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2011-11-30

インタビューする仕事

gihyo.jpで連載している「Webクリエイティブ職の学び場研究」の第5回、第6回が公開された。この2回は、VOYAGE GROUP執行役員CTOの古賀昌法さんをインタビューした前編・後編。

第5回(前編)- 成長をサポートする仕組みと文化をつくる
第6回(後編)- クリエイティブ職向けに考え抜かれた育成・評価の仕組み

私がこの連載記事を書くときのスタンスは、「本編には書かなかったんだけど実は…」的なネタが後に残らないように仕上げること。第1回を書き上げたとき、ふとそう思ったのだ。なので本編は基本的に、取材を通して自分のアンテナが反応したことに素直に焦点をあてて構成を考えている。自分の考えも添えて。だから構成をつくるまでがすごく大変なのだけど、仕上げてしまえばもはや他の場所で「ここだけの裏話」的に語りたいことも特にない。ということで、よろしければぜひご一読を。

それはそれとして。私はインタビューの仕事って全然経験が浅くて、取材して記事を書く仕事ってこの連載がほぼ初めてといっていい…(昔、某プロデューサーから「てにをはがわかればいいから!」と連れて行かれて、よくわからないうちにやることになってしまった一仕事を除けば)。だから、その点ではど素人であることをわきまえつつ、自分の本業の立場から話を伺って、取材から帰ってからうなってまとめつつ経験を積んでいるという状態。

ただ、感覚的にというか無意識的にというか、最初からすごく大事にしていることがある。それは、読んだのが先か、自分が思ったのが先かよくわからないけど、とにかく村上春樹さんの「回転木馬のデッド・ヒート」という短編集の「タクシーに乗った男」の中に出てくるこの一節そのもの。

インタヴュアーはそのインタヴューする相手の中に人並みはずれて崇高な何か、鋭敏な何か、温かい何かをさぐりあてる努力をするべきなのだ。どんなに細かい点であってもかまわない。人間一人ひとりの中には必ずその人となりの中心をなす点があるはずなのだ。

村上春樹さんという人は、私がとても大事にしたいともやもや思っているようなことを、どこかであらかじめ言葉に表しているような人で、これもまったくそういう一節。読んだのはずいぶん前なんだけど、すごく心に残っていて、この連載を始めた頃にも手をのばして再読した。

一人ひとりの中に必ずある、その人となりの中心をなす点をさぐりあてるってことなら、別にインタヴュアーに限った仕事じゃない、例えばキャリアカウンセラーだってこういうことをして人の話を聴いている。だから、この言葉にはおおいに支えられ、勇気をもらってインタビューの仕事をしている。

この連載を読んでくれた人が、取材に応じてくれた方の崇高な何か、鋭敏な何か、あるいは温かい何かを感じ取って読み終えてくれたらいいな、と思いながら書いている。それは当然、とても難しい仕事なのだけど、それを心において書いていけたらなと思っている。

2011-11-27

躍り出る公立図書館

昨晩、部屋の隅に積み上がった本や雑誌を整理しながら頭のなかに広がった妄想メモ。世の中に流通する本とか雑誌とかそれっぽいものの大半が電子出版物になって、それを公立図書館が無料でネット経由で貸し出し始める。物質的な制限から解放されて、どこの公立図書館にあるとかないとか関係なくなる。電子出版物のデータとライセンスが一括で公立図書館サーバに管理されていて、市民はそれにアクセスして一定の手続きを踏めばいつでもどこからでもダウンロードして、期限つきで読んでいいよってことになる。期限が切れるとデータが消えるか開けなくなる。

私は今のところ図書館を利用する習慣がないのだけど、足を運ぶ必要がなくダウンロードすればいいってことになると、単にブラウザ上でのアクセス先を本屋から図書館に変えればいいだけだから、図書館をメインに使うようにがらっとスタイルが変わるかもしれない。身なりが物質からデータに変わることで、物質的な所有欲はさらに衰えていく気もするし。

一回読んだら気が済む本(私の場合、とりあえず読んでみた小説とか雑誌の類い)は図書館で借りるようになるかも。学術系とか仕事系の本、すごくお気に入りの本とかは手元においていつでも開けるようにしておきたいけど、その感覚すらいつまでそうかわからない。また読みたくなったらもう一度図書館で借りればいいや、ということになるのかも。

