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2015-06-24

言葉による制限のくくり方

私が通っているフィットネスクラブは、携帯電話やスマホの利用場所をフロントに限定している。ジムやプール、お風呂はもちろんのこと、パウダールームや更衣室もダメよということになっており、ちょいちょい館内放送でも案内が流れている。

パウダールームには「ロッカー内での携帯電話のご利用はご遠慮下さい」という貼り紙がしてある。先日ドライヤーをかけながら、その貼り紙をぼーっと見ていて思った。なんとなくこのメッセージ、一昔前っぽさがあるなと。厳密にはいい得ていない感も漂うなと。じゃあ、どうしようか。

まず「携帯電話」というのが昔っぽいのかなと思い、「携帯電話やスマートフォン」に変えてみる。タブレットはどうしよう?電話機能がないWifiモデルだったらいいのかしら、いやカメラ機能があればNGでしょう。しかし「携帯電話やスマートフォン、タブレットを」となると野暮ったい。

デバイスで示すより、機能で表したほうがシンプルかつ適切に言い表せるのでは。「電話やカメラ機能をもった電子機器のご利用はご遠慮ください」って、やっぱり野暮ったい。それに厳密さを追い出すと、ぱっと見でわかりづらくなるのも難。2015年現在だと「携帯電話やスマートフォン」あたりが現実的な落とし所なのだろうか。

続いて気になるのが「ご利用」だ。実際にはパウダールームの場合、けっこうあられもない姿で鏡の前に座っている人も少なくないので、持ち込む時点でNGの感がある。「お持ち込みはご遠慮ください」のほうが適切ではなかろうか。

電車とかだと、持ち込みNGっていうのは無理な話で、電話機能の利用制限あたりが妥当だろうけれど、温泉施設やフィットネスクラブの更衣室なんかだと、「利用」よりもう少し範囲を拡大して「持ち込み」NGのほうが妥当だろう。

「機能」で制限するのか「物体」で制限するのか。「利用」で制限するのか「持ち込み」で制限するのか。「機能」はどこまでを制限して「物体」を何と指し示すのか。絶対的な悪というのは早々ないので、その場所・相手、その文脈において妥当な制限のくくり方を、言葉に展開しないといけない。

現実世界のあれこれが細分化・複雑化してくると、厳密かつ分かりやすい言い回しはけっこう難しい。それに、時が流れると妥当だった表現もそうでなくなるから、言葉のメンテナンスも大事だなと、ドライヤーをぶおんぶおんさせながら思った。

「インターネット利用」を制限するなどは、今やくくり方として雑すぎる場がほとんどだろう。あまりに日常インフラ化しているので、そこ制限しちゃうと影響範囲が大きすぎる。じゃあ、その上のどの階層まで引き上げて何の行為を制限するのかしないのか、慎重に階層と範囲を判断する必要がある。

言い回しも、常に厳密性が重視されるわけじゃなく、ゆるい言葉でいい場面はいくらでもある。私も「ネットで調べてみる」とか相変わらず使っていて、言葉にする度「またざっくりした物言いだな」と自分で脳内突っ込みしている。いずれ近未来人に「おばさん用語」認定されるのではないかとも思いつつ。

ただ、人に対して公的に注意をうながすような場面では、言葉の扱い方、範囲のくくり方に慎重でありたいもの。厳密さと、わかりやすさの間でバランスをとりながら。

まぁ発する側が言葉を厳密に選んだからといって、受け手に厳密に伝わるとは限らないのだけど。かくいう私も「ロッカー内での携帯電話のご利用はご遠慮下さい」と書かれているのを、ずっと「携帯電話やスマホの持ち込みはご遠慮下さい」と解釈していたし。受け手は勝手に、自分の感覚で読んじゃうものだなと思う。しかしまぁ、それはまた別の話。昨今こうした注意書きをどう表すかはけっこう難しいものだなというだけの話。

2015-06-23

「点数をつけない」人事評価

ちょっと前に「ニューロマーケティング」なる言葉をどこかで見かけたけど、人材開発の世界でもニューロが熱いらしい。先日「ATD-ICE2015 人材開発国際会議」の報告会に参加してきたのだけど、今年のATD-ICEでは、Neuroscience(神経科学)の知見を活かそうという話が各所で語られていたとか。

