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2014-08-27

コンビニ年代判定

よく使っているコンビニのレジで、長年いる店員さんの無表情に対面すると、ちょっと緊張してしまう。

コンビニでは、客の年代と性別を毎回レジ打ちしていると聞く。あちらも馴染み客だと顔を覚えていて、自動的に同じ年代ボタンを押し続ける日々がしばらく続くことだろう。

しかし、1年、3年、5年と繰り返すうち、「は、この人、年代変わってるわ」と自動化を停止する日がいずれやってくる。以降、その店員さんは1つ上の年代ボタンを押すことを覚え、再び自動化していくのだろう。その日が今日かもしれない…と思うと、身が引き締まるのだった。

それでさっき調べてみたら、さすが大人になると10歳刻みではないらしいことがわかった。

12歳以下
13~19歳
20~29歳
30~49歳
50歳以上

気が抜けた。さすがに当面は30~49歳枠でいけるだろう。

それでも毎回、無表情でちろりっと視線を向けられ年代判定されていると思うと、緊張はするのだけど。昼休みメモ。

2014-08-25

ウェブデザイナー不要論の感想メモ

「ウェブサービス開発の現場におけるデザイナー不要論と5〜10年後の生存戦略」という話を、テーマ的に興味深く拝読した。それの感想と疑問をメモったのだけど、疑問なとこは…、私の内容の理解が浅いだけかもしれないという不安が大きい。でもそれが等身大なので仕方なし。

●所感
エンジニアの職能領域が需要高まってる感、今後はさらに!という見通しはすごくあるし、啓発的なメッセージ、具体的なアドバイスについても刺さるところが多分にある刺激的な文章だった。

一方で、「優秀なエンジニア」と「非優秀なデザイナー」(あるいは「そこそこのエンジニア」と「ダメダメなデザイナー」)を比較している感じもよぎった。つまり職種関係なく、エンジニアでもデザイナーでも優秀だったら生き残れるし、優秀じゃなかったら生き残れないよ、という話のようにも読めた。

あと、エンジニアの職能のほうにも、けっこうマーケティングとかサービスデザイン的な職能が入っていると思うので、エンジニアもデザイナーもマーケティングとかサービスデザイン的な職能が必要になるよ、という話のようにも取れた。

●疑問1

「平均的には、エンジニア/プログラマーのほうが、デザイナーよりも学力が高い」
とあるのだけど、この「学力」は何の科目の学力なんだろう。

エンジニアが得意とする学問領域において、エンジニアの学力のほうが高いというなら、そりゃそうだろうなということになるけれども、じゃあデザイナーが得意とする学問領域で比較してみたらどうなのだろうと。

そうすると、デザイナーの職能と深い関連がある学問領域で、定量化して比較できるテストがない、ということになるのかもしれないが、だからといって、定量化しやすいエンジニア優勢の学問領域だけで学力比較して論ずるのもちょっとバランスが悪い気がするし。そこんとこの「学力」の学問領域って何なんだろうなぁというのが気になった。

「知能が高い」という比較結果があれば、そうなのかーと受け止める道筋もひけるんだけど、「知能」で選別していくならやっぱりエンジニアかデザイナーかの問題じゃなくて、職種問わず優秀な人材かどうかの問題?ということにもなってくる。

でも私たち人間て、「知能」という単一の序列評価を越えて、それぞれがバラエティ豊かな資質・能力を発揮しあって、もちつもたれつ生きていけるのが社会的動物としての良さじゃあないかって思うので、そっちに寄っていくのはちょっと参ったなぁという気持ちがわく。50年〜300年単位くらいの変化で、そうなるのかもなぁという気もしないではないのだけど。

●疑問2

「ウェブサービス開発に携わるウェブデザイナーの生存戦略」というドメイン(問題領域)の議論なので、その前提をしっかり意識したうえで読んでほしい。ウェブ制作全般の話をしているわけではない。
として、ここでウェブ制作のウェブデザイナーを対象外としている。これは、その領域であればウェブデザイナーは生存する見立てをしたからか。それとも、この後の「生存戦略」を2つに絞って分かりやすく提示する上で、解を散漫に広げることを避けたかったからか。

後者のような気がするんだけど…。もし前者だとしたら、ウェブ制作のほうでは今後、どんな見立てがあるだろう。例えばシステム・機能の開発は、一握りの天才エンジニアが作った汎用的な仕組みが世界中に出回って、個別のエンジニア需要は下火になる。一方で、各ウェブサイトごとに細部までチューニングしてインターフェイスを最適化できるデザイナー需要は生き残るとかって、Webサービス開発と真逆の読みもあるのかな、とか妄想した。

