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2013-08-23

夏の小確幸

7月初旬から客先を訪問して研修を提供する「現場仕事」の日が多かったのだが、いよいよ再来週からは毎日客先に入り浸ることになる。1ヶ月強の間、毎日お客さんのところにこもって朝から晩まで研修を提供するのだが、この間には別のお客さんの研修本番も入っており、1日に2社はしごする日も少なくない。

こういう時こそ前工程での仕込みを入念にやっておく必要があるわけで、すでに台風の中にはいるのだが、いよいよど真ん中に突入するなぁと身の引き締まる思いがする。というのは語弊があって、身を引き締めたほうがいいのか、いつも通り淡々としていたほうがいいのかどっちなのかなぁとか考えてしまって煮え切らないのが正直なところ。どちらかといえば「淡々」路線に落ちつきそうだ。今日なんて、もう後もないので夏期休暇を取っている(滞らないように後でちょっと会社行きます>誰となく)。

とはいえ、9月に入ると毎日毎時PDCAをまわす感じ。機動力がものをいうので、健康管理は必須だし、土日含めて仕事以外の予定をいれず体をあけておかないといけない。ロックオン状態というかなんというか。好きでやっているので結構なのだが、次に一息つく頃には秋真っ盛りか、あれこれやっているうち晩秋を迎えているかもなぁと、うだる暑さの中で考える。

そんな状況もあって、この夏(というかお盆の辺り)はこまごまと小確幸を楽しんだ。観光地に行楽に出かけるといったことはなく、というのは毎年のことだが、実家に帰って父と兄一家と焼き肉屋に行ったり、かんかん照りのなか母のお墓参りをしたり、何度か映画館に出かけたり(私にとって映画館に行くのは、ディズニーランドに行くのに近い高揚感がある)。

そして友人と夜更けまで話し込む。帰りみちに肩を並べて夏の夜を歩く。昼の熱気の余韻を残した街角を、夜風を浴びながらおしゃべりして歩いていると、幸せだなぁと思う。

ここ最近、深い洞察力をもって語られる映画評など聴いたり読んだりしていて改めて思ったのは、私には見えないもの、聞こえないもの、感知できないものを外の世界から享受して、自分の中で昇華して豊かな言葉に表せる人が、世の中にはたくさんいるんだなぁということ。

映画だけでなく、日々の暮らしでもその洞察力が活かされているのだとすると、自分はなんとも薄ぼんやりした世界をみながら生きているんだなぁと思うのだが、夏の夜をこんな気分で過ごせるなら、これはこれで幸せな人生かと、ありがたい気持ちになる。ありがとうって気持ちになって、また頑張れるのだった。今度から自分の長所を訊かれたら、燃費がいいって答えよう。

2013-08-20

「風立ちぬ」の感想のような

自分が東京でのひとり暮らしをやめて、実家に戻って暮らすこと、というのを、折にふれ考えるのだが、今のところまだ現実味を帯びてはいない。いないが、そういうことを実際的に考える時期が少しずつ迫っているぞ、と自分に発破をかけてはいる。母が亡くなって以来、父のことはいつも気にかけている。

なのになぜ、考えるだけで立ち止まっているかといえば、まさに自分都合の理由だ。今の住まいのほうが交通の便がよく、会社にも行きやすいし休日も過ごしやすい。ひとり暮らしは気ままだし、人づきあいもしやすい。終電を気にせず残業もできれば、夜更けまで友だちと話し込むこともできる。そういう理由である。この生活がずっと続けられるわけではないという見通しをもちつつ、再び非常事態がやってくるまでは…と今は自分都合を通しているわけだ。

今の仕事を大事にしたい。父のことも大事にしたい。これ2つ並べただけで、もう破綻である。大事にしたいものなんて、2つになった時点で破綻するんだよな、と思う。複数になったらもはや、どちらも120%大事にしきることはできない。

