最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

2015-08-24

「対極にあるもの」の読み解き

頭のなかで適当に思ったことメモなので、酒のつまみ的に適当に読んでいただければ幸いなのだけど。それにしたって、だいぶ漠たる話。ぼーっと歩いているときに考えていることをそのまま言葉にした感じ。

「対極にあるもの」に遭遇したときって、まずは双方の「違い」に目がいくんじゃないかと思うんです。「AとBはこういう点で違う、相容れない」という対立関係に着眼するんじゃないかなと。

男性と女性であれば、身体の作りの違いとか、身体能力の違いとか、父性的・母性的な性質の違いだとか、実際がどうあれ世の中に求められる男・女「らしさ」の違いだとか。

この「違い」に目がいくのが最も低次な反応だとすると、次に見出そうとするのが「共通点」じゃないかなと思ったんです。一旦違いを出しちゃって、そこからさらに考えを深めようとすると、「でもさ、どちらもこういう点では同じだよね」という反撃に出たくなる感じ。

男性と女性であれば、「でも、どっちも人間だよね」とか「どっちも地球に生きる生き物だよね」とか、「どちらにも感情があるよね」とか、「どちらも、男性的な面と女性的な面を持ち合わせているよね」とか。

創造と破壊であれば、「どちらも広義には、創造サイクルの一環として捉えることができるよね」とか、「変化の1プロセスだね」とか「諸行無常だねぇ」とかなんとか。

ほいでもって、さらに高次にあがっていこうとしたとき見えてくるのが「相補性」じゃないかと思うのです。つまり、AとBが違いと共通点とをもって交わる中で、お互いが補完関係にあるんじゃないかって、ここでやっと建設的な仮説に思い至るというか、創造空間の入り口に立てるんじゃないかなって思ったんです。

父性の「断じる」と母性の「包み込む」って、どちらも必要だなぁって思うのとか。「創って→壊して→再(脱)構築」を繰り返して、システムはより高い合理性に向かって変わり続けていくんだなぁとか。「大枠のビジョンを描いて示す」のと「かゆいところに手が届く」のと、どっちが得意な人もあってチームってうまくいったりするよなぁとか。「死の概念をもってこそ、一生懸命に生きられる」のかもなぁとか。「夜休んで、昼活動する」とか。「陰あっての輝かしい陽光」だとか。マクロとミクロ、内省することと、外に打って出ること。上に突進していく人と、それを下支えする人。

そうやって勝手に次元を与えて考えていると、補完関係に至るまでには、それなりに考えるステップがあって、考えを深める時間ってやっぱり大事だなって思ったんです。

かける時間としては一瞬で暗算的にやってしまうこともあると思うんだけど、考える道のりとしては、「こう違うよね→でも、こういう共通点はある→そういう違いと共通点をもって交わる中で、こんなふうにAとBは補完し合っている」という思考ステップを踏むんじゃないかなと。

だから、つまり、何が言いたいかというと、自分が対立関係だけで止めているなって思ったら、そこに共通点を見出す。自分が共通点までで止めているなって思ったら、そこに相補性を見出す。

というように、対極性をもつAとBを認めたときは、もっといろんな関係が見いだせるんじゃないかなって、考える時間と心の余裕をもって向き合いたいなと。自分の見方ってたいていは死角があるもんだって前提で、そこに目を向けようとする臨み方で世の中と関わっていきたいなと。ここに書いていることも死角だらけだと思うんだけど、まぁそんなことを思った次第です。

2015-08-19

人は「完全」より「統合」に向かってる

ぐんぐんと人格的成長を遂げて、ゴール地点に立っている人がいるとしたら、どんな人物像を思い浮かべるだろう。弱さがない、影もない、恐れ知らず、向かうところ敵なし、闇成分ゼロで、神々しい光を放っている、完全無欠の人格者か。そうイメージすると、どうも胡散臭さのほうが勝ってしまう。

