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2014-09-27

古きをあげて新しきを買う

MacBook Airを買い替えた。今私が使っているのを友だちが欲しいというので、自分のを買い替えることにした。というと極端だが、ここ十年くらいは、だいたい私がパソコンを買い替えて、それまで使っていたパソコンをその友だちにあげる流れとなっている。恒例にしようと話したわけじゃないけど、何台かお古をあげているうち、今春には彼女が私の家に遊びに来たとき、「MacBook Air欲しいなぁ」と、にんまりして言い残していくまでになった。半年を経て、いよいよ彼女に譲る時がやってきた。時は満ちたのだ。

私にしてみれば、壊れてもいないのにパソコンを廃棄するのは忍びない。しかし、使う頻度も高いので3、4年経過すると買い替えたいなぁという想いが去来する。そのとき、そんなに使用頻度高くない自然児の彼女が、3、4年前のものなら私にとっちゃー最新ものよ!と言って喜んでくれると、じゃあと新しいのを買う気になる。双方にとって、ありがたい流れだったりするのだ。

自分で使っていて不満のないものを、彼女が欲しいというタイミングであげるわけじゃないのだけど、今回はバッテリーのもちがいいものに買い替えたくなった。最近カウンセリングで使うのに4〜5時間もつものが欲しくなり、もとのは最大4時間でぎりぎりもたなかったりする。今売られているのは9時間もつというので、実際がそれより短かったとしても5時間はもつよなぁと気になりだした。

でも、そう頻繁にカウンセリング機会をもっているわけでもないし、電源ありの所を押さえられる限りは問題ないので、どうしようかなぁと思っていたところで、今春の彼女の言葉が脳裏で結合する。あぁ、彼女欲しがってたんだ、前にあげた白いMacも調子が万全じゃないそうだし重たいし、MacBook Air欲しがってたなぁと。

彼女は毎度、私が次を買うまで大事にそれを使ってくれる、ありがたい貰い手だ。この半年に新しいのを自分で買っていることは9割方ないかなぁと思いつつ、場合によっちゃ、この間に白Macが壊れちゃって仕方なく買い替えたって事態もないわけじゃなかろうと、昨晩連絡をとってみた。

それで私のお古MacBook Airいるかと尋ねると、「待ってましたー」の返信。やはり。それで買い替えることに決めた。決めたら、あとは買うだけだ。そのまま22時までやっている量販店に出かけて、買って帰ってきて夜中にセットアップした。あと、これまで使っていたMacをきれいに。来週末には、友だちの家にお古Macをもっていってセットアップする。なんとなく、自然の流れにのってモノが場所を移していく感じで、快い気分だ。

これに限らずだが、私の中では無理なく自然体で納得している筋書きなんだけど、人にその思考回路を共有すると納得を得られないってことがある。それで、人がいい、アホ、もったいない、都合よく使われている、もっと幸せになれる!など、いろいろと意見をもらうのだけど、それもまた人生のおかしみ。こちらを思って言ってくれるのもありがたいが、自然体でその筋書きに納得している自分も嫌いじゃない。いろんな人の何かを大事にしたい気持ちを、風通しよく自分の中に受け容れながら、あなたと私の関係をそれぞれに作っていけるのが豊かだ。

2014-09-19

総力戦という自然体

9月1週目、目の手術と術後の療養で寝てばかりいたのが嘘のように忙しい日々を送っている。9月2週目に入り、仕事復帰とともにわわわーっと立てこんでいって、9月中・下旬はぎゅうぎゅう詰めの感あれど、あぁ帰ってきたんだな、帰ってこられたんだなと、ありがたい気持ちに満たされている。

街中を歩いたり、本を読んだり、ちょっとした買い物をしたり、友だちとご飯を食べて話し込んだり、取引先と打ち合わせをしたり、画面をにらんで書類を作ったり、こうしたことを痛くないでできている現実に、ふと感謝の念を覚えてじんわり来てしまう日々だ。

