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2013-03-28

長生きする可能性

finalventさんの「考える生き方」を読み終えた。相当よかった。今、この時期に読んで良かったなぁと思った。

考え方に似たところがある、といってはおこがましいが、死生観のようなものには特に共感するところがあった。長生きしない前提で生きてきた、というのか。私も母を59歳で亡くしてからというもの(って、たった2年だが)、自分は「長く生きて59歳」という前提が頭にへばりついて離れなくなった。あと、兆候を認めてからあっという間にこの世を去ってしまうことも、そう珍しいことではないという前提も。

もうだいぶ人生の終盤なんだなぁという感じ、残すところあとわずかだなぁという感覚がいつもそこはかとなく漂っていた。だから今からあまり責任あることを預かっても途中で放り出すことになっては良くないし、とにかく細かくできることを短納期で一つひとつやっていくのだ、という感じがあった。

同世代の人と話していると、自分がこの世から消える想定年齢は、どうやら人より短い見積もりのようだと感じた。一般には、同国同性の平均寿命まで生きるイメージを基本に持つのかもしれない。けれど、そういう想定は私の中に見つからなかった。

今考えてみるに、私はその可能性を無視したかったんだろうと思う。59歳くらいまでなら、どうにかやりきれるんじゃないか、という期待ももてる。けれど、その先まで考えたら、もはや自分の人生を自分で支えきれる自信がない。

一昨年末、祖母の見舞いで病院を訪ねたときに見た光景にも影響を受けている気がする。祖母のいる部屋に向かって入院棟の廊下をゆっくり歩いていくと、通り過ぎるどの部屋を覗いても、平均年齢90歳といったおじいちゃん・おばあちゃん方が何をするともなくベッドに横たわって並んでいる。8人だか10人だかの大部屋が、どの部屋もぎっしり埋まっていて、大晦日でも見舞い客がない。それも、私の中に強烈な印象を残した。

私がおばあちゃんになった時には、見舞う家族どころか入院費も払えないのでは…。って無意識が働いて、とりあえずそんな先は無い前提にしたかったんじゃないか。うーん、ずいぶん悲惨な文章になってきたな、こりゃ。

ただ、ここ最近になって、自分は59歳より長く生きることもありうるのか、という可能性に幾らか目を向けるようになった。「そんなに短くないかもしれない人生」に、向き合って生きていくことを、もうすこし大事に見つめてもいいんじゃないかなぁと、そんなことを思う今日この頃。それを受け入れる後押しを、この本もしてくれたように思う。

人生、成功はしないかもしれないけど、考えて生きていけばなんとかなるんじゃないか。なんとかなって、日々、それなりに生きている実感みたいなものを考えて見つけていけたら、それでいいんじゃないか。

うん、それでいいなら、というような。それでも大丈夫なのかもしれないな、と思わせてくれるような。いい本だったな。やさしくて、あたたかくて、懐が深くて、血のかよった文章だった。

それにしても、やっぱり不思議だなぁと思うのは、この本に出てきた「私が死んでも、この世界は続く」という事実。それより何より怖いのは「これから自分の知る人たちが、一人二人と消えてく」ということ。やっぱり、嫌だなぁ。失いたくない。みんな、私より長生きしてください。

2013-03-24

考える生き方

金曜の晩、弱っちろい精神状態をかかえて週末に突入した。偶然ながらこの週末は、私にしては人と過ごしている時間が長かったので、それでずいぶん救われた。ずっと一人だったら、相当やりきれなかったのではないかと思う。助かった。

それでも、日曜の晩に知人の通夜から帰って一人になると、ポケットが空っぽになっているのをひしひしと感じて参った。自尊心のようなものは多く持ちすぎていてもやっかいだが、いくらかはないと一人で立っていられない。それで命からがら、閉店間際の大型書店に出かけた。数日前にこの辺りを読んでいて、今こそfinalventさんの「考える生き方」を、と思ったのだ。

手に入れるやいなや、すぐ近くの珈琲屋に入ってカウンター席に着席。「はじめに」を読んだ。やさしかった。とてもやさしい文章で、あぁ思ったとおりだ、今日はこの本を読むべき最適な一日だと思った。

世間的に社会的に、自分の人生の意味はないとしても、自分の内面から見れば、それなりにある種の手応えのようなものがあれば、それを支えに生きていける。(略)とるに足らないことであっても自分の人生の意味合いを了解しながら生きていくことはできる。誰でもそういうふうに生きていくことはできる。

