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2012-04-22

プログラミング学習という基礎体力づくり

以前Facebookで、そろそろ義務教育の教科に「プログラミング」を加えたほうがいいような…とぽろりつぶやいたのだけど、そのときはほんとにぽろりだったので、それについて思うところをメモ。

といっても、私はプログラミングができないのであった…。なのであくまで概念的に思っていることなんだけど、結構真剣に思っていることではある。ちなみに、あと2、3年でどうこうという話ではなくて、20年、30年かけてでも整備していくべきじゃないかなぁというイメージ。

では、なんでプログラミングを義務教育の教科に入れたほうがいいと思うのか。一つ思いつきやすいところとしては、日増しにエンジニアの社会的ニーズは高まっており、これは今後も右肩あがりであろうし、それは国内のみならず世界的な傾向といえるでしょうから、という見方だろう。

義務教育の目標の一つとされている「職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと」にどんぴしゃりってことになるだろうか。

国語や数学や社会や理科や音楽や体育と同じレベルで、プログラミングも早いうちから、まずはこういうものがあるんだと存在を知るきっかけが早期に与えられるべき分野になったのではないかという。その存在を知る機会さえ与えてあげれば、興味のある人はずんずんその先に進み、深めていける。ただ、その存在を知る機会がなければ、そのまま子ども時代のつきあいなく時間が過ぎていってしまう。そうなってしまうにはあまりにも重要な分野に成長しているんじゃないかという話だ。

ただ、そうした「適性のある人に早く出会いの機会を」ってことに限らず、私はプログラミングの基礎を学ぶことって、みんなにとって有意義で有効なもんじゃないかなぁと思っている。会得できたかどうかという結果より、学ぶプロセスで得るものへの期待感が個人的には大きい。

プログラミングの特徴というのは、自分の出した指示に、これという反応がかえってくることだと思う。「このときの主人公の心境はどんなものだったと思いますか?」と問われて、「○○と思う一方で、○○という思いもあったと思います」と答えると、「そういう捉え方もありますね」と先生から曖昧な反応が返ってくるとか、そういうとらえどころのなさと真逆にあるというか。

自分の出したとおりに、反応が返ってくる。それ以上でも以下でもない。そこで自分の指示に不備があれば、反応が得られない。あるいは、誤った反応が返ってくる。人のせいにできない。自分の指示がまわりくどければ、指示が遅れ、反応も遅くなる。隣をみると、もっと素早い指示の出し方をしている人がいて、その差異が明示的にわかる。お題が共通していれば、どちらがより効率的かが一目瞭然であり、効率的で合理性が高い解のほうがベターという思想も前提にあるように思う。そういう中で、視覚化されたフィードバック、視覚化されたより合理的な解の導き方に触れながら、人のせいにできない環境で、自分の能力を自覚し、より良い答えを知り得るプロセスは、とても有用な体験だと思う。教育のすべてがそうあるべきとは思わないけど、そういう部分が濃厚な分野も含まれていたほうがいいとは思う。

あと私がプログラミング学習で個人的に一番関心をもっているのは、省察やメタ認知力を鍛える効果についてだ。現代の基礎教育は、固定的な知識を得ることより、知識を入れ替えさし替え生涯を通じて継続的に学んでいけるよう「学び方を学ぶ」方法が問われる。そんな中で、省察やメタ認知は非常に重要な基礎体力だと思う。Papertは、プログラミング学習の中で、それを学ぶことができると説いている。

Papertは、子どもたちがプログラミングを学習する中で、手続きを詳述すること、繰り返しを見いだすこと、そして、プログラムが期待したとおりに動かなかったときに、自分自身の考えを「デバック」することを学ぶと主張している。

『学習科学ハンドブック』R.K.ソーヤー編、培風館

さらに、こうして何らかの役割を果たすものづくりを手がける一連のプロセスで、プロジェクトとか、ものづくりにおけるスコープというものを学ぶことになると思う。何が機能するようになったら、これは一旦「できた」ということになるのかという範囲だったり、いつまでに作るのかとか、どうしたら効率的に作れるのかとか、あちらを立てるとこちらが立たないけど、さてどちらを採ったらいいのかとか折衷案で何かよい策はないかとか、ものづくりを完成に至らせるまでに人はいろんなことを考える。俯瞰的に一連のプロセスをみて省察することも自然とやる。それは、必ずしもプログラミングで学ぶ必要はないと思うけれど、比較的そういうものをミニマムに学ぶのに相性のよい分野だと思う。

そんなこんなで、そろそろ義務教育の教科に「プログラミング」を加えたほうがいいような…と思っている。そろそろ来るんだろうか。私立の学校とかが成功事例を出していってって感じになるんだろうか。できないくせに、そんなことをもやもや考えたりする。

追記:あとあと、作って楽しい、作り途中の模索も楽しい、人と話すとまた発見があって楽しい、出来上がって嬉しい、を体験できるのも、もちろん大きいなぁと。ものをつくることの感情体験というかなぁ、これってすごく大切と思う。

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