今、目薬は4本を駆使している。手術した右目に2本、していない左目(切除していない軽め翼状片とドライアイ)に2本さしている。これがまた複雑で、右目の1本は光に弱いので遮光袋に入れて管理、日に5回。もう1本は光にも熱にも弱いので遮光袋に入れて冷蔵庫で保存、これも日に5回。1本目と2本目は5分程度の時間をあけてさす。左目のほうは1本が日に3回、もう1本は日に2回で、後者はよく振ってからさすこと。こちらも1本目と2本目は5分程度の時間をあけてさす。と、これを毎日間違えないようにやる。忘れると、すぐ再発するぞ!とおどされている…。そして紫外線対策でサングラスやら帽子やらをせっせとかけたりかぶったりして暮らしている。

だけど、そんなことは、あの痛い日々に比べたらなんでもないのだ。

仕事のほうはかなり本腰でやらねばな状況。ここ最近はだいぶ総力戦の様相を呈しているというのか、バラエティ豊かだ。あるお客さんとこではOJTプログラムを整備したり、対象となる方々の個別面談をしたりして方向付けを行う仕事。あるお客さんとこではモバイルラーニングコンテンツの監修。新規のお客さんに相談いただいたのでは、やや長期の研修プランを策定して提案書をこしらえているところ。自社グループ内の組織づくりのサポートに入ったり、インタビュー取材して原稿書いたり、新卒社員のメンターをやったり。あと、7月末にこのブログに書いたMBTIのフィードバックカウンセリングも、その後お声がけいただき、今日までに5人の方に個別に行ったりして、この活動もかなり濃厚。

ここ最近はほんと仕事のバラエティが豊かで、自分の中にあるもの全部で、使えるもの全部使って考えて感じてアウトプットして、という感じだ。これまでいろんな経験をさせてもらって得た知識やスキル、意気込みや信念を総動員した、まさに総力戦。人生の後半というのはつまるところ、そういうやり方になるのが自然の成り行きなのかもな、とか思う。

2014-09-08

教えてもらう所

今日は翼状片手術の抜糸があり、ほんと壮絶だった。けど、その記録は前の話のコメント欄に寄せて、今宵はほーーーっとした気持ちそのままに、気のぬいた話を気ままに書こう。

昨日のおしゃべりで、これまで自分が「しまむら」と「ユザワヤ」を同一視してきたことに気づいた。「しまむら」を見ても、あぁあれねと思い、「ユザワヤ」をみても、あぁあれねと思っていた。生地が売っていたり、安価な服を売っていたりする所でしょうと、事業も一体化していた。どっちも赤いロゴで4文字の仮名で、似てると言えばそう言えないこともない、そうでしょう。

少し前まで「てもみん」のことも、手をもんでくれるマッサージ屋だと思い込んでいた。これも人と話していて、手でもんでくれるマッサージ屋だと知った。

人と話さないと、自分の誤った認識、思い込み、狭い視野や了見、器の小ささに気づけないということは山ほどある。しまむらやユザワヤ、てもみんに足を運んで実体験を得れば一番よいのかもしれないが、なんでもかんでも自分で現地に行って体験を得られるというものでもないし、自分で体験したとしても他の誰かほどの気づきを得られないということはままある。

人と話していて、こういった所に気づかせてもらえるのは有り難いことだ。歳をとってもツッコミを入れてもらえる人間であり続けたい。

ただ、まだ若い時分に「ビーフンは牛の糞でできている」という人の話を信じて、数年間焼きビーフンを食べられなかったこともあった。数年経ってその人と話している時、ビーフンは牛の糞ででできているからどうも食べる気がしなくて…と私が話したら、何バカなこと言ってんの?と突っ込まれて、え、だって、え…という展開になり、それが冗談だったことが発覚。人の話にはそういうこともあるから、注意せねばなるまい。最終的に自分の認識をどう構築するかは、自己責任なのだ。

そういえば、モンゴルとモロッコを同一視していたのは、世界地図をみていて自分で気づいたんだった。でも、それだって世界地図を調べて、作って、届けてくれた人のおかげで知ったのだ。独学という言葉があるけれど、それでもたいていの事柄はやっぱり、直接・間接のつながりで、いろんな人のおかげで学べている。そういう感謝を大事にしたい。

