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2012-10-18

で、何をしたいんだっけ

ずいぶん昔の話になるけれど、あるお客さんのところを訪問して相談ごとを聞いていた時のこと。その時の私は、B2Bの仕事においてはまだ半人前未満で、そのお客さんのところじゃ「口を開くこと」もままならず、ただただお客さんと上司のやりとりを観察学習させてもらっていた(のを寛容に許してくれていた当時の上司に今改めて感謝する)。

お客さんは目の前にピラミッド型の階層図を示して説明を始めた。ここの層の仕事は外部Aにやらせたくて、この層は外部Bに、このとりまとめを外部Cにやらせたい。これをうまいことやりたいんだけど、今の外部Cだとこういう問題があってうまくハンドリングしてくれない。お宅に入れ替えたら、この問題を解決してうまいことハンドリングしてもらえるか、とかそういう内容だったと思う。

それを聞いていて私が疑問に思ったのは、この会社は自社の社員の力で何をやりたい会社なのだろう、ということだった。事業主体が現場を全部手放して、外部の人間で現場がまわる組織構造をつくって、それを管理監督して、それがうまく行かなければ、うまく行かないんだけどお宅ならできる?とソリューションを提案してもらって、それでこの会社は社員の手で何を社会に提供したいんだろうなと。

でも、そういう構造づくりをして全体をマネジメントするって会社もあるのかもしれないし、もっといろいろ難しいことを考えているのかもしれない。私には見えていない領域の仕事が、このピラミッドのさらに上層にいろいろあるのかもしれない。そんなことを思いつつ、結局その疑問は口に出さず、その会社を後にした。

そして帰り道に、上司にその疑問を話してみた。すると、その疑問はまっとうであるという反応で、そうなのか、別にあの場で口にしても馬鹿にされるようなことではなかったのかなと内心安堵したのを憶えている。

その頃、法人ビジネスというのは私にとってまったく未知の世界で、ものすごく高尚な議論をなしていて、その席で私が思うことはまったく幼稚で偏狭で、口を開いたら「は?」と笑われるか苦い顔をされてスルーされるのがオチだという強迫観念を抱えていた(とまで言うと大げさかもしれないけど似たようなもの)。

けれど、私はその上司を尊敬していたし、その上司がまっとうだというんだったら、少し自信をもって客先で口を開いてもいいのかもしれないと思えた。それが今思えば、法人ビジネスでやっていく一つの突破口になったようにさえ思う。

もちろん、それで発言してみたら、おまえの考えは浅はかだ、議論の本質が見えていないと思われることもあるだろう。そういう不安は今だってある。先ほどの件だって、実際その場で俎上に載せてみたらお客さんからそういう反応をされた可能性は十分にある。「事業主体が現場を全部手放して」というのは私が見えていないだけで、ただの思い込みだったかもしれない。

それでも自分がその力の限りを尽くして考えたことを発言することが、話を前に進めたり、議論を深めたり、より良い成果を生み出す可能性をもつなら、自分をかばうよりそちらの利をとるのが仕事する人間の使命だし、私のありたい姿でもある。

むやみやたらとアウトプットする気もないが、自己評価を通過するものは、あとは出してみて外の評価を得るほか判断のしようもない。外の評価を浴びなければ、それ以上に伸ばしようもないのだ。

それに経験と年齢を重ねていく中で、そこで発言して赤っ恥をさらしたとしても、それが自分の等身大の結果なのだと潔く受け止める覚悟は養ってきたし、それで「あれは私の力を出し切っていなかったから」と脳内で言い訳してしまうようなアウトプットは出さないようにしてきた(たぶん)。

私は瞬発力がないので、できるだけ事前に情報を整理して、じっくり考えて、自分の仮説なり提案なりをまとめてから客先を訪問するようにした。すると、クライアントさんがこちらの提案を聴いて「ここはこうしてはどうか?」と返してくることも、けっこう自分が事前に考えたことが多くなり、「それも考えたんですけど、こうこうこういう事情を考慮すると、こっちのほうがいいかなと思って提案はこちらにしたんですが、どうですかね」とその場の議論を深められるようになっていった。

お客さんや営業さんは、瞬発力で私がそれをなしていると勘違いしてくれているかもしれないが、私はそんなに地頭の回転が速くないので、これまでの経験と、訪問する前の熟考をかけあわせてその場の対応を成立させているのが実際だ。でもプロジェクトにとっては、私の地頭の回転の速さはどうでもよくて、とにかくより良い効果に結びつけられればいいのだ。だからまぁいいじゃないかってことにして、自分の頭の回転の鈍さはずいぶん前から寛容に受け入れてしまっている。

って話が大幅にそれたけれど、当初の本題に戻す(もはや本題が本題じゃなくなっているが)。先ほどの会社がどうかというのは全体像が見えていないので、この本題とは関係ないんだけど(だからこの文章を公開できたんだけど)、いろんなことを仕組み化して、外部化して、中が空洞化しちゃうのでは切ないよなと。ぜーんぶ仕組みに埋め込んじゃって、外部化しちゃって、そのメンテナンスと改善作業に明け暮れるんじゃつまらないよなと。

機械化とか、仕組み化とか、アウトソースとか、そういうのを押し進める一方で、そこが得意としない真逆の領域で人間の能力を積極活用していく推進力も、それはそれで大事。というか、それこそ必要不可欠だよなぁと。磨けばこんなに能率的に物事を処理したり、臨機応変に対応したり、その過程で新しいものを発案したりする可能性秘めた道具もないんじゃないかって思うし、そういう仕事の創造過程こそが人生の醍醐味の一つだとも思うし。って、ほんと話が散漫で、私こそが「で、あんたは何を話したいの!」って感じのまま去る。

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コメント

出だしのマネジメント?の話もアウトプットとかの話もうなずき、考えながら読ませてもらいましたー
(ちょろっと考えてみただけですが><)

まーしーさん
うれしい!ありがとです。

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