そうしたら本屋さんはどうなるんだろう。今は補完的な位置づけの公立図書館がメインストリームに躍り出てきたら。これは街の本屋さんだけじゃなくて、ネット上の本屋さんも。もしこうなったら、本を販売するってビジネスはどうなるんだろう。そんな問題が起こらないように、公立の図書館は進化をとどまる。ってなると、それはそれでいいのかぃと思うし。

これに限らずだけど、最近いろーんなところで、人や企業がその専門性を発揮して熱心に力を注いでつくったものが無料で配られているのを見かける。私は、作ったものの対価を支払うっていう従来の仕組みも悪くない気がしているんだけど、そろそろ成り立たせるのが現実的じゃなくなってきているのかなぁとも思う昨今。働きに対して対価を支払わない社会もありだけど、そうするならそうするで、働きに対して対価が支払われなくても生きていける社会もあわせて作っていかないともたないんじゃないかと思う今日この頃です。

2011-11-20

家族4人の食事会と、遺影の前の心持ち

今週末は、父と兄と、遠方から妹も呼び寄せて4人で食事会をした。4人で集まっておしゃべりするというのは、実はなかなか機会がなかった。というか初めて?母がいるときは、母と5人でとかだったし、母が亡くなってから葬儀やら四十九日やら新盆やら全員集合するときはだいたい親戚もいたし、あるいは兄一家と一緒にご飯を食べたりだったから、4人でご飯というのはそういえば近年なかったかもしれない(忘れっぽいのでまったく自信がないが)。

いずれにしても、なんだか家族の気の置けなさ120%という感じで、ホクホク好い時間を過ごせた。予約したお店も、(普通の居酒屋だと思っていたのに)行ってみたら店構えからして趣きがあり、お料理もどれもおいしそうであり、実際おいしかった。松茸となんとかの茶碗蒸しなんて、薄っぺらい松茸がちょろっと乗っているだけかと思いきや、中までごろごろ入っていて、なのになんだか品があって。決して高くないのだが、いやー、我ながらいいお店を選んだ。そこらの安い居酒屋に連れて行かれると思っていた父も(連れて行ったことがあるからだが…)たいそう満足げだった。

母が亡くなってからはちょこちょこ実家に帰っているが、母の遺影を横においた仏壇の前に座るときの心持ちは、あれから9ヶ月を経て、だいぶ静かで落ち着いたものとなった。なってしまった、と思わないくらいまでに落ち着いた。その安定を得るのと歩幅をあわせるようにして、死生観のようなものも、自分の中にしっかり根をはっていった感がある。それを死生観というのかはよくわからないけれど。また、その全容をうまく言葉に表すことはまだできないけれど。

母の死にあって、生のはかなさを知った。知りきってはいないけど、それまでは死についてほとんど何も知らなかったのだということを少なくとも知った。人間は生まれてきたら、死ぬんだなと、それが以前よりははっきりとわかるようになったし、その途中途中で人は人に会って、関係を深めたりすれ違ったり別れたりして、いつか必ず死別する。

何かに興味を覚えて、それに深く踏み込んだり、あるいは興味を失ったり、何かを成し遂げたりして、それもいつか必ず終わりがくる。その終わりの時期もわからない。思いのほか長いかもしれないし、思いのほか短いかもしれない。

でも、その生涯の長いの短いの、どっちが先に逝っただのというのは、宇宙から見下ろせば、なんてたいそうな視点を持ち出さなくても、近所を歩いている猫の視点を借りたって、それがなんだっていうのだ、という話なのだ。すべては、自分の知りうる世界の人間の中でのお話であって、人間の外にとっては人の生も死も、その長さも前後関係も自然現象だ。私もその現象の一つにすぎないんだなと、そんなことを思う。人間の生に意味をもたせたり、私の生に何かの意味を与えようとするのも、人間が人間だから人間の中だけでやっているだけで、外から見たらなんでもない。

そういう思いとあわせもって、人を失えば激しく混乱するし、小さなことで一喜一憂するし、これに仕えて生きていきたいと思って四苦八苦する自分がいる。その個体は私の中にあって、生涯離れない。この両方を私は私の中に共存させながら、生きるところまで生きていくんだなぁと、そういう感じでいる。うまいこと表現できないけど、今書けることをとりあえず書いてみると、そんな感じなのだ。

