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2014-10-17

体系的な知識を身につけること

学校教育にフォーカスしつつも、大人の学習にも応用可能という感じの本を読み返しているのだけど、そこで見つけたHerbert Simon氏(1996年)の言葉。

「知っていること」の意味が「情報を覚えて暗唱できること」から「情報を発見し利用できること」へと変わろうとしている(*1)

20年近く前に「変わろうとしている」と言っていたんだから、今やもう「変わった」かな、とか思いながら一度は読んだのだけど、いや?と引き返した。

これ、もともとだったりして、と。「知っていることの意味」となるとどうかわからないが、世の中に求められていたものは、もともと「情報を覚えて暗唱できること」ではなく「情報を発見し利用できること」だったかもしれない。

「情報を発見し利用できること」まで教育がカバーするには、大変な手間と時間がかかる。教育する側に深い理解と指導能力も必要となる。全国的にこれを施そうとしたら、あんまり対象人数が多くて、そこまで育成・評価する仕組みを整備するのが難しかった。結果的に、教える人を全域に配置して、筆記テストで覚えているかどうかを評価するまでが限界。これなら大量生産の仕組みがまわせるというので、これまでの教育目標は「情報を覚えて暗唱できること」に甘んじていた、ということなのかも。

だけど、いよいよ世の中が複雑になってきて「情報を覚えて暗唱できること」だけでは渡りづらくなってきた。教育目標は「情報を発見し利用できること」を目指さないではいられなくなった。また追い風としてテクノロジーが進化し、情報を発見し利用できるだけの深い理解に至っているかどうかを指導・評価する仕組みも、現実的なものとして考案・整備しやすくなってきた、という感じだったりして。

ここまでは勝手な妄想、与太話であるけれども、いずれにせよ「情報を覚えて暗唱できること」から「情報を発見し利用できること」へと必要な能力の軸が移行しているということなんだろう。

ここで一つ疑問がわく。じゃあ、これからは情報を覚えなくていいのか。これを検討するにあたって、熟達者の特性を引き合いに出してみる。

熟達者の優れた思考力や問題解決の能力は、自分の専門分野に関する豊かな知識体系に依存している(*1)

と言われる。熟達者が優れた思考力・問題解決力を発揮するためには、それを下支えする豊かな知識体系が必要ということ。

つまり、「これは何か」を説明でき、「こういうときは、こうしよう」と単純なルールを覚えるだけではなくて、それと他との関連性、原理、重要な概念といった知識体系を深く理解することで、「なぜそうでなければならないか説明できる」「どういうケースでは適用外なのかわかる」「代案を考え出せる」「応用して使える」ようになるという話。

それがないと毎回、短命の情報をゼロからイチ、イチからゼロで出し入れする繰り返しになるから、学習もいちいち大変になる。日々、断片的な情報の寄せ集めでTipsを読み流すだけではなくて、どこかである程度まとまった知識を書籍なり講座なりを通じて体系的に身につけておく。重要な概念を核において、知識が相互に関連づけられている状態まで一度もっていっておくと、Tipsや最新ニュースの類も、その基盤知識の上でアップデートできるので、継続的な学習を求められる仕事関連の知識習得では、長期的にみて大変効率が良い。

最初は大変だけど、熟達者と言われる人は、当たり前のものとしてこういう知識体系を敷いている。そう考えると、少なくとも今の人間の脳内システムでは、「情報を覚える」ところは軽視できるものではないんだろうと思う。変わったのは、「暗唱すること」ではなく「深く理解すること」へと、目指す方向がずれたのかなと考えた。もともと、そうだったのかもしれないけど。

*1:「授業を変える 認知心理学のさらなる挑戦」米国学術研究推進会議 編著/北大路書房

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