「ユングの生涯」(*1)を読んで頭の中がすっきりしたのが、人格の「完全性と全体性」を分けてとらえる話だった。

われわれが完全性を求めてそれをひとつの理想とするとき、それが実現不可能なものながらわれわれの行為を照らすひとつの灯の役割をしていることを知っている場合は、あまり問題ではないかも知れない。しかし、それを到達可能な目標であると思い誤ると、その理想はわれわれを励ますよりはむしろ苦しめることの方が多いように思われる。われわれとしてはただ自分の到らなさを恥じるばかりで、遂には自己嫌悪や自己否定にまでおよんでしまう。(*1)

人格の向かう道のりを"成長"って言葉で仮定すると、人が100%成長した終着点には、あらゆる欠点を克服した強者が立ち上がるようにイメージしがちだけど、それってきっと思い違いなのだ。

人間が、弱さや恐れ、悪や闇といった影と、一切の縁をきれる日なんてきっとやってこない。なんてったって私たちは最期、一人で死んでいかないといけないのだし。私たちはずっとずっと弱さや恐れ、悪や闇といった影を抱えたまま生きていくとみたほうが自然に思う。

何かがうまくいく期待をもてば、うまくいかない不安がついてくる。誰かを大事に思えば、いつか失っちゃう不安がついてくる。平穏な日々を過ごしていても、いつかはこの穏やかな日常の終わる予測が立ち上がってくる。きっと私たちにできることは、それを認め、受け容れて、自分の中に取り込めるだけの器をもって、うまくつきあっていくことだけだ。

ユングは人間の心の光の部分のみではなく、影の部分をも含む全体としてこそ、その存在の意味があることを強調する。(*1)

人の成長は、きっと完全なるものより、善と悪、光と影、生と死の両方を受け容れて統合していこうとする全体性に向かっている。そうとらえたほうが無理がない。

それは自分に対してだけじゃない。私たちはとかく"立派な人"に対して完全さを、盲目的に求めてしまうきらいがあるけど、彼・彼女だって神じゃない。いくら研鑽を積んだ人も、肉体を鍛えあげた人も、神になったわけじゃない。一切の影を取り去って、光だけの人になったわけじゃない。そういう前提をもっていないと、自分のことを棚に上げて、"立派な人"にどんどん不寛容になっていく。人が抱える影を想像したり許容したりできなくなってしまう。

批判することは、まったく悪いことじゃない。ただ、そこで自分が人に向けた批判と同等のエネルギーをもって、自分にも批判を向けないと、バランスをくずしてしまう。同等かそれ以上のエネルギーを自分に向けるようにすれば、おのずといい具合に寛容と不寛容のバランスがとれるんだと思う。そういう健全な感覚を大事にしたい。

*1:河合 隼雄「ユングの生涯」(レグルス文庫 100)

2015-08-18

ノスタルジックな弱さ

今年の夏休みはつまみ食い的に分散して取ったのだけど、8月13〜16日は週末あわせて4連休したので夏期休暇っぽかった。

前半は実家の父のもとへ。急ながら伯母と兄一家にも会えることになり、母のお墓参りをして帰ってきた。私にとってお盆とは、長く"みんなの夏休み"を意味してきたのだけど、母が他界してからは言葉のとおり仏事を意味するようになった。

実家に帰ると、まずは洗面所に行って手を洗う。母が亡くなる直前に、病院に置く用のハンドソープを買って持っていったのだけど、ほとんど使うことなく残ってしまったので、それを使って今でも手を洗っている。消費期限がないことを祈る。

手を洗い終えると、仏壇へ行く。小さなブーケを買っていったので、それを花瓶にうつして母の遺影の前に飾る。ろうそくに火をつけて、りんを2回鳴らし、お線香に火をつけて香炉に立て、そっと手を合わせる。毎回、順番と回数これで合ってるのかなと思う。

目をとじると、あわせた両手の甲がほんわかと熱を帯びた気がする。母が私の両手を包みこんで「おかえり」と言っているイメージが脳裏に浮かぶ。父も外出中だったので、しばらく目を閉じて、そのぬくもりを味わってみた。その前につけてしまったテレビがうるさかった…。

夕方、父が帰ってくると、ゆっくりおしゃべりなどして過ごす。翌日は、母の姉が家に来てお線香をあげてくれ、梨を一緒に食べたりしてしばし団欒。その後、父とスーパー銭湯へ。県道沿いのパン屋に立ち寄り、オシャレになりきれないテラス席で朝食をとる。

