« 21世紀型の医療を夢見る | トップページ | 分かっても分けない »

2012-11-19

熊野ひとり旅

和歌山県は熊野のほうへ、ひとり旅をした。熊野に行ったのも、ひとり旅をしたのも、これといって理由と言えるものはないのだが、足が向いたのだから仕方ない。前日に決めて発った。吹いてくる風の意向に沿うことは、比較的大事にしている。

それにしたって、いたるところ、ひとりが多い旅だった。ひとり旅だから当然といえばそうかもしれないが、行く先々どこもかしこも人がいないか少ないか。もっと観光客がうようよしていると思っていたのだが、バスでも駅でも通りでも、浜でも河原でも崖っぷちでも、参道から神社にいたるまで、そこら中でひとりになった。

Img2_2まず南紀白浜の空港から目と鼻の先にある白良浜に出たのだが、浜辺には人が数人しかおらず、一人あたり何百メートルか割り当てられる感じ。文字通り波の音だけを聴きながら、透き通る海をしばし眺めて過ごした。

その後、三段壁洞窟・千畳敷のほうへ海岸にそって2kmほどてくてく歩いたが、その間もあるのは車の往来のみ、歩きの人にはほとんど出くわさなかった。

Img_0423_2洞窟の中では1人、2人すれ違ったが、日の入りを眺めに千畳敷の崖っぷちに出ると、またひとり。遠くのほうに2人ほど地元ふうのおじさんを確認したが、あっちから見た私は身投げでもしにきたように見えたんじゃなかろうか。というほど、ひとりぽつねんと断崖絶壁に立っていた。が、そこから水平線に沈む夕日をひとり眺めるのは実に贅沢なものだった。

そこからまた空いた特急列車に乗って夜遅くに熊野入り。翌朝、熊野速玉大社に向かうが参道にも人影なし。鳥居をくぐってもひとり。社殿の前まで来てもひとり(巫女さんはいた)。

Img4_7Img5_6Img6_6

ここまで来ると、こりゃ実はなにか縁の深い場所で、いたるところ神秘的な力によって私ひとりの空間が意図的につくられているのでは…と妄想の一つも膨らませたくなったが、まぁ単純に人が少ないんだろう…と現実に着地。

Img7_2近くに熊野川が流れているなと思い河原に出てみた。しかし、ここもひとり。あっちからこっちまで、ものすっごーいただっ広く続いているのに、誰1人いなかった。

それから熊野本宮大社に向かうため山道を行くバスに乗るが、こちらも1時間半ほどの道中で1時間は乗客ひとり。町中から山道に入る手前でもう1人いた乗客が降りていき、偉大なる熊野川にそって山道をあがっていく間ずっと、ひとりでその景色を堪能した。図らずもバス貸し切り状態、これも贅沢すぎた。

Img9_4本宮大社の中はそこそこ人がいたのだが、そこからほど近い旧地(水害に遭う前はそこにあった)の大斎原に興味を引かれて足を運んでみると、こちらはまた人がいない。途中で2人組、3人組のグループとすれ違いはしたが、鳥居の奥に進んで神さまに手をあわせている間に誰もいなくなっていた。

Img10_4目をあけて向き直ってみたら、ただっ広い社地に人影なし。旧地は、通ってきた林の向こう数百メートル先まで様子が見えるのだが、人っ子ひとりおらず。跡地なので管理する人も特に置いておらず、神さまと私、以上という感じ。そんなわけで、そこを後にするのももったいない気がして、次の参拝客が来るまでしばしそこで過ごした。雨が降っていた。

Img_0453_3あくる日は結局、時間がなくて那智大社を詣でることができなかったのだが、とりあえずバスに乗って那智駅には行った(行く途中で、こりゃ時間がないと気づいた…)。那智駅は無人駅で、駅員さんだけでなく乗客もいなかったから、ここでもまた駅に私ひとり。

Photo_3窓の向こうには海が広がっていた。

« 21世紀型の医療を夢見る | トップページ | 分かっても分けない »

コメント

なつかしい。天河村→十津川村→龍神温泉へと抜けた一人旅を思い出す。山伏がいるぐらいだから、神もいそうです。ってか、画像入りって新鮮w

おぉ、渋いですねぇ。私は今回、熊野古道を歩いて渡る時間がもてず、バスと電車の移動で楽してしまいましたが、歩いている渡ったらそのうち気持ちがどこかにたどり着けそうな空気感ありますねぇ(気分だけで言ってる)。
画像挿入、久しぶりに使って四苦八苦しました…。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56452/56149844

この記事へのトラックバック一覧です: 熊野ひとり旅:

« 21世紀型の医療を夢見る | トップページ | 分かっても分けない »