1日24時間の中で、あるものに割いている時間は、他のものに時間を割けない。どこか一所に身をおいていれば、別の所にわが身をおくことをあきらめねばならない。一人の人間の中で、同時に2つのことはできない。何かを考え対処しているときには、心も体も頭も一方にもっていかれている。私個人の力量の問題もあろうが、0.1秒単位で切り取ってみれば、同時に2つのことをやってのける人間なんて、そうそういないだろう。ざっくり言ってしまえば、それが人間の器というやつなんだ、と私は思う。

しかし、そんな器だというのに大事なものを「1つだけ」にはなかなかとどめておけない。仕事なり趣味なり、家族なり友人なり、大事なものは一つ二つ増えていく。家族だけ取り上げたって、それもまた単一ではない。一人の世話にかかっているときには、他の家族のことは片手間になる。友人のことだって仕事のことだって、片手間にならざるをえない。それが、人間の器というやつなんだから仕方がない。

そこにまた、隙あらば自分の都合というのを持ち込んでしまう。大事なものを大事にしきることに手を抜いて、やれ交通の便がいいだの、やれ一人暮らしは気ままだのと自分都合を持ち込んでしまう。

そういうのを端からみて、利己的・身勝手と糾弾するのはたやすい。けれども、人間って多かれ少なかれそういうところをもっているんじゃないの?と自分を擁護したくもなる。そんな、どっからみても完璧、どこを切り取っても品行方正、聖人君子みたいな人、どこにいるのよと。大事なものを2、3だかそれ以上に抱えて、それなりに自己の欲求やら利益やらが絡みついてくる24時間、365日の日常を何十年も歩み続ける中で、いつどこの誰からみても全部完璧ですみたいな生き方できる人、どこにいるのよと。

千葉に帰ったって会社には通えなくはない距離だ。今の仕事も続けられるんだし、父親のこと今より大事にできるんだったら、今すぐ実家に帰って一緒に住めばいいじゃない。まさしく正論である。しかし、そうやって人生をパーツパーツで切り分けて正論で斬り裁いていくのは簡単だけど、一人の統合された人生の歩みとしてみたときに、それいっこいっこ善処していって、その完璧なパーツを組み合わせていったときに、どれだけの人が幸せな人生を得られるんだろう。

もちろん、今と事態が変わって非常事態になれば、家に帰る意思はある。けれど、今のところはもう少し、東京住まいを続けてもバランスがとれるかなと。そうやって人は、状況変化に応じつつ、エゴイズムのようなものを抱えながら、どっからみても完璧とは言えない人生をどうにかやりくりして生きていくものじゃあないの、と。

「風立ちぬ」という映画を観て、私が感じ入ったのはそういうことだった。飛行機をつくりたい。余命わずかと予感する結核の婚約者と、限られた時間を一緒に過ごしたい。毎晩仕事を自宅に持ち帰っては、夜なべして右手で設計図を書き、左手で病床の彼女と手をつなぐ。そんな中、ちょっと一服、タバコを吸いたいと思う。彼はそうつぶやき、部屋を出て吸ってきていいか尋ねるが、彼女は手を離さず、ここで吸えと言う。そして、そのままタバコを吸う主人公。

私には、その1シーンが、今の自分の選択と重なってみえた。いろんなものがごたまぜになった中で毎日を生きていくこと。自分が大事にしたいもの、自分の中にあるエゴイズムのようなもの、そういうものと折り合いをつけながら、今の状況とバランスをとりながら、一つひとつの自分のふるまいを日々選択していくこと。

最近の私たちは、何かを深く理解するのにそれを分解して捉える。これは、AとBとC、3つの要素で成り立っていますというふうに解体して理解する。あるいは、Aのこの部分がなっていない。Bができていないというふうにパーツごとに問題を特定して善処に向かう。けれど、それはやっぱりパーツであって、一旦解体したそれを再び統合して一体に戻してみてみないとわからない。