インターフェイスデザインのほうが、案件ごとに個別最適化の仕事需要がある感じもするのだけど、どうだろう。あまたある中小企業のウェブサイト運用を想定すると、インターフェイスを細部まで作り込んで、その場で形に起こせる人の数はけっこう必要な気もする。大きな仕事より、チューニングする感じが強くなるかもしれないけど。

「形を与える」というのは専門能力だと思う。どうしたいかというコンセプトがあって、評価や文句は言えても、だからこうしたら分かりやすいでしょ、迷わないでしょ、惹かれるでしょっていう「形」は与えられない、という人は(私もだが)巷に多い。これを生み出せるのはやっぱり特殊能力だなぁと思っている。それが顕在的な需要として、どれだけ成立するかはわからないけれど。

というわけで、ウェブ制作全般のデザイナーについて、今回は除いたけど、実は別の見立てがあるようだったら、ぜひ伺ってみたい話。

●疑問3
この文章は、最初はウェブデザイナー全般で書いていたんだけど、後からウェブサービス開発に領域を限定したのかなという感じもしたけれど、そういうわけではないのだろうか。

ウェブサービスのアートディレクターがやる仕事として、広告のキャンペーンのプロジェクトを挙げているところがあると思うんだけど、これは広告キャンペーンのプロジェクトもウェブサービスのうち、ということなのか。ウェブ制作のデザイナーと、ウェブサービス開発のデザイナーが、どんなふうに分類されているのか、自分の理解が足りていない気がする(まま、これを書いている)。でもWebサイト制作ならまだしも、Webサービス開発でBootstrap使って制作済ますイメージがあまり持てない。

●メモまとめ
適切な言葉を選べていない気もするが、ざっくり「アナログな人間の要件を、デジタルな機能に展開する」のがエンジニアとして、「デジタルな機能を、アナログな人間向けインターフェイスに展開する」のがデザイナーとすると、この変換作業は双方とも必要な気がする。

需要がどんな感じで変化していくかは、都市と地方、サービスとサイト、クライアントの業種・業態・規模感とか、想定を変えると見え方も違う気がするので、どの傾向はどこまでを範囲として見たときにそう言えそうか、みたいなことを吟味しながら丁寧にとらえていきたい。

それにしたって、変化激しい時代に、一人の人間に求める職能要件を言い出したら切りがないのだけど、いったいどれくらいのことを一人の人間に任せてチームを編成するのが社会システムとしてバランスよいのだろう(天才は除く)。まぁ、いろいろあって答えなんてない話か。理想と現実を照合しながらチューニングしていく感じになるのかな。エンジニアとデザイナーという職種分類も、今の時代の一時的な分け方に過ぎないっちゃー、そうなんだろう。とりあえず、丁寧にとらえて、明るい方へ。

2014-08-24

ことのおこり

ちょいと思ったことメモ。人間というのは、アンビバレントな感情をもつ生き物だよなぁとよく思う。アンビバレントというのは「同じ対象に対して、愛と憎しみといった相反する感情を同時に、または交替して抱くこと」。

個人の内面においてもそうだけど、集団においても。ある集団が「肯定派」として台頭してくると、なんとなく否定的にみる意識が他のところで生まれていって、バランスをとるように「否定派」の集団が形成される。これはもう自然現象といっていいのではないかという感じで、どこかで何かひと盛り上がり起これば、このように展開するのが人の常なんだろうと思う。

難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者への支援を表明するチャリティー活動として、頭から氷水をかぶる「アイス・バケツ・チャレンジ」が話題だけれども。あの話でいうと、はじめは、例えばマーク・ザッカーバーグが氷水をかぶっていた頃は、その動画を見た大方の人がニコニコとそれを眺めているふうだった。少なくとも、これに明らかな嫌悪を表明する人は周囲に見られなかった。

けれど、それが他へ続いて、続いて、続いて…という辺りで(これがどれくらいの期間かはものによるが)、自然とこぼれるニコニコが消えていく。批判する意見が出てきて、否定派が一定以上の集団として確認できるようになる。

この件に限らず、ひと盛り上がりあって、その期間が長くなって数が増えていくと、人は対極の感情を育てだす生きものなのだな、と思う。引き続きニコニコしている人も、よく考えてみた上で、意志を持ってニコニコし続ける、みたいなことになってくる。

ある主張が出る(肯定)。すると必ず、対立する主張が出てくる(否定)。そうすると、どちらも一理あるけど、どちらも少し間違っているという人が出てきて(否定の否定)、2つの対立する思考に橋渡しをする人が出てくる。

今回の件だと、ALS以外の難病患者への支援や、広島の土砂災害への支援、自分のごく身近にいる人たちへの支援を啓発する活動に発展してきている。

ヘーゲルは肯定を「テーゼ(定立)」、否定を「アンチテーゼ(半定立)」、否定の否定を「ジンテーゼ(総合)」と言い表した。テーゼとアンチテーゼの緊張関係は、ジンテーゼによって発展的に解消される。

