くなる直前に、病院に置く用のハンドソープを買って持っていったのだけど、ほとんど使うことなく残ってしまったので、それを使って今でも手を洗っている。消費期限がないことを祈る。

手を洗い終えると、仏壇へ行く。小さなブーケを買っていったので、それを花瓶にうつして母の遺影の前に飾る。ろうそくに火をつけて、りんを2回鳴らし、お線香に火をつけて香炉に立て、そっと手を合わせる。毎回、順番と回数これで合ってるのかなと思う。

目をとじると、あわせた両手の甲がほんわかと熱を帯びた気がする。母が私の両手を包みこんで「おかえり」と言っているイメージが脳裏に浮かぶ。父も外出中だったので、しばらく目を閉じて、そのぬくもりを味わってみた。その前につけてしまったテレビがうるさかった…。

夕方、父が帰ってくると、ゆっくりおしゃべりなどして過ごす。翌日は、母の姉が家に来てお線香をあげてくれ、梨を一緒に食べたりしてしばし団欒。その後、父とスーパー銭湯へ。県道沿いのパン屋に立ち寄り、オシャレになりきれないテラス席で朝食をとる。

お風呂の後は、お供えするお花を買って母のお墓へ向かう。そこで兄一家とおちあい、一緒にお墓参り。孫たちを父とあわせられて良かった。写真を撮りそこねたけど、真夏の太陽のもと、汗をかきかき小さい体でお墓の上に乗っかって掃除する甥っ子たちがかわいらしかった。一対のお花を一束ずつに分けて渡すと、二人が花立てに飾ってくれた。

お墓参りの後は、父と兄一家と私で(ネタのいい)回転寿司屋に行った。父と私が二人でよく行くお店なのだけど、兄一家がまざると、二人で行くときには見られないお皿の積み重なりようが見られて、実に爽快だった。

隣に座っている一家(父、母、子ども4人)の昔ヤンチャしたふうなお父さん(私よりやや若めか)が、最初機嫌よかったのに、途中で店員さんの何かにキレて「表出ろ」って言って席立ってしばらく戻ってこなかった。戻ってきて、またお寿司食べてた。家族は心配げだったが、慣れてるふうでもあった。なんか、千葉っぽさを堪能した。

東京に戻ってきた夏休み後半は、映画『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』を観た(堪能!!)他はけっこうこもっていた。最終日の日曜の朝、出がけに駅の改札口に設置されたディスプレイを見るともなく見ると、まったくついていない魚座の星占い「落胆と△△」とかいう救いようのない5文字が目に入って、いっそう地味に過ごす決意を固めさせられたのだった。あれは、サービスなのか、鉄道会社さんよ…。

これなら誰にも迷惑もかけないし落胆することもなかろうと、いずれやろうと数年寝かせていたCDの処分に手をつけた。もともと持っている枚数はたいしたことなかったし、CDを買っていたのって20世紀までなので、ここ15年くらい増えていないし、引っ越しの際にも手放したりしているので、今手元にあるのは100枚強というところ。

これを1枚ずつ取り出してiTunesに取り込みながら久しぶりに聴いていると、なんだかノスタルジックな弱さを自分のうちに覚えて、こんな感覚がまだ自分の中に起こりうるのかと、いくらか驚きがあった。私にも若い頃があったのだ。海に行って遊んだこともあった。山に行って星を見上げたこともあった。そういえば。

なんとなく、海をみたい気分がわいてきたのは、これのせいか。って思ったときには夏休みが終わっていた…。

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