私たちは統合されたそれとして、ほころびを内包しながらもその時々でバランスをとって、なんとか一体をなしているんだってこと、一生を生きているんだってこと、そういうのが人間なんだなと。映画を観て感じ入ったのは、そんなことだった。

2013-08-16

「風立ちぬ」とタバコの扱い

図らずもFacebook上に心のうちを長々書き連ねてしまったので、ここにも転載して残しておく(個人的記録です)。映画「風立ちぬ」でのタバコの扱いについて(要望)を読んで。投稿に対していくつかコメントを頂戴したのだけど、それに対する自分のコメントやら、編集後記もあわせて。

●投稿(思った)
こういうの、ほんとダメ。体に直接来る。心臓がどきどきして、喉のあたりが苦しくなって、目頭が熱くなってしまう。要望するのは勝手だが、「なぜこの場面でタバコが使われなくてはならなかったのでしょうか。他の方法でも十分表現できたはずです。」はダメ。どうしてそんなこと言えるんだ。それこそ、「この一文を含めずとも要望はできたはずです。」と言いたい。暴力だと思う。

●ご意見をいただいてのコメント1(考えた)
要望する人が出てくるというのは、事態としてあるだろうなと思います。それについては、私は静観です。ただ、「他の方法でも十分表現できたはずです」というのは、軽率だと思うのです。作り手の産みの苦しみを知らずして、決して述べられるものではないと思うのです。その分別をもつことは、人としてとても大事なことだと私は思います。

●ご意見をいただいてのコメント2(よく考えた)
この映画は、大人向けに作られたもののようですが、宮崎アニメともなれば子どもが観にくることは十分に想定範囲内。粋な感じで喫煙シーンを挿入するなら、年齢制限を設けるなどの配給側の対応があるべきではなかったかとか、そうした議論はあってしかるべきなのかもしれません。あるいは、そうした議論が実際にあったのかもしれません。その辺りのべき論については、私は世界の動向にもうといですし、積極的な主張はもちません。

「他の方法でも十分表現できたはず。」について私が反応したのは、私には、他の方法で表現することの難しさがいかほどか、想像もできなかったからです。作った当事者以外に、それについて想像が及ぶ人はいないのではないかと思ったからです。想像もできないことについて、安易に「はず」と言うのは、作り手に対して失礼だと感じたのです。

この映画では、単に時代背景を表すのにタバコの喫煙シーンを挿入しているのではなく、物語のなかでもっと重要な意味をもたせて意図的に挿入していると私は感じ取りました。映画全体に横たわるその役割を、1観賞者の私にはうまいこと言葉に表せません。

何かに置き換えて代替させることができるのか、映画を作ったこともなく、評論家でもない私には想像が及びません。ただ、それは決して簡単なことではないし、もしやるならまったく別の物語を作ることを意味するのだろうとは想像がつきました。

作り手には作り手の、観る側に対する期待や信頼があったのではないかとも想像しました。タバコより、もっと物語の本質的メッセージに焦点をあてて感受するだろう、観る側への期待や信頼があったのではないかと、私はそのように感じました。

私は、映画や小説などの物語というのは、切り取ったシーンの善し悪しで評されるものではなく、通してみてみて感じ受けるものが何だったかによって評されるものだと思っています。

ここに書いたことは、1観賞者の思いに過ぎません。私の考えや思いは、ごくごく個人的なもので、それが世の中の多くの人の考えと共通するものとも思っていません。なんというか、私なりに、自分が考えていることを言葉に表すことが、唯一自分ができる誠意の表し方ではないかと思って書きました。

個人的には、胸がどきどきして、とても素敵な映画でした。

●ふりかえっての編集後記(脱力)
SNSやらブログやらはバカ発見器とも言われる。こんな長文をしたためた後は、そうだよなぁ、自分の器をさらしているようなもんだよなぁと思ったりもする。いつか、この器のちっぽけさにうんざりされて、誰かを失ってしまうかもしれない。そんな不安がよぎって怖くなってしまったりもする。