そうすると一般には、ジンテーゼを生んだ人に賞賛が集まる。けれど、テーゼとアンチテーゼの発言や活動なくして、私たちはジンテーゼにたどり着けなかったとするなら、その一つひとつがきっと大事なことなんだろうと思う。

みんながいろんな主張をもっていろんなことに対処していって、その一人ひとりの活動が、歴史を振り返れば、テーゼだったりアンチテーゼだったりジンテーゼだったりに振り分けられることになる。

時には多少の小競り合いもしつつ、数ヶ月なり、数年なり、数十年なり、数百年なりで、ジンテーゼは新たなテーゼとなる。そうやって私たちは歴史をつくってきた。古くは紀元前400年代からこうしたトリオ思考法というのは確認できて、人類はそうやって成長してきたんだなぁと思うと、感慨深い。

2014-08-20

向き合う、語らう、そばにいる

お盆休みに実家に帰ったら、父が「来週手術するんだ」と紙を見せてきた。びびりつつ書類に目を通し、とにかくやるんだなということで、なるほどと受け止める。日帰り1時間程度のもので、父は一人で大丈夫だというけれど、やっぱり心配だ。手術当日を迎え、やっぱり行こうと決めて急遽半休をとって向かった。

一人で大丈夫と言うのに行くのは迷惑だろうかとも思いつつ、いやしかし何かあったときにはすぐそばにいたほうが安心だろうし、ちょっとしたことだったら一人でどうにかしようとしてそれまた手術直後じゃ大変だろうし、父と医師という密室関係は医師側の緊張感が担保されず危険ではないか、娘がいっちょかみしておいたほうが医師の緊張感が高まって良いのではないかとか。

悶々と考えた後、とにかく父がどう思うかより、私が心配なのだから、私の意志で行ってしまおうと。そう言えば父も断りはしないだろうという結論に達し、仕事も夏期休暇明け早々で都合がついたので、当日昼に「よし!」と決めて会社を後にした。

着いたときには手術は始まっていた(から医師の緊張感がどうこうとか手術そのものには何ら影響を与えなかったわけだが…)。受付の女性に尋ねると、予定よりずいぶん早くに始めたようなので、私の「やっぱりそっち行きます」メールも父は見ていないかもしれない状況だった。これなら、断られるも何もなかったな。待合室に腰かけ、大画面に映し出される高校野球の熱戦を見ながら、手術が終わるのをじっと待った。

数十分の後、助手らしき女性が待合室のほうにやってきた。こちらを伺うようにして近づいてくる。「あの、hysさんのお嬢さん?上のほうの?○○にお住まいの?」と尋ねてくるので、「えぇ、はぁ、そうです、hysの娘です、え?上のほう?○○に住んでる?なんでそんな…」ときょどっていると、後方から父現る。

「おー、どうした?なんでここわかったの?」って、「いや、それくらいわかりますって」と、とりあえず1ボケ1ツッコミを交わす。とにかく無事に手術が終わった様子を確認してほっとする。父もなんとなくほっとしたような表情を見せていたので、来て良かったと思った。手術中は先ほどのお姉さんがずっとしゃべり相手をしてくれていて、比較的スムーズに進行したようだ。お姉さんがずっとしゃべってたと言うけれど、父が8割方語り手だったのは確認するまでもない。

よく話す父だけど、メールより電話、電話より対面で、こちらに渡される情報量は大きく変わる。直接会ってしゃべっているときは、もう洗いざらいという感じで娘に話してくれるけれど、メールや電話だけだとなかなか…。連絡手段の慣れの問題もあるけれど、やっぱり直接会って話すというのがいかに大事か。そこで行き交うものは、ほかとは雲泥の差があるのだ。

体調のこともそうだし、ちょっとした気がかりを話すのだって、やっぱり会ってこそ話せるというもの。それにとどまらず、私だって父だって生き物なので、やっぱり直接会って、向き合って、語らって、そばにいてこそ、気づけること、交換できるものが多分にある。そういう時間をもつことをもっと大事にしないと、と省みた。直接会うっていうのは絶対的な意味をもっているのだ、と思う。

2014-08-19

元気であれば

夏休みが終わった。休みに入る数日前まで無計画だったのだけど、なんだかんだと直前に予定を立て、小旅行に出かけたり、帰省して家族と食事をしたり、母のお墓参りに行ったり、美容院に行ったり、ラジオを聴いたり、コーヒー屋さんで本を読んだり(どんどん地味に…)。小さなお楽しみを巾着袋につめこんだ感じで、暇すぎず忙しすぎず、豊かな夏期休暇だった。

