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2015-06-10

「よいしょ」の活用形

三十にして「よいしょ」、四十にして「よっこいしょ」、五十にして「よっこらしょ」、六十にして「どっこらしょ」、七十にして「よっこらどっこいしょ」、八十にして「よいしょ、こらしょ」という説を思いついた。

七十の父がこの間、たたみに座るときに「よっこらどっこいしょ」と、よいしょ界のロイヤルストレートフラッシュみたいなのを口にしているのを聞いて思いついたのだが、なかなか言い得て妙ではないか。我ながら自信作である。

八十は、あんまり長い一言も大変(あるいは面倒)になってくるかなと思って、「よいしょ、こらしょ」と2つに分けてみたが、これは妄想。三十の「よいしょ」は実体験から。しかしながら、あと10年は「よいしょ」に踏みとどまっていたい。持ちこたえられるだろうか。あれは気づいたときには口をついて出ているものだから不安ではある。あれは、どこからやってきて、いつをもって次に展開するのだろうか。

英語に「よいしょ」に値する言葉はあるのかなと思って調べてみたところ、ないわけじゃないが、英語圏では基本的に座るときは無言のようである。ざっとネットで調べただけなので、ご存じの方は教えてほしい。

日本語は歳ごとの活用形があって(と勝手に決めてかかっているだけだが)、言葉が一歩先に展開するごと、何がしかを自然界に吸収する懐具合も深まっていっている感がある。この活用がなかったら、なかなか辛かろう。七十にして「よいしょ」だけでは、その何がしかを受け止めきれないのではあるまいか。そんなことを、うねうねと考えた。

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