けれど、結局はそれが等身大で本物であるから、離れちゃったら離れちゃったで、受け止めるほかないんだよな。仕方ないよな。そういうところで、納得している。納得して、引き続きこんなような文章をここにしたためていく。不安を抱えながら。人間って不思議なものだ。

2013-08-08

主観的にとらえた世界の見え方

小学生のとき、学校で9月1日に行われる防災訓練が苦手だった。理由は単純で、自分の防災ずきんの柄が好きじゃなかったからだ。

今でも防災ずきんなるものが使われているのかどうか知らないが、私が子どもの頃は布製ヘルメットとでもいうのか、「校内で災害に遭ったら防災ずきんを頭にかぶって校庭に逃げなさい」ということになっており、児童は全員それをたたんで自分の椅子の下に装備していた。おそらく小学校に入学するときに親が用意して子どもに持たせることになっていたのだろう。物心ついたときには、私はそれを所持していた。

防災ずきんは6年間同じものを使った。新学年になったからといって新調する類いのものでもないし、幸いにも6年間、訓練以外で使う機会もなかった(と思う)から傷みもしなかった。だから毎年防災訓練の日が来ると、同じ柄のずきんをかぶって校庭に出て整列、残暑厳しいなか炎天下で校長先生の話を聴き、早く終われー早く終われーと唱えていた(気がする)。

今から思えば実にささいなことだが、その防災ずきんには、なんだったかモンチッチみたいな感じの名もないキャラクターが大きく描かれており、それがちろっとお尻を出していたのだ。お尻丸出しというわけじゃない。あくまで、ちろっという愛嬌のある感じだったのだが、それが当時の私にはダメだった。なんとなく、ハレンチに感じられたのだろう。

6年間誰も気にとめることはなく、友だちにからかわれることもなければ、男子にひやかされることもなかったのだが、私はいつそれについて指摘されるかと内心ひやひやしながら毎年訓練を乗り切った。まったく小さなことだが、当時の世界観に照らすと問題のサイズが大きいことを体感的に思い出せる貴重なエピソードである。

中学に入ると防災ずきん制度はなくなり、そんなことを気にかけていたなんて四半世紀忘れていたのだが、最近小学5年生が主人公の「月と蟹」(道尾秀介著)という小説を読んでいたら、ぽわっとその防災ずきんのことが頭に浮かんできて、うわぁ、そういえば私あの頃すごい気にかけてたなぁと懐かしく思い出したのだった。

別に防災訓練やずきんが出てくる話ではまったくないのだが、そういう子ども時代の世界観、その中での心の揺れやざわめき、戸惑いをていねいに描写している小説だった(主人公はもっと大変な問題に直面するわけだが…)。

私は当時6年間にわたって、誰一人にもそのことを話さなかった。親にも兄弟にも友だちにも話した覚えがない。思えば、私はそうした心の揺れの類いをほとんど人に話すことがなかった気がする。それは、我慢していたというのともちょっと感覚が違う。隠していたとか、抱え込んでいたとか、しまいこんでいたとかいうのともちょっと違うのだ。

隠すとか、抱え込むとか、しまい込むというのは、何かを自分が持っているといういくらかの自覚があり、それを隠さない、抱え込まない、しまい込まないという対極の選択肢が自分の中に見えていてこそ成せる技だと思うのだが、当時の私にとっては、自分が何かを抱えているという自覚すら曖昧な状態ではなかったか。

感じ受けるもの自体は大人と同等の質量である。であるにも関わらず、それを感じ受けているという自覚、それをどうとらえたらいいか、どう対処したらいいかという術は実に貧弱で、ある種無自覚なまま、無意識のままそれに対処していたんだと思う。結果的に、誰にも話さず、自分の中でやり過ごしていた、という按配だ。今だったら早々カミングアウトして楽になる、という術が思い浮かぶが、当時はそういう術をもたなかったし、そういうのが流行る前の時代でもある。