2014-09-05

目の手術を受けた

「翼状片」という目の病気の切除手術を月曜日に受けた。めちゃくちゃ怖かった。手術中は恐怖で全身がこわばっていた。落ちつけ、落ちつけ、身体の力を抜けーと思うのだけど、気がつくとすぐまた全身硬直。そのせいで血圧が高まり、出血量も増え、縫う針数も確実に増えたと思う。手術中、執刀医の「出血が多いな」「血圧が高そうだ」「もう1針縫うか」という声を何度か聞いた。

目の手術というのは、目薬で麻酔してから始めるんだけど、ぼやけつつも目は見えるし、どこを触っているかもわかる状態。「はい、次は右を向いて」とか「次は左上を向いて」とか、先生の指示に応じて自分で目の位置を変えないといけないので、白目をむいているわけにもいかない。正気で目の前の動きを視界にとらえ、どこをいじっているか知覚し続けなくてはならないという、なんともおぞましいものだ。

さらに私は麻酔が効きにくいらしく、ちょいちょい痛みを感じた。先生が「君は酒が強いのか」と訊くけれど、頭が働かないので「いや、それほどでも」と、よくわからない打ち返ししかできない。麻酔が効きにくい割に(上に?)感覚機能が鈍いので、違和感やら異物感と痛みの感覚が、恐怖も相まってごっちゃに知覚され、とにかく痛い、怖い、がくがくぶるぶるのし通しだった。

結局、止血が大変でもう1針もう1針と増えていき、右目の中を14針縫ったっぽい。それを思うだけで、くらーっとする。1時間と予定されていた手術も、1時間半かそれ以上にかかり、ふらふらになって出てきた(徒歩で出てくる)。手術室を出たとたん、年甲斐もなく恐怖で泣き崩れたが、そこはアラフォー、いつまでも泣いているわけにはいかないので、5秒くらいで持ち直した。しかし、あの5秒は必要不可欠だったと今振り返っても思う。あそこで、ぼろぼろと泣かずには次に進めなかった。もうめちゃくちゃ怖かったのだ。くどいようだけど。

「付き添いの方がいると安心です」と書かれていたけど、痛くて両目開けないので、付き添いがいないとはっきりいって帰れない。これは個人差があるのかもしれないが。私は黒目の右側と左側2カ所に翼状片があり、後から聞くと結構な大手術だったのこと。そして、私はこの手のことが人一倍ダメである。

術後も痛みが長引き、初日は夜中までもがき苦しんだ。我慢ならんーという痛みを10として、手術後の初日が9、2日目が8、3日目が5、4日目が3、5日目が異物感程度という感じに落ちついていった。3日目までは始終痛くて両目が開けず。毎日通院して経過をみてもらう必要があったのだけど、付き添いをお願いしてタクシーで行き来した。

通院後コンビニで食料を調達して家に戻ってからは、食事のとき以外、ひたすら横になって目を閉じていた。少しでも動かすと目が痛むのだ。手術したのは右だけだけど、左を動かすと連動して右も動いちゃうので、とにかく安静にして、ラジオを聴いているか(こういうときは娯楽に限る)、音楽を流しているか(懐メロに限る)、眠っているか。食事は食べやすいおにぎりを主食に、ヨーグルトと野菜ジュースと水でしのいでいる。

昨日の診察までで痛み止めの錠剤を飲むのは終了。洗顔と洗髪の許可もおり、今は目薬を日に5回さしている。来週が抜糸だ。はぁ。これを終えられると、余裕をもって9月の予定も立てられそう。とにかく養生、養生だ。という割に、文章を書き過ぎた。後はまた休む。

ちなみに看護師さんいわく、眼科というのは80、90代も多いようで、「あなたぐらいのお嬢さんはまだまだ青いのよ」と笑ってらした。そう、眼科にいると「まだお若いから」と医師にも看護師にも都度言われる。アラフォーがお嬢さんになれる、それが眼科だ。

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