休暇の前後には公式・非公式の会社の飲み会もあり、久しぶりに会社の人とお酒を酌み交わした。最近は夜の会食というと1対1でしっぽり飲むことが多いので、みんなでわいわい、酔っぱらう子らもいてよっこらしょ(支えて帰路につく)というのが久しぶりの感覚、懐かしかった。もっとさかのぼると、よっこらしょされていた方なので、これがまた…。

最近はもう行き着く所まで行き着いた感あり、つまるところ、自分の縁あった人の元気なことが心から嬉しい、これに尽きる。身内に大病などもあったので(おかげさまで快復中)、身近な人の健康が身にしみる。夏期休暇中にも、偶然コーヒー屋さんで旧友に会ったのだけど、元気そうな顔をしているのを見て心底幸せを感じた。もうそれだけで十分という気分になって、それはそれで歳の割りに老けこみすぎな危機感を覚えなくもないのだけど。

母が生前、お正月の抱負に毎年恒例「家族みんな元気で」と言っているのを、私は毎回考えるのが面倒だから一つを使い回しているんだろうと思ったりもしていたんだけど、いやいや本気も本気よ、と今なら気持ちがよくわかる。本当に、みんなが元気だったらもうそれだけで本当に心から嬉しいものだ。

身近な人や仕事で縁あった人が、健康で幸せなら何よりだし、何か自分に働けることがあればサポートする。中途半端に触れる情報はものすごい増えた昨今だけど、結局のところ自分が真相を知れる物事、自分がなんらか貢献できる物事はそんな倍倍には増えていかないわけで、むしろ情報が大量になだれこんでくるからこそ、「これが情報のすべてではない」「それを批判したとして、その後自分がどう生産的にそれに関われるというのだ」と気を引き締めるばかり。

人によってスペックも指向性も違うので、いろんな進化のありようがあると思うけれど、わが身に関して言えば、相変わらず日々積み重ねる経験と内省のなかで、自分の貢献できることをわずかずつ増やしているに過ぎない。それを愚直にやっていくしかないし、私の器でできることを少しずつ地に足つけて増やしていこうと思っている。

あと4ヶ月で、今の会社も勤め出して丸10年になる。頭を整理しながら、今年後半戦も気持ち新たに頑張ろう。

なんだか最近、文章を表に書きづらい感が増してしまっていたので、ここらで少し気分を軽くしてみたい。ということで、かなりまとまりのないお話を一つ。

2014-08-05

心の揺れ感

ずっと歯が痛い、歯が痛いといっていたのが、ようやく晴れた。歯医者さんにしてみれば、下の親知らずを抜いて痛いのは抜歯から3日か長くとも1週間くらいだろうと見込んでいたんだろう(私もそう信じていた)けど、全治3週間といったところ。下の歯は手強い(一般的にはそんなにかからないらしい)。10日経っても2週間を過ぎても痛くて、いやいや勘弁してくださいよ、これって本当にいつか鎮まるのだろうか…とすら疑いかけていたのだった。

数日分の薬がきれては、「まだ痛いんです…」と言って薬を取りにいく歯医者通いが続き、当初の予約日を前倒すこと数回。その自分のふるまいに、ため息が出た。薬がきれ、新たな薬を求めて予約日前に歯医者に駆け込む自分…。

いやいや、こんな繰り返しは健全ではない。頑張れ、私の治癒力!と自分の身体(歯?)に喝をいれて、数日薬無しで頑張ってみたけれど、やっぱりずっと痛い、痛い。私の治癒力が弱いのか、歯の攻撃力が強すぎるのか。

で、当初の予約日まで1、2日頑張って歯医者に行き、「薬がきれて数日頑張ってみたけど、やっぱり痛くて辛い」と嘆いたら、「我慢しないで薬を取りにいらっしゃい…」とあきれられた。

それで「薬を変えてみましょうか」ということになって、「1日1錠を3日間飲み続けると、1週間効く」という薬を処方され、それで様子をみた。1週間あけて、それでも尚痛みが復活したら、もうどうしようかと怯えて過ごした。いや、この歯の攻撃力だと、1週間経つ前に痛み出すのではないか、とも考えた。

が、しかし、薬を飲み出して1週間が経った先週末、あ、れ、痛み消えていったかも?とおそるおそる思うに至った。ほっとした。久しぶりにおいしいお酒を飲んだ。ごくごく。弱くなってもいなかった(3週間程度じゃ、まぁそうか)。とにかく概ね7月中に落ちついてほっとした。9月は目の戦いがあるので、8月は身体を休めねばなるまい。

そして8月は心がゆさゆさ揺れている。MBTIのフィードバックカウンセリングも始めて、人の心に触れる機会がわわわっと増えた感じがする。ここしばらく歯のことがあって極力安静に過ごしていたので、心の活動がより印象的に感じられるのかもしれない。私は健康体だと、心が適当に揺れている状態を常とするのだけど、この揺れ感はちょっと久しぶりな感じだ。健康って大事だ。

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