ちなみに、ATD(Association for Talent Development)というのは、職場の人材開発をテーマに活動する世界最大の非営利団体。ATD-ICE(International Conference & Exposition)は、ATDが年に一度開催する人材開発の世界では最も大きなカンファレンス&展示会。今年は5月に米オークランドで開催。会期は4日間、参加者数は海外勢含め9,600名、セッション数300件、展示350件以上というビッグイベント。これの報告会が先日、日本支部主催で行われたので参加してきた次第。

ニューロサイエンスの話は300中17セッションで、数が多いとは言えないものの、昨年の11セッションから数を伸ばしていたそう。「ニューロとかそういうの、ほんと好きねぇ」と、おばちゃんのような一言をこぼしそうにもなるのだけど、組織規模も巨大になると、意思決定も何かとリスキーなのだろう。後ろ盾の確かさが相対的に重要性を増す感はある。「人事評価で人をレイティングするのは、脳の扁桃体を刺激し、本人の主体性をストップさせることがわかっています」と、脳の部位名称を持ちだすことで「人を点数をつけて評定するのはいかがなものか」論の説得力は大幅に増し、変革の意思決定が促進される効果も期待できそうな感はある。

一方で、「脳の扁桃体」など持ちださなくても、「人事評価で人のレイティングするのって良くなくない?」という問いを投げて、「なんか違うよね」「される側に立ったら嫌だよね」「なんかげんなりする」「それぞれ複雑で多様な業務をやってるというのに、横並びにされて上司1人の評価で順位とか点数つけられるのって納得感低い気がする」「評定にかけてる時間って、もっと別に有効活用できると思うんだけど」「評価ってそもそも、次のステップアップにつながるようなフィードバックを本人に返せることが大事なんじゃないの」「でも給与決める代替の仕組みがないとだめじゃん、いまさら年功序列に戻すのも違う気がするし」「じゃあ、それ踏まえて別の方法を検討してみようよ」というところまで5分で行ける組織なら、それで変革のスタート地点に立てる話であるなとも思う。

そういうところは、普通にそうやって決めたらいいと思う。っていうのは雑かしら。「多くの大企業がやっている手段やプロセスを(だからという理由で)採用する」のは、思考停止した組織がやりがちな意思決定だ。大企業でもないところが手をだすと、メリットはさしてなく、デメリットは大企業なみ、もう最悪…みたいな事態に陥りかねない。「中小企業の大企業病」は、ひかなくていい風邪を率先してひきにいってる感じがつらい。などとなんとなく思っている。

一節には、「人は人を、8割はバイアスで評価する」という話もあるんだとか。そんな中で「人が人をレイティングする方式はナンセンス、止めましょう」と人事評価制度を変革する動きが注目を集めているらしい。

GEは次の一年で止めるらしく、GAPはもう止めたとか。40〜50社くらいのレイティングを止める動きがあるらしい。帰ってネットで調べてみたら、2014年の記事で、GEの「スコアリングはしない」という話が載っていたから、日本のGEではもう導入が進んでいるっぽい。(*1)

ずばり、『どうなの、この人?』と当該組織のリーダーに尋ね、『パフォーマンスは可もなく不可もなくですが、どんなことも率先して挑戦するし、組織のロールモデルになっています。部下や他部署からの信頼も厚いです』などと返ってくる答えを元に位置付けていきます」。(中略)非常にアナログな方法ですが、結果的には相対的に納得感のあるものになる(*1)

[追記ここから]
つまり、後ろ盾のもち方として、「現実的な解として今多くの企業が採用している」もあれば、従来のやり方の納得性・妥当性の低さから「ニューロサイエンスの知見」を後ろ盾に変革を試みるも、「今先駆的な企業が試行している」ことを後ろ盾にするも、「それを社員との対話から導き出す」も、それは各社で妥当性と納得性の高い解の導き方をたどればいいことだ、という話を私は書いているのだろうか…。

そのとき、いろんな後ろ盾のもち方があることを、まず知っているのは確かに大事だ。人の認知活動の95%は無意識に行われているらしく、自分の判断で意思決定していると思い込んでいるものも、意識に上がる0.5秒ほど前に脳が意思決定して行動を起こさせているという話も。(*2)

この無意識に行われる意思決定で、最も重要なことは、脳は外からの情報よりも脳の中にある情報をより多く活用して意思決定を行うということだ。(*2)