お風呂の後は、お供えするお花を買って母のお墓へ向かう。そこで兄一家とおちあい、一緒にお墓参り。孫たちを父とあわせられて良かった。写真を撮りそこねたけど、真夏の太陽のもと、汗をかきかき小さい体でお墓の上に乗っかって掃除する甥っ子たちがかわいらしかった。一対のお花を一束ずつに分けて渡すと、二人が花立てに飾ってくれた。

お墓参りの後は、父と兄一家と私で(ネタのいい)回転寿司屋に行った。父と私が二人でよく行くお店なのだけど、兄一家がまざると、二人で行くときには見られないお皿の積み重なりようが見られて、実に爽快だった。

隣に座っている一家(父、母、子ども4人)の昔ヤンチャしたふうなお父さん(私よりやや若めか)が、最初機嫌よかったのに、途中で店員さんの何かにキレて「表出ろ」って言って席立ってしばらく戻ってこなかった。戻ってきて、またお寿司食べてた。家族は心配げだったが、慣れてるふうでもあった。なんか、千葉っぽさを堪能した。

東京に戻ってきた夏休み後半は、映画『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』を観た(堪能!!)他はけっこうこもっていた。最終日の日曜の朝、出がけに駅の改札口に設置されたディスプレイを見るともなく見ると、まったくついていない魚座の星占い「落胆と△△」とかいう救いようのない5文字が目に入って、いっそう地味に過ごす決意を固めさせられたのだった。あれは、サービスなのか、鉄道会社さんよ…。

これなら誰にも迷惑もかけないし落胆することもなかろうと、いずれやろうと数年寝かせていたCDの処分に手をつけた。もともと持っている枚数はたいしたことなかったし、CDを買っていたのって20世紀までなので、ここ15年くらい増えていないし、引っ越しの際にも手放したりしているので、今手元にあるのは100枚強というところ。

これを1枚ずつ取り出してiTunesに取り込みながら久しぶりに聴いていると、なんだかノスタルジックな弱さを自分のうちに覚えて、こんな感覚がまだ自分の中に起こりうるのかと、いくらか驚きがあった。私にも若い頃があったのだ。海に行って遊んだこともあった。山に行って星を見上げたこともあった。そういえば。

なんとなく、海をみたい気分がわいてきたのは、これのせいか。って思ったときには夏休みが終わっていた…。

2015-08-12

寝るときの向き

私は生まれてこの方、寝るときは「仰向け」が基本姿勢だと思ってやってきた。手も下にまっすぐのばして、気をつけの姿勢。乗せられるかぎりを床に乗せて、他所に身をあずけた状態にするのが、最も体を休められる良策と思ってきた。

もちろん人によって好みはあるだろうし、その日の気分で横を向いたりなんだりの身動きはあるだろうけど、多くの人、多くの時間の基本姿勢は仰向けと思い込んで、ずっとやってきた。

しかし、この間同僚らと話していたら、その場にいた3人がみな一様に「横向き」というからたまげた。ぜ、全員か。「仰向けで寝ると必ず金縛りにあう、なんで仰向けで寝るなんてするのか」と言うつわものまであって、むしろこちらのほうがおかしい感じになった。

え、仰向けで寝て必ず金縛りとかって…、ないでしょう。っていうか、むしろ横向きのほうが、片方の腕は上体でふんづけちゃう格好になるのだから、しびれて安眠をさまたげるのでは…。

これは、その場の3人がたまたまそうだっただけかもしれない。世の中の大勢がそうであるとは、これだけじゃ到底言えないではないか。そう思って翌日会った友人に聞いてみると、今度は「うつ伏せ」と返ってきた。さらに広がってしまった。私の「仰向けが一般的」という認識はないわーと言われ、天地ひっくり返る。

「腕しびれない?」って問うと、「いや、ずらすでしょ。腕の上にそのまま上体乗せるなんてしびれること普通しないでしょ」って、そりゃあそうか。え、でも腕はずらせても肩はずらせなくない?そしたら肩は痛くない?と後から思ったけど、肩は頑丈だからOKなんだろうか。