そして少なくともこの感覚は、1年前にはこう書き起こせるほど自分の意識になかったし、それは私の中で確かな変化だ。進化か退化か知らないけれど、個人的には好ましい一つの成長だと思っている。まとまりはないけど、まぁそんな感じで。

2011-11-19

ニーズや目的の取り違え

昨日は、UXD initiative( #UXDin )が主催する研究会に参加してきた。テーマが「インストラクショナルデザイン」ということで、UXDな人たちを対象に含むインストラクショナルデザインを仕事にしている身としては、双方関連づいてぜひ参加したいなと思い足を運んだ。

風邪ひいた上に仕事がてんこもりだったため懇親会に出られず残念だったけど、本編だけでもとても有意義だった。こんな場を作ってくださった主催者の皆さまに感謝。帰り際がばたばたでお礼を言い損ねた自分に反省。

今回お話しくださったのは首都大学東京大学教育センター助教の渡辺雄貴さん。それにしても、最近大学の准教授とか助教の方って普通に自分と同い年だったり年下だったりするからおののく。高校球児やアイドルが自分より年下なのに衝撃を覚えてから早10年以上経っているけど、あれの第二波、三十路バージョン的な衝撃だ。四十になると誰が衝撃をもたらすのだろう。

それはさておき昨日は、UXDご専門の参加者に、インストラクショナルデザイン(ID)の専門家がIDの基本を解説し、その関連性をみんなで探る的な会の第一弾だったので、講義内容としては既知のものも多かったのだけど、やっぱり専門で研究している方の生の話は面白いし、あれこれの概念を一つひとつこんな言葉で説明するんだなぁと耳をすまして聴いていると、これがまた味わい深かった。

お話の中で特に印象に残ったのは、先生が研究している「社会人の電車内での学習」の実験のお話。社会人向けに電車内で英語学習できるモバイルラーニングのコンテンツを作って、それを入れたモバイル機器を渡して被験者の社会人に電車で使ってもらう。長い実験では1ヶ月ぐらい。すると、みんな「これはいい!」と好反応を示したという。

しかし、「じゃあ、TOEICでも受けてみたら?」というと、一様に「そういうのはいいんだ」という反応。つまり、学習の結果パフォーマンスが上がっているかはわからない、わからなくていいんだと被験者は言っているのだ。これ、こういう心情ってわかるなぁとうなずきながら話を聴いていた。

つまり被験者は「隙間時間が有効に活用できたことに満足感を得ている」のであって、この被験者の真の活動目標は、英語力を身につけることではなく、隙間時間を有効に活用することになっているのだ、と先生。うむうむ。

これって肌感覚ですごいわかるなぁと思う一方で、英語学習コンテンツを提供する立場で、複数人で集まって机上で議論とかしていると、けっこう前者と後者の取り違えが起こりうるんじゃないかと思った。

ユーザーが「隙間時間を有効に活用したくて、英語を学習するのか」「英語を学習したくて、隙間時間を有効活用するのか」、これってユーザー本人の理解が曖昧なこともありうる。また、学習コンテンツを提供する側の企業が「英語学習コンテンツを利用して、ユーザーの隙間時間を奪い、自社の製品・サービスの理解促進を図りたいのか」「ユーザーの英語学習を支援するサービスを提供したいのか」も、けっこうこれに関連する組織間、個人間で認識のずれが起こりうるんじゃないかと。

こう書くと話は単純で、んなこたぁないだろうって感もあるけれど、最初からそれをきちんと関係者に明示して、常にその視点でぶれずに品質をマネジメントするキーマンが不在だと、けっこうあるんじゃないかなぁと思う。

目的が前者か後者かで、学習教材であるコンテンツも、それを包括するサービス全体もデザインの仕方は全然変わってくる。でも、「学習コンテンツを作る」という外見だけで捉えてしまうと、真の目的が捉えきれていないままにプロジェクトが走って、時の流れに身を任せているなんてことも起こりうる。そうすると、変にIDを取り入れて明後日の方向に走っていっちゃうことも。