いろんな情報が脳の中に入っているのは確かに大事で、だけど最終的にそこから何を妥当と判断して意思決定するか、何を後ろ盾にして人の理解を求め、納得感を得るかは、やっぱり自分とこで決めることになるんだろうな、という話を書いていたのか。
[追記ここまで]

この報告会に参加してメインで考えた個人的関心事はこれではなくて、実は別にいくつかあるのだけど、なぜか横っちょの一片が先にぽろり…。

*1: GEの人事部長に聞く タレントを見える化する方法(HITO総研)
*2: ニューロファイナンス~脳科学の金融・経済分野への応用(NTTデータ経営研究所)

2015-06-17

熱中症のおじいさんに遭遇

くもり空の一日、梅雨どきの蒸した空気が身をつつむ昼下がり、街中を歩いていると、少し苦しそうな表情のおじいさんが向こうからやってきた。キャスター付きのバッグを押しながら、それにもたれかかるようにゆっくり歩いていたけれど、ついには歩道の端の柱に手をついて足を止めてしまった。動きがゆっくりなので立ち止まっても目立たないのだが、息があがっているようにも見えたので、近づいて「大丈夫ですか」と声をかける。

おじいさんは「あともう少しなんだけどね。なんだかものすごく歩くのに時間がかかってしまって」と、ゆっくり、しかし思いのほかしっかりした声量で応じる。短い距離を2時間近くかけて歩いていると言う。後から聞いた話を総合すると、2時間かけて200mくらいの距離を歩いてきたもよう。私も具合が悪くて50mを10分くらいかけて休み休み家に引き返したノロ体験があり、そのときの途方のなさを思い出した。

おじいさんは、腰かけられるキャスター付きバッグに腰をおろし、休憩をとり始めた。「こうして休み休み行けば家もすぐそこだし、なんとか」ということらしいが、そうであるような気もするし、とはいえ…という気もする。でも、ただここにこうしていても、私はあまり役に立ちそうにない。それで、おじいさんも大丈夫というので、一旦「じゃあ、お気をつけて」と歩き出した。

しかし、「大丈夫ですか」と訊くのはきっかけ作りとしてはいいのだけど、実際「大丈夫かどうか」を判定する問いとしては機能していないのだ。私には、その答えを真に受けて「大丈夫認定」してその場を去り、そんなのただの自己満足じゃないかと後から後悔した苦い経験があった。前と同じ失敗は、いやである。

なので、ゆっくり前に進みながらも何度か振り返り、腰かけて休んでいるおじいさんの様子をうかがった。やっぱり早々立ち上がって残りの距離を移動できる感じでもなさそうだ。私は近くの自販機を探して、水を買っておじいさんのもとに戻った。

「お水を買ってきたんですけど、飲まれますか」と声をかけると、おじいさんはペットボトルの水を見て、ぱっと明るい表情になった。フタをあけて渡すと、おじいさんは1回、2回とゆっくり水を飲んで、ほっとした表情を見せた。「いやぁ、少し脱水症状を起こしていたようだったので、助かりました。ずいぶんと元気を取り戻した」と言う。当たった。ほっとした。

お財布を取り出して「お代を…」と気をまわすので、いいですいいですと断って、しばらくおしゃべりをする。おじいさん、お年は91歳という。息子さんが寝たきりで、お嫁さんもそれにかかりきり。ちょっとそこまで買い物に出たら、短い移動に思いのほか時間がかかってしまった。その途中で、軽い熱中症にかかったのだろう。

病院に行くかどうかも一応は訊いてみたけれど、「保険は80歳までだし、病院に行くともう出てこられなくなる」と笑う。まぁ私も、病院行くより断然、もう目前のおうちに帰ってゴロンとしたいと思う。意識もしっかりしているし、家に帰ってゆっくり休めば大丈夫そうに見える(素人の見立てだが)。

それで病院話は早々に切り上げるも、水を飲んだからといって、あとはもう大丈夫という感じでもなさそうだ。「もしよろしかったら、おうちまでご一緒しましょうか」と言ってみる。「いやぁ、ご迷惑をかけてしまうので」と恐縮する様子から、そうしてくれれば助かるが…というニュアンスが読み取れたので、「まったくそんなことないですよ、時間もたっぷりあるので」と言って、家の前まで付き添うことにする。

やはり、付き添って良かった。再び立ち上がってゆっくり歩き出すものの、10mも歩くと息が苦しそうになった。バッグに身を委ねるかっこうで前かがみになって息を整えだすので、「少し休みましょう」と声をかけて、座っては水を飲んで。

