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2012-03-15

没入としみじみ

このところ、提案書を作ったり原稿を書いたりと、情報を整理して思考を文字に起こして編集してアウトプットを仕上げてどこかに納める系の仕事が立てこんでいる。あれを終えたらこれ、これを終えたらそれ、という感じで、かなり没入状態が続いている。予定は立て込んでいるのだけど、慌ただしい感じはしない。腰をすえて熟考し、深海に潜り込んで拾ってきた思考を、丹念に言葉に起こして形にしていく作業を繰り返している感じだ。

途中途中で、人と打ち合わせをする。あるいは客先でヒアリングする時間をもつ。それもまた静謐なひとときで、一方の私は打ち合わせを進行したり、質問したり意見を出したりしているのだけど、一方の自分はとても静かにそれを聴いていて、何かの気づきを得たり、私の頭の中を整理したりしている。それを持ち帰って、また一人静かに自問自答して、最終形までもっていく。

そういうときって、プールで泳ぎ始めて10分くらい経ったときの真空な感じによく似ていて、自分のいるところがどこだかいまいち忘れてしまっている。だから最近は、席に座っているんだけど会社にいることをほとんど意識できていない時間が長くあったりする…。

これは、つい最近まではほとんどなかったように思う。少なくとも、ここ最近ほど深く長く頻繁に没入状態が繰り返されるというのは、このブログに取り上げるくらいには私にとって特別な出来事だ。どちらかというと、常に周囲に一定の意識が残っていて、没入できる人をうらやましく思っていたぐらいだ。

で、この変化ってなんなんだろうって考えてまず思いついたのが、歳だった。良く言えば、他いろいろ考えてもどうせ中途半端になるだけなんだからと割り切れるようになったってことだろうか。悪く言えば、と考えるのは止めておこう。

ともあれ、これってものすごくありがたい状況だよなぁと、最近しみじみ思う。仕事場を離れてちょっと一息ついたりしたとき、ありがたいことだなぁと、山登りの途中で切り株に腰かけておじいさんがぽろっと思うようにして、しみじみ思うのだった。

この辺で貢献できるのではないかというあたりに仕事の場をもたせてもらって、そのあたりの相談が実際にやってきて、それに対して静かに考えたり、いろんな人の知見をもらって没入して形にしていって、それがきちんとお客さんに届いて一つの価値を生んで、そこに細く長く介在させてもらって、そんな今をおじいさんのような気持ちでしみじみ実感できるという…。

そのやりとりの過程でも、一緒にお仕事させていただく方ってほんとみんな聡明で、ご自身の専門に造詣が深くて、建設的で、ユニークで、配慮があって、でも自然体で、あったかくて、生命力があって、こちらの意図するところをキャッチャーミットのど真ん中で受け取ってくれて、返すボールも私のキャッチャーミットのど真ん中におさまるように返してくれて。

横柄な人ってほんと会わないし、なんだか、いくら言葉を尽くしても、そのありがたさを表しきれる感じはしないのだけど、これってすごいことだよなぁと。都合よく忘れっぽいので、そうでないこととか華麗にスルーしていたり忘れていたりするだけかもしれないけど(笑)、まぁでも素敵な人が周囲にうじゃうじゃいることに変わりはない。

私もそういう空気をまとって末永くお仕事ご一緒させていただけるように、すくすく伸びていきたいわーって、最近ほんと、よく思うのだった。

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