でも、結局のところ誰かに向けて口を開くことなくやり過ごすやり方が、一番自分にとって自然体だったんだろうなぁと今振り返って思う。思い悩むくらいだったら、子どもの頭一つで考えずに親や先生、友だちでもいいから話してみたらいいというのは簡単だが、実際なにかを抱えた一人の人間にとって、それはそんなに簡単なことじゃない。場合によっては、人に話すことで不要に問題の輪郭がはっきり感じられて参ってしまうこともあるだろう。

私の中だけにとどまった不都合を、ただただ不都合だなぁと思いながら受け入れ続けてやり過ごす。それも一つのアプローチなのだ。本人にしてみれば、どうしたってそれしか選びようがないと感じられることもあるし、それが本人にとって一番ラクだったり、後の支えになったり、学びになったりすることもある。本人が主観的にとらえた世界の見え方というのを、軽視してはいけない。

これがまた大人になると、感情を枠組みする言葉のレパートリーが達者になって、自分のなかにわいて出る感情を、なんでもかんでも既成の枠組みのどれかにあてはめてラベルをつけようとし出す。自分の感情を管理・コントロールしたがるようになる。整理がつかない感情に出会っても、どこかの箱に収めないと落ちつかないので、無理やり収めようとしたりする。例えば、この人への思いは恋愛感情の箱に入れるものか、友情の箱に入れるものか。恋愛からの結婚がよいのか、恋愛の成就は結婚なのかとか、そういう類いは巷にあふれている。

しかし、これも通り過ぎると(老いなのかもしれないが…)、もはや自分の感じ受けるものを感じ受けるままに、という状態になる。人間の気持ちってものすごく豊かで複雑で、それが人対人の間に育まれる感情ともなれば、もはや既成の容れ物に一語や二語のタグ付けできれいにより分けることなど無理に決まっているじゃないか、みたいなところにやってくる。やってきてしまった…。

そうするともう、感情なり関係性なりを何か既成の枠組みに分類するとか、キーワードでタグ付けしたいとかいう気もさしてわかず、自分が感じるままに素直に受け止める。それが大事なこととなる。言葉に表そうとしても、自分の知る言葉じゃたりなくて十分には言い表せない。それも含めて素直に受け入れてしまう。それが一番健やかでいい。と個人的に納得する今日この頃だが(ゆえにこんな按配の暮らしぶりだが)、この先はどんなふうに変わっていくのやら。自然に身を任せている。

2013-08-04

時間旅行と投資信託

冷凍睡眠して30年後に蘇生したりする時間旅行の小説を読んだ。冷凍睡眠サービスを売る会社では裁判所の手続きをやってくれたり、投資信託の話もセットで出てきて、なるほどなぁと思った。ロバート・A・ハインラインの「夏への扉」というSF小説の名著だが、面白かった。科学技術のロマンに満ちていて、エンジニアの嫁入り図書によいのではないか。

それはさておき。確かにいざ冷凍催眠するとなったら、「で、あなたの財産はどうしていきますか?」という話になる。30年後蘇生したときを想定して自分の財産をどうするか現在の対処を考えねばならない。しかしこれはかなり難しい。

1ヶ月とか1年、長くとも数年単位ならまだどうにか見通しももてそうなものだが、10年も越すと蘇生後の世の中どうなっているかわかったものではない。この小説は1956年に発表されたものだが、2013年現在私たち庶民が心にもつ「先のことなんて読めやしない感」は当時の比ではないのではないか。

預金を銀行に預けておいて、30年後もその銀行はあるか、そのお金の価値はどうなっているか。不安なら、では何に変えるか。不動産?株?どれも跡形もなくどこかに沈んでいるのではないか。30年後、日本として日本はあるのだろうか。経済の仕組みは今のままだろうか。国という概念はこのまま残っているだろうか、とか思ってしまう。