おじいさんは「すみませんねぇ、ご迷惑おかけして」と言うが、心中察するに、付き添いがある状態で帰れるのは心強いようだ(勝手な解釈だが)。私は「いいえ、時間はたっぷりあるので」と再び返し、「こういうときの水には本当に救われますねぇ」と、できるだけおじいさんが相槌だけうって済ませられる話題を探し、軽い言葉をかけて笑うと、また黙った。

何度か休憩を入れて50mほど移動し、脇道に入ったところで、表で近所の人と話していたお嫁さんに遭遇。強そうだった…。私は手短に事情を話してお嫁さんにペットボトルを引き渡すと、ではこちらで…と挨拶して失礼した。

この数十分の経験で思ったことの一つは、よたっとしているおじいちゃんおばあちゃんを見かけたら、ほんと声かけたほうがいいということ。話しかけてみると、遠くから見ているときより弱っていることがわかるし、一緒に歩いてみると、話しているときの見立てより弱っていることがわかる。

もう一つは、言葉かけもいいけれど、やっぱりその先の具体策を講じられるかが大事だよなということ。心を寄せて、頭を使い、体を動かして、有効な具体策を講じる。そこまでやって、ほんとに実のある優しさなんだ。

熱中症とは関係ないけど、以前に言葉はかけたものの中途半端な状態でその場を後にしてしまったことがあり、自分のことを情けなく思っていたので、今回は「水を買って渡す」「家まで付き添う」までできて良かった。なんか小学生みたいなまとめだが…、単純な結論は大事だ。

街中の自分のちょっとした働きで、それが大ごとにならず、ほっこりいい話で済む事案はけっこうあるんだと思う。ちょっと水買って付き添うだけで、警察や病院沙汰にならず、「いやぁ、お水まで用意してくれて、いい娘さんじゃったー」という夕飯ネタに終わるなら、そういう働きこそ一市民の私ができることだよなと思った。

2015-06-12

複雑化する世界で

私が家にテレビを置かないのは昔テレビっ子だったからだ。一人暮らしを始めるとき、せまい家にテレビを置いたら節度をもって付き合える自信がなくて止めたのだ(今でも自信なくて持つ気になれない)。なので子どもの頃は、ずいぶんとテレビを観ていた。当時はまさにテレビ全盛期でもあった。

夜が強くなかったので、深夜番組はあまり観ていなかったけど(中高生になっても23時台の「ねるとん紅鯨団」や「夢で逢えたら」まで起きていられなかった…)、19時から22時くらいまでのバラエティ番組、歌番組、トレンディドラマは、だいたい押さえていたのではないか。トレンディドラマは、その起こりから下火になるまで?を、一部始終観ていたと言えるかもしれない。

それで思い出すのが、三上博史の変遷である。ウィキペディアによれば、俳優の三上博史は「トレンディドラマのエース」と呼ばれていたらしい。1988年「君の瞳をタイホする!」「君が嘘をついた」、1990年「世界で一番君が好き!」あたりは、ひと通り観ていた記憶がある。

この三上博史が君!君!していた時代は、まさしくトレンディドラマ全盛で、今思えばキャラクターもストーリーも一様だった気がするんだけど、それでも「月九」(月曜21時)は本当に毎クール、皆ドラマを観ていたものだった。登場人物はどのドラマも東京在住のオシャレさんなのであり、なんだかいいマンションに住んでいるのであり、お話は途中じれったいのであり、最後はハッピーエンドなのだ。それで良かったのだ。

しかし、何回も同じようなのをやっていると、変わらなきゃと思い始めるのが人の常である。人間は飽きるのだから仕方ない。人間は創造的なのだから仕方ない。バブルもはじけたのだし仕方ない。さんざんトレンディドラマが放送された後、ある時期からドラマの登場人物は必ずしもオシャレではなくなり、最後はハッピーエンドでなくなり、スパスパもの言う主人公も出てきて、お話は一様ではなくなった。予想がつかなくなった。単純さを脱して、複雑化を目指した。

度肝を抜かれたのは1992年の「あなただけ見えない」で、トレンディ俳優の三上博史が、明美(あけみ)という女性人格をもつ三重人格者を狂ったように演じた。それも「月九」で放送されたのだった。個人的な体験としては、あれが複雑化時代の到来を象徴する出来事にすら思える。

