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2015-03-10

30代最後の一年

誕生日を迎えて、30代最後の一年が始まった。39年も生きていると、たいていのことは「私」が勝手にやっている感じがする。もはや「意志をもってどうこうする」といった新たな挑戦ごとも含めて、「私」が勝手に決断してチャレンジしている感じがする。

自分のいいと思っていることも、こういうところが自分はどうもなぁと思っていることも、結局のところ気づいたときにはすでにやっていて、後から振り返って、あぁやっぱり私はこういう人間なのだ…と再認識したり反省することしかできなかったりする。

めぐってくる状況、向き合うべきお題は日々変わってゆくから、自分がやること自体に変化はあるし、それによる学びや成長も多分にあるんだけど、つどつど状況に向き合っている自分の根本の性質っぽいものは割りに頑固でどうにも手の出しようがなく、もうなんか「あぁ、そういう人ですよねぇ、あなたって」と外から他人を見ているような感じだ。

「私」はこちらのコントロール下になく、勝手に生きている「私」を、こちらはそばで見守ったり、ハラハラしたり、叱ったり、なだめたり、問い詰めたり、励ましたり。こちらが誰なのか、それはそれでよくわからないんだけど…。でも、このブログは「こちら」の人が書いている気がする。

こちらから見ている「私」は、悪い人じゃないし、基本的に善良であることを好むし、前向きに物事を考えようとする。CPUのスペックとかハードディスク・メモリ容量はあれだけど、とりあえず自分なりに一所懸命に事にあたろうとはする。曖昧でもなんでも、外から困った問題や相談ごとが持ち込まれると、自分に何ができるか考えてアウトプットしようとする。

一方、相談ごとや問題が外から持ち込まれないかぎり、対外的な活動は消極的で、内にこもりがちで、腰が重たい。理想型というのは人によってさまざまだからな…というベースがあり、特定の時代や地域にポピュラーな価値観にもとづいて、さもそれが普遍的で万人に共通の理想型や問題点であると捉えて何か判断することに違和感をもつ。

目的のないところに問題は生起しないと思っている。具体的な人が、ある目的を胸のうちに抱いて、その達成に際して問題を抱えて困っているという状況が目の前に起ち上がったとき初めて、自分に何かできることがあったら働きたいという活動エネルギーがむくむくとわいてくる。

引っ込み思案で、臆病で、人見知りで、歳をとるごとにそういう自分を許してしまっている嫌いがある。自分に無理なく、自然体でいいのだという加齢に伴う甘えが年々強まっている。

果たすべき役割を自分のなかでこれと位置づけると、大胆ともとれる行動も厭わずできたりするが、これという役割がない場ではまったく存在感がなく、水や空気のようだといえば格好もつくが、ほとんど何にも機能していないといえばそれまで。実際には、後者の感覚を覚えることのほうが過去多かったので、所在ない社交の場に出向くことがどんどん少なくなり、ひっそりとした暮らしを営む傾向が強まっている。

人の親にもならず、商売は受託稼業、テンポラリーに部分的にしか役立たない自分の生き方は重々承知しているので、その部分でできることをきちんと全うできるように、日頃はできるだけ身軽に、健康に、穏やかに暮らしていつでも動けるようにしておき、洞察力や思慮深さを鍛えて、いくらかでも前より良い仕事ができるよう、静かにできることを増やしておこうと思っている。

泳いだり本を読んだり思索にふけったり(いくらか消極的に)勉強したり。あとは、ごくまれに現れる自分を好いてくれるマニアックな友人たちと膝つきあわせ、時折おしゃべりする時間を楽しんだりして、のらりくらり暮らしている。そんな地味に癖のある「私」ですが、マニアックな友よ、この一年もどうぞよろしくお願いします。

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