果たしてこの星は…までいっちゃうと、なくなっていれば目覚めることもないから蘇生後の不安もなにもないわけだが。もう少し手前で、それなりに平静な世の中に蘇生したとして、30年後も同価値か、これは間違いなく価値があがっているだろう堅い資産ってなんだろう。善良で時勢にくわしく頭のよい人に運用を任せたいところだが、30年ともなるとその人が安泰かもわからない。生きていてもまったく人間が変わっているかもしれない。

そんなことを考えると、時間旅行って科学技術的に現実化しても、一般消費者向けのサービスとしてはけっこう狭い期間内に上限が設定されるのかしら、とか思う。国によって法律がちがって、自国では10年以内しか許されていないけれど、あの国にいけば100年、あの国では無制限みたいなことになるだろうか。

しかしまぁ、旅に出るイノベーターやアーリーアダプターは、そんなことで血迷う人たちではないのかもしれない。まったく資産がなくて気にすることがないか、すでに財を成していて失う不安感をもたないか、どんな時代に蘇生しても一から財を成す自信があるか、資産の保有など関係なく科学技術が進化した時代への期待で胸がいっぱいでとにかくその地を踏んでみたい一心か。

私はというと、この生を寿命のかぎりありがたく生きて、自然現象として、はい、終わりですと言われたらいさぎよくなくなろうと思っているタチなので、生きている間に時間旅行がものすごい流行って手軽なサービスになっても、旅に出る気はない。

それは、何か人間の大事な一線を超えてしまうようで恐れ多いというおばあちゃん的指向もあるし、現在の環境に恵まれているからこそということもあるし、生命に対して科学技術の進化に対して、貪欲さに欠けると言われれば、そうだなぁとも思う。

ただ、行きたい人が行くことは応援したいと思うので、いつかそういう日が来たときにとがめるようなことだけはしまいと、今から自分の精神を注意深く鍛え続けている。

まぁしかし、何かを主張するとき、この自分の主張って、どういう前提がくずれたら成立しなくなるかなぁって考えるのはけっこう有意義だ。たいていのことは、なんらかのことを無意識に前提として主張しているもので、それが危うくなったら思いのほかあっさりその主張を曲げたりするのだ。どんな状況でも絶対ってことはそうそうないものである。

というわけで、じゃあどういう事態になったら私は時間旅行に出る決断をするだろうかと考えてみた。で、やっぱり自分が出会ってきた人たちがこぞってどこかの時代に一斉移動するとかなったら、「えー、じ、じゃあ、私も行くー」と情けない決断をしそうだなぁと思った。

例えば今の時代にいてはどうにも生き残れない事態が発生してだな、それでもうみんな今ここを離れなくてはならないとか、そういう状況である。そこで「人類最後の一人になっても私は今ここに残るわ」とは言わなそうだ。それで、やっぱり人間に絶対ってないもんだなぁと思ったのだった。別段これといったオチはない。

2013-08-03

3秒だか5秒だかの話

先日、会社帰りに渋谷の雑踏を歩いていたときのことだ。若者のバンドが駅前で演奏をしており、なかなかの人垣をつくっていたので、見るともなくそちらに目をやりながらぼーっと歩いていた。バンドの前を通り過ぎるくらいの位置では、私の視線は完全に横向きになっており、前方の様子をまったく気にとめていなかった。結果、前から来た人に思い切りぶつかってしまった。

はたと我にかえって「すみません!」と一言。正面を向くと、スーツにネクタイをしめ、私より少し背丈は小さいが恰幅のよい50〜60代くらいのおじさまが目の前に立っていた。あごを突き上げ、私を見下すようにして、ふんっというそぶりを見せた。

それと同時に、おじさまが「にやり」という笑みをその表情に含ませているのを私は視界にとらえた。私は一瞬固まった。これは、なんだ?と。

しかし1秒の間もなく、おじさまの後ろにひかえていた同行の男性が、行きましょうという感じでおじさまを促し、おじさまは特別言葉を発することもなく、その場を後にした。私はもう一度「すみません」と言ってすれ違った。3秒だか5秒だかの話である。

