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2014-05-06

講演から、公園へ

しばらく、ここに文章を書く余裕なく時が流れた。2〜3月のどこかから4月半ばくらいまで、多様な案件に恵まれ、大型案件はラストスパートへ、緊張は日に日に高まる一方で、仕事に明け暮れて過ごした。4月半ば、年末から取りかかっていた案件が一段落し、4月末、ある会社で大勢を前にキャリアについて講演するという慣れない仕事を終え、ここまで駆け抜けて、ぷはぁっとゴールデンウィークに突入した。

ゴールデンウィーク中、友人と都内の大きな公園をぶらぶら歩き、時にはベンチに腰かけて、新緑を眺めながらおしゃべりする機会が二度あった。普段なかなか公園に足を踏み入れることがないので、立て続けにそんな機会に恵まれたことを意味深く受け止めた。

講演から、公園へ。はぁ、なるほどなぁ。しばらくどっぷり仕事人間した後、締めくくりに「自律的にキャリアを開発していく必要がある」という趣旨の講演。公園散歩は、その役割を脱いで、自分がもとの定位置にもどる儀式だったのかもしれない。って書くと、相当に大仰な意味づけだが、気の置けない友人と公園を歩いた後の脱力は、結果的にそういう意味をもった。

講演というのは、その場に求められる登壇者としての役割を負って話すことになる。こういうメッセージを贈ってほしいんですという主催者の意思を汲んで、「では、私はこういう立場の人間として、こういう構成で、こういうメッセージを発しよう」ということを形づくって臨む。会の趣旨、登壇者、話すテーマによっても違うだろうけど。

もちろん、そこで話すことは、私が心から思っていることだ。だけど、そこで話すことが、私が心から思っていることのすべてじゃない。そんな短時間に、こうも思っていますが、こうも思っていますとか、自分が思うことを並べ立てても仕方ないわけで、例外も挙げだせば切りがないから、そこで求められるメッセージにそって、自分の能力の及ぶかぎりシャープに話を構成することになる。だから、私のある部分を取り出して、そこで求められる役割として人格化して登壇するのだ(と書くと、たいそう立派な登壇者のようにうつって実際にそぐわないが、まぁとりあえず)。

で、講演が終わった時点で、「こういう立場の人間として、こういう構成で、こういうメッセージを発しよう」という役割を脱いで、部分的な私から、もっと混淆する本来の定位置に戻さないと、どうも私という人間が中途半端になってしまうわけだけど、慣れないものでその着脱を意識的にできていなかった。

しかし、友人と公園を歩き、新緑を眺めながらあれこれ話しているうち、自然と役割を脱いで、もっと混淆する自分というのに戻っていって、ずいぶんすっきりした。混淆する自分に戻ってすっきりするというのもおかしな話だが、まぁそのほうが自然体ということだろう。

今後もしキャリアについて話す機会をもったときは、この着脱を意識的にやりたい。そういう意識があると、たぶん話す内容も変わるだろう。今回話すメッセージとは対極にある考え方も取り入れながら、両視点から大事なことを整理して伝えられたらいい。というのは言うは易し、行うは難しだけど。

とりあえずゴールデンウィークはけっこう脱力して過ごせたので、これから始まる2014年第2部も気持ち新たに頑張ろう。

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