でも、肩より背中のほうが面積広いわけで、床にくっついている体の面が広ければ広いほど体って安定するし楽なんじゃないのかしら。

おかげでか私は朝起きたとき、寝たときと同じ格好で目覚めることが多い気がするし、夜中いろいろな寝相を経て朝そこに戻ってきたというより、おそらくはその寝相のまま寝て起きたと思われる。とすると、寝ている間に楽しているのは、やはり「仰向け」派ではないかと思うのだけど。

横向き3、うつ伏せ1、仰向け1、今のところ形勢はどうも不利である。と、ここまで書いて、そういえば…世の中にはインターネットというのがあったな、と思い出した。検索してみると、出てくるわ出てくるわ、睡眠時の正しい姿勢、あなたにあった寝方、どっち向きが多い?寝方で性格がわかる?と、ざくざく。

で、とにかく仰向けが多いには多いっぽいと知るが、どっち向きが何%とか書かれちゃうと、「へぇ」という満足に伴う「あ、そう」という興ざめ感。わかりたいような、わからないままでいたいような、微妙な乙女心。まぁ、なんらか限定的な集団に対して調査したのだろうから、地域によっても時代によっても違ったりするだろうしな…と理屈をこねて、まだ妄想の自由を残していることに安堵する男心。

調べることはたやすくなったが、検索するまで、問いを立てるまでの時空には、まだまだ空き地のような遊び場が広がっている。問いを立て、人に尋ね、思索にふけり、それからネットで検索してみても、人生に無駄ではなかろう。空き地に出るか出ぬかは、私次第であるなと思った。

2015-08-10

そう叫ぶぼく

河合隼雄さんが著した「ユングの生涯」を読んでいたら、スガシカオが歌う「サヨナラホームラン」の歌詞の一節が頭に浮かんだ。ねるねるねるねみたいな歌詞が(ってなんだ)、いかにもスガさんぽい。

"本当のぼくはきっと こんな奴じゃないはずなんです" そう叫ぶぼくはたぶん 間違いなくそーゆー奴

ここの歌詞から流れるYoutube動画

ユングは自分の中に、対極性をもつ2人の人物がいたと述べている。これは別に精神病理的な二重人格とかではなくて、あらゆる個人の中にあるもの。この2人のことを、ユングは人格No.1とNo.2と呼び分けた。

私がこのNo.1とNo.2をきちんと解釈できているかは別として、私には先ほどの歌詞が重なって、「本当のぼく」がNo.2に、「そう叫ぶぼく」がNo.1に聞こえたのだった。

外界にふれて生きる生身のNo.1の背後に、際限のないほどの深さとひろがりをもったNo.2が存在する。

ユングの少年時代でいえば、No.1は「恥ずかしがりやで、臆病で疑い深く、青白くやせてみるからに丈夫そうではなかった」。その一方で、No.2は「おとなであるばかりでなく、偉そうな、権威者であり、公職と威厳をもった人であり、老人であり尊敬と畏怖の対象であった」という。

外界にふれて生きる生身の「そう叫ぶぼく」の背後には、際限のないほどの深さとひろがりをもった「本当のぼく」が存在する、そう信じたいぼくだけど、果たしてそれは本当に"本当のぼく"なのだろうか。「そう叫ぶぼく」は本当に、本当じゃない"見せかけのぼく"なのだろうか。

No.2のぼくから見るNo.1のぼくは、ちっぽけで弱くて頼りない。だから、全部をわかってこなせちゃうはずのNo.2は、影にすむNo.2こそが「本当のぼく」と信じたいだけじゃないのか。

以前に新入社員の子から聴いた、「できると思っていた仕事が、やってみたら全然できなかったり、自分のスピードが全然遅くて驚いた」という話も思い出されるのだった。

これを見てみぬふりして放ってしまうと、どんどん頼りないNo.1を避けるようになり、外界との接触がすぼみ、No.2の影に身をひそめていってしまうことになるのでは。

ユングは人一倍に深く広がりをもったNo.2人格を有していたし、「内的なことだけが実体性をもち、決定的な価値をそなえている」として内界を絶対的に重んじた。狂うほどに究めた。そんな本人からすれば、No.1人格はNo.2人格に比べて、はるかにちっぽけに感じられただろう。