駅構内を歩きつつ、電車に揺られつつ、私は考えた。私は自分のなかに負の感情を飼うのが苦手なのだ。なので心のうちにいくらかでも負の感情を感知したときは、無意識の底に沈殿する前に手をのばし、手早くそれをすくいあげ、手のひらにのせて自分の意識のまな板にのせるようにしている。

それでおまえはどこから来たんだ?とか、そんなことで心に不穏を覚えるなんてあんまり人間がちっちゃくないか?とか、それを突いたりひっぱったり。そのうちに視界がだいぶ広がっていって、負の感情が浄化されていくのを見届ける。自分相手だとえぐい質問を投げて反応をうかがうこともできるので、人間の感情の観察機会にもなって一石二鳥なのである。

それにしても、あのおじさまは、なぜ笑いを含ませていたのだろうか。単純に考えると「よそ見してぶつかってきた目下の女がいて不快感を覚えた」場合、不快な顔を100%見せるというのが筋である。しかし、明らかに純度100%でなかった。そこには何か別のものが混入していたのだ。あれは何だったのか。

待てよ。あれだけ正面からドーンっときれいに当たって転倒も何もなかったのは、ぶつかる瞬間おじさまは立ち止まっていて身構えていたからと思われる。両方とも歩いている状態でぶつかっていたら、あれくらいの衝撃では済まなかったはずだ。それに私が正面を向いたとき、彼は仁王立ちしていた。人の往来がはげしく、立ち止まるような所ではなかったから、おそらく彼は私に当たることを少し前に察知して立ち止まっていたのではないか。

ぶつかる見通しがあって衝撃を減らすべく立ち止まったが、避けることはしなかった。なぜか。避けるまでの時間的余裕はなかった。そうも考えられる。しかし、それではあの「にやり」をどう説明する?ぶつかるとわかっていて、あえてぶつかったというほうが、あの「にやり」の説明はつく。

なぜ俺がよそ見している人間のために自ら率先して道をゆずらねばならないのか。そう思った彼は、当たるとわかっていて、避けずに当たった。それ見たことか、よそ見していると人に当たって迷惑をかけるんだよ。実際おまえは俺に迷惑をかけた。そして、おまえは俺に謝るはめになった。人に謝罪しなけりゃ済まないような迷惑を、おまえさんはやらかしたんだよ。あぁ恥ずかしい奴だ。という嘲笑の「にやり」。

この線なら一応の説明はつくが、どうだろう。私の考えは、自分の身を守るがため、むやみにおじさまの人格を低めるような発想に働いていないだろうか。うーん。では別の説は…。もっと単純に、どんなケースであれ優位に立つということに快感を覚えるタイプだったとか。それもさっきと五十歩百歩でいけてないか。しかし、あの独特の「にやり」を生み出す根源を、ほかにどう探しあてたらよいだろう。教育欲を満たしたとか。

結局おじさまの内面の出来事を私が解明できるはずもなく、「にやり」の根源について何かの結論に至ったわけではない。ただ面白いのは、ぶつかった直後にはいくらか負にふれていた私の感情が、家に帰り着く頃には「あのおじさま、面白い人だったなぁ」と真逆にふれているという現実である。

自然というのは偉大なもんである。人の気持ちは、時間にのって変化を遂げていく。一所に留まって同じ熱量をもち、そこに同じ形をしてあり続けるのではない。相当な思い入れをもって本人がそれを保持せんとでもしないかぎり、きっとそれの無理がないほうへと自然が移し変えてくれるのだ。

いやな気持ちをもったときなんかは、なんでもかんでもすぐさま言葉に表出してそれをいやなものと認定してしまうのでなく、ときには少し置いてみるのもいい。少し時間にのっけて自然のなりゆきに任せておくと、自分が無理なく包みこめる様相に変わっているということが少なくない。そういう自然の力に身を委ねてみる選択肢もあっていいんじゃないかなぁと思う。時と場合によるのだろうけど。

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