許された、という感じがした。それでいいんじゃないか。それを支えになんとか。ただ、自分の内面から見た手応えのようなものは、やっぱり、なんらか、見出したいよな。そう思った。

2013-03-21

肉声を聴かぬまま

「早すぎる死」というのは、人間が勝手にそう思ったり思わなかったりするだけのことで、早いとか遅いとかは、人それぞれのその時々の事象の捉え方の一つにすぎないのだと、あるときからそんなふうに思うようになった、気がする。

ものの、旧知の人に40代も前半で急逝されてしまうと、全力で「早すぎる…」と思っている自分に気づく。

ここ数年で、昔お世話になった方々とFacebookでつながり、再びそうした人たちの日常の出来事や考えや思いにふれることができるようになり、疎遠になっていた縁を取り戻した気分になり、いずれまた再会することもあるだろう、と無意識のうちに思っている。

だけど、とらえどころのない無意識下でそんなことを思っているうちに、人は急にいなくなってしまったりする。本当に。数日前まで元気でも急に、どうしたって会えないところにいってしまったりする。

それなりに人生経験を重ねてきて、頭ではわかっているつもりなんだけど、実際に直面すると、直面するたびに、参ってしまう。そんなことに慣れたくもないけれど。それにしたって、心はまったくわかっていない。何の学習も残っておらず、まったく無防備な状態で、それに直面する。

死をテーマに物思いにふけることは少なくないけれど、自分の生きている世界から、大事な人たちがいなくなってしまうのには、本当に参る。じゃあ、人間の力の及ぶところで、できることはなんだろうと考えると、自分も大事な人も生きているうちに、会って肉声を聴くことのほかにないんだろう。そして、運よく生き長らえている自分の生を、大事にすること。

2013-03-18

母のしごと

先週末は、学生時代の友だちの家に遊びに行った。同世代の友人というと、お母さんになっている人も少なくない。まぁ当然か。今回会いにいった友人の家にも二人の男の子がいて、もう5〜6回くらいは会っているだろうか。まだ二人とも小学校にあがる前で、やんちゃな盛りの兄弟だ。

子どもたちと一緒に遊んだり、大人だけでおしゃべりに花を咲かせたりして過ごしていると、そこにちょいちょい兄弟げんかが入る。いちいち仲裁に入っても仕方ないので基本は放っておくわけだが、いよいよ大変なぶっ叩き合いになってくると、母親である友人が間に入った。

けんかの原因になっていたコインを取り上げる。お金を入れるとメロディが流れる貯金箱で遊んでいて、小銭の取り合いになったのだ。お金はね、遊ぶものじゃないの。もうおしまい。

それから延々、弟くんのほうが「おかねー、ほしいー」「おかねー、ほしいー」と泣き叫びわめくモードに突入。これが、身近で聴いていると、かなり笑えるセリフなのだが、彼的には「おやつー、ほしいー」「おもちゃー、ほしいー」と変わらないようだ。

止むことなく、30分ぐらいは全身使って叫び続けていたのではないか。相当な体力だ。お母さんである友人は、床に座って彼の前に正座して、「おかねー、ほしいー」「おかねー、ほしいー」と言われる度「もう出てこないの。おかねは遊ぶものじゃないの。何度言っても出てこないのよ」と、のんびりゆったりとした口調で、彼の目を見てたしなめる。

休みなく再び「おかねー、ほしいー」「おかねー、ほしいー」と泣きじゃくる彼。「ほしいのはわかったけどね、何度言ってもね、もうあげないよ。おかねは遊ぶものじゃないのよ」と、ゆっくり微笑みながら返す彼女。

弟くんは、正座するママの膝の上によじのぼり、頭をこすりつけ、また繰り返す。それをだっこしたり、背中をさすってあげたり、ほっぺたを両手で包んであげたりしながら「ダメなのよ」と返す。10回、20回、30回、40回、何度でも、彼が繰り返せば、彼女は言葉を返すのだ。何度だって無視しない。とことんつきあう。いつまでか。10分、20分、30分、彼が止めるまで。たいていは、彼が疲れて眠りつくまでだろう。1時間くらい続くのはざらのようだ。すごい体力だ。