それでもなお、彼はNo.1人格を軽視することなく生き抜いた。外界でできることもやり抜いた。そこには「外的なことを避けて内的なことをやり抜くことなど不可能である」という考えがあったという。これに触れ、年々こもりがちになる自分の心がゆさゆさ揺さぶられるのを感じた。

それからもう一つ。自分のNo.1のちっぽけさを棚上げして、人はいくらだってNo.2の立場から、他人のNo.1の出来不出来を批判できる。けれど、そのとき自分はNo.2の位置から見ていて、相手はNo.1に立って事を為しているという立場の決定的なズレをきちんと認識して関わりたい。ほんとの優しさって、そういう知性や想像力の下支えなしには成り立たないものだと思う。

2015-08-05

「顔見知り」との一線

フィットネスクラブとか喫茶店とか、日頃足しげく通っている場所には、顔見知りの人というのがいる。顔見知りって、挨拶程度は交わす間柄を私はまずイメージするけれど、ここでいう顔見知りは、文字通り、お互いに顔を知っているにとどまる間柄。朝の通勤・通学に使う電車やバスの乗車時刻が同じなら、そうした場所にもいると思う。言葉を交わしたことは一度もないけれど、顔はすっかり覚えている相手。

時々考えてしまうのは、こういう顔見知りの人って、どこでどんなふうに遭遇したら、私は声をかけるだろうかという境界線だ。とりあえず極端なところから始めて、たぶんアフリカのサバンナとかで偶然会ったら、「あ、あなたは!渋谷マークシティのエクセルシオールカフェで、平日の朝によくお見かけする、あの!」と間違いなく声をかけると思うのだ。

やっぱり、何も考えなくてもまず思いつくのが、ふだん会う場所から相当かけ離れた場所で遭遇するという地理的な距離のインパクトだろう。

じゃあ、その距離を縮めた場所で考えるに、北海道の草原とか南紀白浜とかでも声かけそうだなぁとイメージする。国内でもOKそうだ。都内でも、西側の鍾乳洞の中とかであったら声をかけそうである。が、ふだん目にする渋谷から離れた有楽町や吉祥寺でも、街中で会ったら私は声をかけなさそうだ。

軽井沢や札幌まで離れても、街中の人通り多いところとかで遭遇した場合、「あっ」とだけ思って、そのままスルーしてしまいそう。熊本の阿蘇山とかでも、観光客がたくさんいる中ですれ違ったら、そのままにしてしまう気がする。うーむ。そう考えると、スペインのバルセロナとかで見かけても、街中の人混みの中だったら呼び止めない気がしないでもない。

となると、遭遇した場所の人の量や賑わいに左右されるってことか。移動距離、人の量、その場の賑わい…。シチュエーションにもよる。たとえ何の意外性もない、いつも顔を合わせる駅の中だったとしても、電車が運転見合わせしたとか、その人が具合が悪そうだったりしたら声をかけるかもしれないし。

私のはだいぶ引っ込み思案な例だけど、人によっては、渋谷のカフェで顔見知りな人と、恵比寿(隣駅)で偶然すれ違ったというのでも、「あぁ、こりゃ奇遇ですなぁ」って声をかけるだろう。あくまで、どんな場所だったら、どんなシチュエーションだったらって書き連ねたのは私個人的なもので、人それぞれにいくらでも「こうだったら」の種類は編み出せるのだ。

とか、こんなことを無目的に思い巡らせていると、いくらでも境界線を引けるようになっていく。一方で、今ここで脳内に引いた境界線は片っ端から曖昧なラインにもなっていく。ぼやけてふやけてにじんで、不確かなものになっていく。

実際には何のラインもないところに、自分都合で勝手に線を引いているだけなのだから、境界線なんていかようにも引けて、いかようにも消せる。境界線引くのって、自分の脳の処理次第なんだよな、人類共通のものすらない。という当たり前の決着をみて、一息つく。毎日暑いので仕方ない。以上、ぼーっと歩いている人の頭の中(例)。