あれを大人になってから思い出して考えたのは、自分は「君の瞳をタイホする!」から観られたから良かったけど、物心ついてなんとなく見始めたドラマの最初が「あなただけ見えない」世代の人もいるはずで、いきなり複雑化したドラマを見ることになるってのはどんなもんかなぁということだった。

ドラマに限らず、いろんなものにはまず事の起こりがあって、しばらくは試行錯誤があったりして、次第に定番というのができてきて、それに倣う「守」の時代が流れて…。しかし一時代を終えると人は飽きてきて、それを「破」りたくなり、そこを「離」れたくなる。それが人の常である。

いろんな事が起こっては紆余曲折をへて型を成し、単純だったものが複雑化していく。関係は直接的なものから間接的なものになっていき、学ぶべき概念は具象的なものから抽象的なものになっていく。それが自然の成り行きというものなんだろう。

それはたぶん、どう制御するものでもないのだと思う。食い止めようとか、阻止しようという類のものではなさそうだ。誰もが、何かの「守」の時代に生まれ、同時に何かの「破」の時代、何かにおいては「離」の時代に生まれて、そこをスタート地点に生きていく。何もかも始まっていないところに生まれてくる人はいない。

だから、人は歴史から多くを学ぶんだろう。人が何かを学び取っていくプロセスという観点でみると、やっぱり単純→複雑、直接→間接、具象→抽象という順をおって扱うほうが、基礎から応用へとしっかりしたものが身につくことが少なくないんじゃないかという仮説が私の中にある。逆をたどる演繹的アプローチでは、学習を効率化しているように見えて、実際は獲得できた気になっているだけで、能力を「砂上の楼閣」化してしまうリスクをはらんでいるようにも思えるのだ。

もちろん、それは学ぶテーマやタイプにもよるし、学習する人間の力量や、テーマとの相性や適性などなど、いろんなものの変数があって一概には言えないことだ。私は、この「一概には言えない」ということを何より大事にして学習設計に関わっていけたらと思っている。

なんでもかんでも実体験を通して学ばないと身にならないと盲信するのでもなく、その都度その都度、今回の対象者、目的やゴール、実施条件で何が能率的なやり方だろうかと、先入観をもたずに案件ごとの最適解を選んでいくこと。それが、今の時代に生きて学習設計を生業にする実務者の務めかなと思う。

何の話をしているんだか…という感じでそろそろ終えようかと思うのだけど、おとぎ話とか童話とか、昔から長く長く語り継がれる物語に触れることが、より大事になっている気もした。それは音楽にも、言えるかもしれない。

2015-06-10

「よいしょ」の活用形

三十にして「よいしょ」、四十にして「よっこいしょ」、五十にして「よっこらしょ」、六十にして「どっこらしょ」、七十にして「よっこらどっこいしょ」、八十にして「よいしょ、こらしょ」という説を思いついた。

七十の父がこの間、たたみに座るときに「よっこらどっこいしょ」と、よいしょ界のロイヤルストレートフラッシュみたいなのを口にしているのを聞いて思いついたのだが、なかなか言い得て妙ではないか。我ながら自信作である。

八十は、あんまり長い一言も大変(あるいは面倒)になってくるかなと思って、「よいしょ、こらしょ」と2つに分けてみたが、これは妄想。三十の「よいしょ」は実体験から。しかしながら、あと10年は「よいしょ」に踏みとどまっていたい。持ちこたえられるだろうか。あれは気づいたときには口をついて出ているものだから不安ではある。あれは、どこからやってきて、いつをもって次に展開するのだろうか。

英語に「よいしょ」に値する言葉はあるのかなと思って調べてみたところ、ないわけじゃないが、英語圏では基本的に座るときは無言のようである。ざっとネットで調べただけなので、ご存じの方は教えてほしい。

日本語は歳ごとの活用形があって(と勝手に決めてかかっているだけだが)、言葉が一歩先に展開するごと、何がしかを自然界に吸収する懐具合も深まっていっている感がある。この活用がなかったら、なかなか辛かろう。七十にして「よいしょ」だけでは、その何がしかを受け止めきれないのではあるまいか。そんなことを、うねうねと考えた。

2015-06-09

父と九州旅行

今年上半期の仕事の山が少し落ち着いた隙に、いざ九州へ。この間の話の経緯で、先週は金曜日にお休みをもらって、父とともに二泊三日の九州旅行に出かけた。九州はちょうど梅雨に入ったところで初日は雨に降られたけど、土日は好天に恵まれた。