休日だからこそ彼女も、時間にも気持ちにも余裕があってできたところはあったようだけど、だからこそドタバタの仕事日には無理な分も、たっぷり甘えさせてあげようと(まぁ泣いているわけだが)腹を決めてつきあい続けていたんだろう。とにかくずっとずっと向き合い続け、受け入れ続けていた(コインはあげないけど)。彼女は昔からすこぶる包容力のある人だったけど、その姿にしみじみ感じ入ってしまった。

これが毎日のこと、一日の間でも朝にも昼にも夜にも何度でもやってきつつ、ハードな仕事もしつつ、ゴハンを作ったり食べさせたり洗い物したりもして、お風呂をわかしたり、子どもたちをお風呂に入れたり着替えさせたりトイレの世話をしたりしつつ、買い物したり、掃除したり、洗濯したり干したり取り込んだりしつつ、子どもたちと一緒に遊んだり話をしたり聴いたり保育園のお迎えに行ったりしつつ、その他いろーんなことをやりつつ、とにかく朝昼晩子どもたちを守り続け、育て続けて、毎日を生きているのである。これは、本当にすごいとしかいいようがない。

しばらく置いてみて、最近自分が感じている、自分に対する居心地のわるさみたいなのは、この辺りにあるんだろうなぁという気がした。自分の仕事は、本当にそよ風に吹き飛ばされそうなくらいささやかな仕事だなぁと思う。友だちの姿、母のしごとというのは、もう本当に、中身がぎゅぎゅぎゅってつまっていて、それなしでは子どもらが一気に路頭に迷ってしまうかけがえのないものなのだ。

まぁ今世ではもはや、私は結婚もしないだろうし子どもも生まないだろうから、自分の持ち場で最善を尽くすしかないのだけど。とにかく、この母のしごとの尊さというのは、実に人目につきにくい日々の積み重ねながら、人の尊い営みの最たるものだなぁと、心底思う。

2013-03-14

防御の加減

今週火曜日の夕方、父より電話あり。実家のほうに、私のマンションの管理会社を名乗る人から電話があったとのこと。確かに、それは私がお世話になっている管理会社の名前。電話の主の用件は、以前取り交わした更新手続き書類の日付が一日ずれているので、私に連絡をとりたいという趣旨。

マンションの更新手続き?そんな時期だっけかな?そうかもしれないけど、とりあえず私、最近管理会社に何か書類送ったりしていないんだけどなぁ。しかも、なぜ私宛に連絡しない?むむ、ちょっと怪しいねぇ、なんて話を父とする。

父は「本人からそちらに連絡をさせる」として、私の電話番号は教えなかった。「明日(水)はお休みで、明後日(木)は10時から営業開始だそうだ」というので、「じゃあ、木曜に公衆電話から電話かけてみるよ」と言って、父に後から連絡先の電話番号と担当者名をメールで送ってもらった。

もしかして電話の主は「明日がお休みで、次の営業日が明後日になってしまうので、できれば本日中に連絡をとりたいんですが」的な話をして電話番号を聞き出そうとしたのでは、とも思ったけど、父との会話中はそこまで妄想がふくらまず、確認はしていない。

家に帰って、前回のマンション更新手続き書類をみてみる。が、ここ数ヶ月以内に更新手続きの必要はないし、前に書類を取り交わしたのも随分前のことだ。なんとも中途半端なタイミングで、ますます怪しい。

とりあえず、手元の書類にある正式なほうのマンションの管理会社に連絡をとって、本当にそこからの電話だったのか確認してみよう。何の事やらということであれば、その管理会社もいい迷惑だろうし、他の住人に同様の問題が起きてもいけないので、管理会社のほうからそっちのほうに連絡とってもらうなり、警察に相談してもらうなりできたらいいかと。

でも、そういう展開だとすると、私の名前と、実家の電話番号と、私の今の住まいの管理会社名がセットでもれているってことかー。うーむ。いやだなぁ。

こういうのは、情報共有できている家族ほどはまりやすいかもしれない。娘「私のマンションの管理会社はどこそこだから、それ以外のところから電話あっても偽物だからね」みたいな会話を済ませていると、その管理会社名から電話がかかってきた段階でうっかり安心してしまったりして。