「あ、そっか」

なにか不自然さを感じたのは、「あ、そっか」とか「へぇ、そうなんだ」って反応が全然なかったからか、と思い返したのは、週末とあるテレビ番組で著名人が議論しているのをYouTubeで見てのこと。

映っている人たちは、その場の議論から何かを発見する気はなく、ただ自分が持ってきた主張を繰り返し、相手の話も、いかに論破するかに意識を集中して聴いている感じ。そういう前提で参加しているから、対立する相手の話が、自前の批判フレームを通してしか伝わってこない。

発言によっては肯定的な反応とか、「へぇ、そうなんですか、それは知らなかった」という反応が挟み込まれてもいいようなものなのに(編集で切られているのかもしれないけど)、まったくそういう隙がなくて、とにかく話が交わらない。

ここが開通していない状態では、いくら話しても、言葉を交わす中でダイナミックに考えが変わっていくシーンに立ち会うことは期待できない。主張をAからBに乗りかえるような変化を短時間に期待するわけじゃないけど、対立するAとBを交わすことによって、より良いCを模索するのが全うな議論の道筋なら、はなから対立する相手方の発言を一切受け入れる余地なしなのは、どうも息苦しく不毛に感じる。何も動かず、何も交わらない。話は進展せず、堂々巡りになる。

まぁテレビ番組の場合、途中で役者に立場を変えられたら番組にならない、視聴者の「あ、そっか」「へぇ、そうなんだ」を引き出せれば成功なんだということなのかもしれない。

でも、会議やネット上の議論、日常のやりとりといった場でも、似たようなことを見かけることはあって、やっぱりそれって不自然な感じがある。自分と違う意見や見解をもつ相手の話を聴いたとき、もっと「あ、そっか」とか「へぇ、そうなんだ」っていう反応が自然とできたらいい。

自分とは違う意見の人だからこそ、話を聴いて、知らなかったことに気づかされることってたくさんあるはずで、そのとき「あ、そっか」って思い直したり、「へぇ、そうなんだ」って気づく自分を黙殺せず、素直に許容できたほうが実りがある。自分の視点・視界・視座を切り拓く機会になる。より豊かな見地から、そのことについて考え直すことができて、自分のこれまでの主張を検証したり洗練させたりできる。力みがとれて気持ちも楽だ。

自分の主張を通すことより、もっと下の層にある、何のための主張かという目的に都度立ち返って考えることさえ覚えれば、自分の知らぬことや違う価値観を向こうから突きつけられたとき、いちから組み上げ直して見ていくことができる。

たいてい人が主張したいことっていうのは、なんらか「自分の知識とか経験とか、大事にしたい価値観とか信念」のブレンドから導き出されているわけで、これが「主張」の下に隠れている。そこに、新たな知識やものの見方が投下されれば、その上に乗っかっている「主張」にも影響が及ぶのは、ごく自然なことだ。雑だが、こんな3層でとらえてみる。

[上層]自分の主張(具体策・手段)
[中層]自分の知識とか経験とか価値観とか信念(判断指標)
[下層]他の人と共有する願いや狙い(目的)

新たな事柄が下の階層に投下されたのに、自分の主張がまったくびくともしない場合、もしかして自分が意固地になってやしまいかと疑ってみる。そうすると本当に意固地になっている自分を発見して、げげっとなったりするから、尋ねてみるものだなと思う。

大事なことは、立場が違うとか、対立するAとBを突き合わせたときに、その混沌から何か意味のある形を生み出すこと。それが大仕事だからこそ、話し合う場をもって一人ではできない解を創り出そうとしているわけだよな、と。

だらだら書いた割りに、別段どうということはないのだけど、とりあえず人の話を聴いて「あ、そっか」「へぇ、そうなんだ」という反応が素直に返せる単純さを大事にしていこうと思った次第。

そこをできるだけ自由に、緊張をほどいて人と交わることで、自分が変わっていくダイナミクスを大事にしたい。そのための柔らかさと、一からいつでも構造を組み上げ直せるスキルを養い続けたい。

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »