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2014-03-26

一元的な発信を、多元的に受け取る

ワークライフバランスという言葉がいっときよく聞かれたが、高橋俊介氏の「自分らしいキャリアのつくり方」によれば、

仕事とプライベートのどちらを大事にするかという質問に対し、「両方とも大事にする」と答えた人の仕事とプライベートの葛藤にかかわるストレスレベルがいちばん低かったそうである。(名古屋大学大学院の金井篤子教授の調査)

つまり、仕事とプライベートのどちらか一方を選んだ人のほうが、仕事とプライベートの葛藤にストレス感じていたということ。

個人にとっての「仕事とプライベート」と似たように、会社にとっての「社員と株主と顧客」も、誰のもの?誰のためのもの?誰が一番大事?と、よく取り上げられる。こちらも「どれも大事」という解があっていい。

「どれも大事。一つには選べないよ」とひよっているだけじゃあまり幸せ感がないけれど、「どれも大事」で成立する価値連鎖を生み出すところにこそ、人間の創造力は発揮されるべきじゃないか、と私は思う。

ステークホルダーに優先順位をつけるのではなく、社員、株主、顧客のあいだでバリューチェーン(価値連鎖)をつくるビジネスモデルを考えるべきなのである。 どうやら経営も人生も、どれか一つではなく、大事なものはすべて大事なのだという姿勢でいたほうが、総合的により高い満足度を得られるのが現実のようだ。

誰の人生にだって、たいていは大事なことが二つ以上あり、それが何かは人によって違う。仕事だ、プライベートだとひとくくりにまとめても、何の仕事で、その仕事のどこを大事なのかは、分解すればするほど人によって明らかな違いが出てくる。

一人の人間においても、その時々で変わるもので、大事なものは時とともに変遷するし、また一時的にも入れ替わりを繰り返す。

そして、人間が大事にできるものは、一つの時間に一つしかない。どんなに有能な人間でも、0.001秒単位で考えたら、誰だってそうだろう。私たちは今のところ、自分の気持ちと身体を、一つの時間に一所にしか置いていられないのだ。

それが明らかなら、その現実を起点に私は考えたい。

とくに最近は、人間の見方が一元的かつ断定的な人がふえている。「女は細かい」「中国人はすぐ会社を辞める」「アメリカ人はカネにうるさい」「血液型がA型の人は几帳面だ」ーこれら表面的な属性にすぎないものを、すべての個人の内面的属性と無理やり結びつけるのは、不健全な人間観の最たるものである。

Webページの記事タイトルで多元論を語っていては、誰も人が来ない。だから実際と照らして極端かもしれないけど、とりあえずもの申すときは一元的に主張する。それはそうかもしれない。一元的に主張を述べることで、そこからさまざまな議論が立ち上がり、それについて考えを深める場を生み出せることもあるだろう。

という世の中を前提とするなら、コントロールしやすいのは、情報を受け取る側なんだと考える。ときに無理やり対置させられることもあるAとBの議論の底には、一元的には言い切れないものがあるという下敷きを置いて、情報を受け取り、議論に参加する。

そのほうが、真実だし、発展的だし、可能性の世界に開かれていると私は思う。私たちはAとBを対置させて議論した先に、既出のAとBを踏み台にして、その二つを統合的にとらえ新たなCというコンセプトを生み出す。そこにこそ人間の創造的な営みがあるんじゃないかと、ぼんやり思う。

「どっちが大事?」「どっちが正しい?」「○○はダメ」「○○はみんな〜だ」、そんな乱暴に言い切れるほど、人間の個体は単純じゃない。自分自身の複雑性をよくよく省みれば、納得感を覚えるはずだ。他人だって同じだけ、あるいは自分の想像をはるかに超えて、深淵で複雑な人間なのだ。

という、これは「自分らしいキャリアのつくり方」の感想文です。今日は所用で午前休で、これから真面目に働きます。すいません。

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