なんてことを、あれやこれや考えるともなく考えた末、そうそう…と思いたち、父が聞いた連絡先の電話番号と、私の手元にあるマンションの管理会社の電話番号を照合してみたら、同じだった…。つまり、本当にそのとおりだったというわけで、何も怪しいことはなかったわけだ。

今日管理会社に連絡をとってみたところ、以前の更新手続きからだいぶ日が経ってしまったが、覚書にある契約期間が一日ずれていることが発覚したので、改めて取り交わさせてほしいとのこと。私が契約時から電話番号を変えてしまっていたので、本人に連絡がとれず父に連絡がいったというわけで。

反省点を挙げるなら、書類は細心の注意を払って作ろう、送られた書類は細心の注意を払って確認しよう、電話番号を変えたら連絡しよう、ということだ。

にも関わらず、どれだけの時間を怪しい方向で想像巡らせていたのかと…。どうやら「成人した子どもの何某かについて、親に電話が入る」というのが、原則怪しい電話ってところまで認識が偏ってしまっているようだ。なんだか、リスク回避のためのタスクを勝手に自分でどんどんどんどん増やしていって、時間と頭と心を消耗してしまっているような…。かといって、完全無防備でも生きられぬ世の中。加減がなかなか難しい。

明るいほうに向かう意思の力は強いのだけど、根が臆病者なので、想定範囲内にだいぶ最悪な事態までイメージしておかないとそれはそれで落ちつかないところがあり、無駄に考えすぎて行動停止になることもままあるので、バランスとっていかないといかんよなぁと…。なんだか、もとの話とあんまり関係ないところに到達して考え込んでしまった。

2013-03-11

夢みる頻度

世の中には、毎日のように夢をみる人と、そうでない人がいるらしい。それを知ったのは大人になってからのことだ。私はわかりやすく後者。子どもの頃から何の疑問ももたずに「夢は時々みるもの」という前提で生きてきた。「夢ってさぁ、毎日みる?時々みる?」なんて問いを立てて親や友だちに確認できるほど、自分を外部化して捉えられていなかったのだ。

って、そんなのきっかけなしじゃ今だってできない芸当だが、たまたま数年前に居酒屋で夢の話になって、話を聴いているとどうやらその人、毎日のように夢をみているらしいとわかった。夢をみることをまったく特別視していない。夢をみた朝に「今日は夢をみてしまった」と、それだけで特別感を抱く私とは経験の厚みが違うのだった。

その後、おしゃべりついでに父に聞いてみたときも、「まぁだいたい毎日みてるかな」と返ってきてびっくりした。こんな身近にも夢日常人がいたとは。ほんと、ちょっとしたことでも話を聞いてみないと人の中のことはわからないものだ。Facebookでも「今日の夢は…」と頻繁に書く友人がいて、おぉ彼女は「みる派かー」と静かに感心してみている。

これは、どっちのほうが多いとか、こういう人は夢をみやすいとかあるんだろうか。先天的なものか、後天的なものか。夢自体は誰もが毎日みているんだよ、ということであれば、物覚えの問題なのか…。寝る直前に映画を観たり小説を読んだり、心身が不調のときとかは、それの影響が夢に出る気がするけど、そうでないときの違いとはいったい。無意識の活性具合?

ともあれ、夢を非日常とする私は、一日ならず連日夢をみるなんて事態になると、それだけで何かあるんじゃないかと勘ぐってしまう。そして、ここ1週間ほど毎日のように夢をみているのだ。何かが活性化しているのか、はたまた終末に近づいているのか。そわそわするほど若くもないが、無関心を装うほど老いちゃいない。

まぁ悪夢という感じじゃないのが幸いなのだが、毎日登場人物が異なり、いろんな知り合いが出てくる。しっかりストーリーや舞台設定もあってセリフ付きだから、舞台裏はかなり大変にちがいない。これを中の人が毎日、夜にそなえて物語をこしらえては一人何役も演じて上映しているかと思うと、きちんと休めているのだろうかと心配にもなる。が、そこは普通に毎日みている人もいるのだから、きっと大丈夫なんだろうということにしている。

2013-03-10

青くさい思い

今回は仕事寄りのネタを取り上げつつも、内容的には超個人的な思いを書き連ねる。という前提共有をした上で、ひとつ前に書いた「中堅Webクリエイティブ職のキャリアを考える(序章)」について。

あのスライドを読んで違和感をおぼえたという方がいらしたので、直接お会いしてお話をうかがったのだけど、そこに一つ誤解があったのでそれについて話して誤解が解けて、ほーっとしたこと。

私があのスライドの中で、Web業界の労働環境を「Webクリエイティブ職を取り巻く環境」として"悪いふう"に述べているのは、あのスライドが「問題提起→解決策」のストーリーを前提としたものだったから。

私がまるごとWeb業界的なものを"問題ばかりの業界"とマイナスイメージにみているという誤解があれば、それは心底、解きたい。心が痛む。私は、サポーターとしてではあるけれども、この界隈で働く人たちと一緒に仕事ができることをすごく嬉しく楽しく有意義に、そして大事に思っているし、だからこそここ(の近く)に身をおいて仕事をしている。

「Web業界」ってくくりがいつまで通じる言葉かはわからないけれど、とにかくこの業界まわりに対して私が抱いているのは、基本的に好意的なものだし、魅力を感じている。それが私個人として前提にある。

そこに、いくらかでも自分の持ち場で貢献できることがあればと思って仕事をしている。で、今の私が実際的な仕事能力として何かを提供しうるとすれば、大きなビジョンを描いて人を率いていくというよりは、明らかに問題解決のほうだ。

だからあのスライドを作って、今こういう問題があるということはないか?と現場の人たちに投げかけてみたのだ。もし、そこで現場の人たちが「まったく、んなことないよ」って反応であれば、それを勝手に「いやいや、そんなことはないはず」と押し切って次にいっても意味がない。問題のないところに踏み込んで部外者が場を荒らすようなことはしたくない。実際には、想像以上にいろんな人に見てもらえて、いろいろな意見を伺うことができた。一定数、それに共感する人たちがいることもわかった。今はそれを踏まえてできることをやっている。

私は批評家でもないし研究者でもない。近所にいる1サポーターだ。立派な批評はできないし、あのスライドも入念な調査を行って発表したという類いのものではない。けれど、問題かもしれないことを言葉に表してスライド共有してみることはできるし、そのフィードバックをもらいつつ、問題解決に向かうための試みを一つ二つと投じていくことはできる。

当然ながら、まるごと解決する手だてを打てるわけじゃないし、本当にささやかな働きにすぎないけれども、私はその小さな仕事が自分の仕事だと思って働いている。私は1サポーターとして、いつも当事者でいたい。当事者の仕事をしたいのだ。

目の前にあるのは、常に現象にすぎない。「現象」を「問題」にするかどうかは人の決めることだ。そして私は、目的のあるところにしか問題は生起しないと思っている。自分が問題に感じたとしても、相手が問題に感じないのであれば、それは個人的に問題に感じることであって、相手と共有できる「問題」とは言えない。それは相手と自分との間では「現象」のままだ。それを押しつけで「みんなの問題」にすり替えて、自己満足の仕事をしたくはない。

一方で、それを問題提起するときに、ごにょごにょ「現象」を表す言葉にとどめていては、それが本当に「みんなの問題」なのかどうか検証できないと思うのだ。あまり心地よい表現でなくとも、「問題」として表す言葉に置き換えて共有しないと話が進まない。だから、スライドは「現象」ではなく「問題」として伝わる言葉を選んだ。

それが、普段このブログとかでおつきあいくださっていて、直接お仕事をご一緒したことがない方には違和感のあるものだったかもしれない。ちょっと戦闘的で仕事モードな言葉が馴染まなかったかもしれない。まぁ、どれもこれも私だ。ただ、明るいほうに行きたいのだという単純さで動いているのは基本的に変わらない。私は、明るいほうに行きたいのだ。

と、青くさいことを書き連ねている間に誕生日が過ぎてしまった。37歳。いやー、びっくりだ。

2013-03-06

淘汰とパターン化の間

slideshareにアップしてFacebookで共有したスライドと投稿コメントを、こちらにも記録かねて共有します。

スライド:中堅Webクリエイティブ職のキャリアを考える(序章)「変幻自在なキャリアを築く」

投稿コメント:とくに綿密な調査を経てまとめたスライドではないのですが(極論すると妄想)、身近でWeb業界の支援活動をしてきて感じ取ったものや仕入れた情報をもとに起こしたスライドです。「Webクリエイティブ職の30代後半から60代までのキャリア」について思うところある方、ぜひお話伺いたいです。情報・意見交換をしながら見立てを直したり対応策を肉づけたりしつつ、小さくとも実態に即した役に立つサポート活動をしていけたらいいなぁと思っています。「スライドがいまいち」なのは、先に謝っておきます…。ご容赦ください。

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で、このまま私的なブログに戻って話を続けますと、まず、なんだかものすごいたくさんの方に見ていただけてびびっているのですが、スライドの中身がどうあれ、キャリアに関するテーマが結構な人の関心高いテーマなのだなという実感が得られてありがたかったです。頑張り方を間違えなければ意味のあるサポートができるはずだ、と思うことができました。またFacebookを中心にさまざまな方のコメントを伺えて、これも本当にありがたい。それをいかに咀嚼して次に展開できるか、ですが。

さて、この問題に向き合うとき必ず挙がる道筋の一つが「淘汰説」じゃないかと思います。直截な(きつい)言い方をするなら、「誰かのサポートがないと前に進めないとか、変化が激しくてついていけないとか言ってる奴は早晩淘汰されるんだから、はなから放っておけばいい」という説です。

これは、この手の問いでは必ず挙がるものなんですが、「業界」ってくくりでみると、もう少し包容力のある見方もできるんじゃないかなぁという仮説も個人的にはあります。「業界」ではなく「職種」までしぼって考えたら、例えば職人系の仕事の場合、甘ったれたこと言うな!と一喝して済むとも思うのですが、「業界」ってくくりで考えると、もう少し関わる人の働き方に多様性をもてるのでは、その方が実は全体構造がつくりやすいのでは、とも思うのです。

寿司職人ってくくりでみると、甘ったれたこと言うな!ってことでも通じますが、寿司業界とか飲食業界ってくくりでみると、業種・業態も多様なら魚市場から店鋪開発・運営まで職種も職階もさまざまで、いろんな働き方の人に支えられて全体構造が成り立っているよなぁと。

まぁWebは新しい業界だし、機械がやってくれる仕事領域もぐんぐん広がっていく業界だと思うので、従来の業界とどれくらい類似し、どれくらい学ぶところがあるかわかりませんが(そして下手に真似ぶべきじゃないとも思いますが)、一気に淘汰説で話を終わらせず、可能性を少し広げて考えてみても無駄にはならんだろうなぁと。少なくとも、サポートを生業にする身の上としては。

具体的な支援策についても、例えば「主要なキャリアモデルをつくる」ことが従来の業界と同様に有効に作用するかは何とも言えません。すぐ古びてしまって役に立たないモデル化ならない方がいいかもしれないし、考えなしにモデルに従うだけになってしまっては不毛だし。Web業界とか関係なく「キャリアモデルなんてない時代だ」という前提に立って、個別のサポートを考えていったほうが有用なら、個別のカウンセリング窓口をつくって、そこでの運用体制を充実させたほうが助けになるかもしれない。

なので、具体策はこれからしばらくいろんな人の話を聴きつつ、それをいかに咀嚼してサポート体制をつくっていったら意味があるのか考えつつ、つくっては改めつくっては改め、やっていけたらいいかなと思っていますが。机上でみるかぎり論は正しいけど役に立たない…みたいなのにはなりたくないなと。

もちろん、サポートなんていらんわい!という人もいる前提です。全部でなくとも一定数の問題をそこに感知するなら、そこに対してできることを、それが先々の業界発展にもつながるような視野をもって取り組めたらいいなと思っている次第です。

あと一方で、パターンがない今の時代&この業界特有のおもしろさも大事にしたい。河合隼雄さんの話にこういうのがあって(「心の深みへ」)、ほんとにそうだよなぁって思いながら読みました。

自由度が高くなったということはおもしろいわけですよ。非常におもしろい。大昔の人で十五で大人になれない人は、おそらく死ぬか殺されるかしたでしょうね。つまり、社会のパターンに入らない者はとても不幸だったわけです。しかし、いまの世の中は可能性がすごく増えている。これはやっぱりいいことだし、社会的パターンにはまらない人でもいろいろおもしろい生き方ができる。

そういう時代に下手に規制やパターン化を持ち込むと、どんどんおもしろくなくなってしまう。最終的にキャリアっていうのは常に一個人にひもづくものなので、一人ひとりに焦点をあわせたところにサポートのあり方がそれぞれあるっていうのは見失っちゃいけないなと。そんなことを思っています。

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