旅程は、初日が福岡空港まで妹に車で迎えに来てもらって、福岡で新鮮なお魚ランチ→妹のお宅訪問→湯布院まで2時間ほどのドライブ→宿へ。2日目は長さ390m高さ173mの九重“夢”大吊橋を渡り→タデ原湿原を歩き→今回の目玉「阿蘇山」へ→湯布院の宿に戻る。3日目は、福岡に戻って妹のパートナーとランチ→福岡空港まで車で送ってもらう3日間。

湯布院といえば温泉だけど、今回は妹がけっこういい宿をとっていて、お風呂も贅沢だった。初日、宿に着くやいなや夕食前に一風呂浴びようと、備えつけの浴衣に着替え、足袋に下駄をはいて大浴場へ向かう。すると、中に誰もいない。3つの露天風呂をひとり占めだった。

これと別に家族風呂も2つあって、家族風呂と言いつつ、どちらも10人は入れる露天風呂。しかも「空き」となっていることが多いので、2日目と3日目は家族風呂に入った。2日目の夜中には星空を、3日目の朝方はお月さんを眺めながら一人で湯につかった。贅沢この上なかった。

2日目は朝から空が晴れわたり、阿蘇山に向かう道も、新緑の草原がずっと先まで広がっていて、そこにまっすぐの道がずっとずっとのびていて、とにかく気持ちよかった。

そして、阿蘇山のカルデラは圧巻。外輪山の北側に位置する大観峰(だいかんぼう)まで上ったのだけど、そこからの眺めが絶景。山に囲まれたカルデラ内に広がる家々と田畑を見下ろすと、自然のとんでもなさを感じずにはいられない。

つまり、今目の前で見下ろしている盆地は、9万年前の大噴火でできた陥没というわけで。この大噴火の火山灰は北海道や朝鮮半島でも確認されたというから、どんだけの大噴火…と唖然としてしまう。地球はやることがデカい。

景色の雄大さもさることながら、そこに吹く風を頬に受け、そこに薫る匂いをかぐことも、旅ならではのおいしさ。まさに今回は、大観峰の涼風と草の匂いを堪能した。父も感心して「来てよかった、命の洗濯になるな」と口にしていた。来て、本当によかった。

せっかく福岡まで娘の様子を見に行くなら、湯布院旅行と、できれば娘(妹)のパートナーとの食事会を、というのが今回の父のオーダーだったのだけど、部屋もお風呂もごはんも、妹の彼との食事会も、阿蘇山の大観峰からの眺めも、久しぶりの飛行機も堪能した様子。3日目に飛びたつギリギリまで、ぎゃあぎゃあとしゃべってボケて酔っぱらって楽しんでいた。最後は娘たちに日本酒のおかわりを阻止されてしょぼくれながらも、お吸い物をすすって落ち着きを取り戻し、満足げに福岡を後にした。

私も飛行機はけっこう緊張するのだけど、行き来とも無事に着陸。羽田空港に降り立ち、父と横並びでモノレールの座席に腰かけていると、浜松町にそろそろ着くぞというところで、それまで外を眺めていた父が口を開いた。一緒に行ってくれてありがとう。この歳じゃ一人で行くのも難しかっただろうし、一緒に行ったから楽しかったし、心強かった。どうもありがとう。

3日間さんざっぱら、わぁわぁと小学生男子のように軽口を叩いて騒いでいたのに、締めにはしっかり私の目を見据えて、こう礼を口にするのだ。参りました。私はただ、きちんと父の目を見て(といっても紫外線対策でサングラスごしだけど)言葉を受け取り、「こちらこそ、ありがとうございました」と頭を下げるしかできなかった。

この言葉を受けての自分の気持ちのありようというのを、しばらくうまく言葉にならないままいて、翌朝プールを泳いでいるときに、はたと思い当たった。私はこの父のもとに生まれて育ててもらえて、本当によかったと、感謝の気持ちで満たされていたのだ。

父は浜松町で私と別れた後、その足で近所の親せきの家までおみやげを持っていき、伯母(私の母のお姉さん)夫妻と晩酌を楽しんだよう。おみやげ話をたっぷり聞かせて帰ってきたらしい。伯母からも「いい旅だったようですね」と、その日のうちにメールがあった。よかった、よかった。

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