とかなんとか、うにゃうにゃ考えていると、やっぱり目的をどれだけシャープに捉えられるかってとこかーと、結局いつもの場所に戻ってくる。以上、参加メモ。

2011-11-14

演習問題をつくるとき

Web業界では有志による勉強会が頻繁に開催されている。会社の垣根をこえた情報・意見交換はオン/オフラインとも活発で、自分や仲間が企画した勉強会で前に立った経験をもつ人は少なくないと思う。公けの場で話したことはなくとも、社内勉強会の講師を依頼されて、講義・演習設計、講師やファシリテーターを務めたことがある人はけっこういるのではないか。そういう人向けに、ちょっとした小話を共有できればということで書いてみる。

勉強会にワークを取り入れるとなると、みんなに考えてもらう演習問題をあらかじめ作っておく必要がある。こういう想定でWebサイトの企画を考えてみてくださいとか、こういう想定でWebページやその一部を制作してみてくださいとか。で、個人あるいはチームごとにアウトプットを発表してもらって、皆で評価しあったり、講師役がフィードバックを行ったり。

で、こうした演習問題を作った経験をもつ人からよく聞くのが、やってみると結局「誰のアウトプットもアリだよね」ってことで終わってしまうという話。その場は盛り上がるんだけど、本来目的とした学習効果があったのか疑問が残ってしまう結果に。仕事には創造性がつきもので、実務を想定した演習問題には、これという一つの正解があるわけじゃない。なので結局どれもアリだよねということで、めでたし。講師が立たずに皆で評価しあう会の場合は、せっかく作ったものに批判的な評価を出すのも気後れするという人もあるかもしれない。

また、これとは逆に、演習問題をつくってみたんだけど「これを個別にやってもらっても皆同じ答えにしかならない気がする」という話もある。この2つ、何が問題かというと、演習問題の想定の仕方に難があるのではないか。前者は想定のボルトを緩めすぎ、後者は締めすぎなのだと思う。

これこれの能力を養いたいという勉強会の目的がある程度明確にあるならば、その能力を発揮しないとアウトプットが明らかに妥当でなくなる状況設定を、あらかじめ演習問題の想定に埋め込んでおく必要がある。これがないと「誰のアウトプットもアリだよね」で終わってしまう。逆にこれを埋め込んでおけば、例えば「この演習の想定だと、納期を守らないのは明らかに妥当ではない」といった正答/誤答の判別ができるようになる。すると、学習目的にかなった評価がフィードバックできるようになる。

一方、後者のボルト締めすぎ問題については、参加者の創造性が発揮される余地を残した演習問題の想定にすることが解決策になる。つまり、その勉強会の学習目的と関係ない能力が発揮されるところは、むやみに縛りを設けない。また高位の能力に関しては、それを備えていないと課題をこなせないことがないように素材を提供するようにするとか。

それから、ここで縛りを緩めすぎて、前者のボルト緩めすぎ問題に立ち入らないようバランスをとる必要がある。あくまで、その能力を発揮しないと仕事のクオリティが下がる状況は設定しておいて、そこから先は自由に参加者が考えられるよう縛りを緩めることが肝要だ。この設計が難しいわけだけど。

そして、講師としてその場にたつ場合には、参加者のアウトプットに対して、勉強会目的にかなった能力がどう発揮されているかの評価と、それ以外のアウトプットに対する所見を分けてフィードバックすることが大事だ。これを混同してはいけない。勉強会のテーマになっている能力以外の要素については、率直に仕事仲間として思うところを共有すればいいし、自分の評価できる専門外であれば、率直にそれを表明すればいい。変に理論武装する必要もない。その場で大切なのは、学習テーマに対する評価に焦点化して、適切な評価をフィードバックできることだ。

また、「皆同じ答えにしかならないんじゃないか」というのは、考えた側の杞憂に終わることも少なくない。参加者の創造性をみくびっちゃいけないのだ。一つのお題を提示すれば、そこから人はいろんなことを考える。参加対象者が創造力をフルに使う仕事をしていれば尚のこと。もし過去に、こちらが想定する範囲の正答/誤答しか出てこなかったとげんなりした経験があったとしても、参加者への期待を手放してはいけないと思う。自分に期待しない講師から参加者が得られる刺激は、どうしたって貧弱なものになるからだ。参加者の創造性に対する敬意と期待は、決して欠かしてはならないと思う。

もちろん、皆同じ答えになってしまうかもしれないといったリスクを考慮して作り込みに励むことは大事なんだけど。で、こうしたケースの作り込み例としては、万一参加者がほぼ同一見解の答えを出してきたとしても、その後の解説で講師側からいくつかの回答の方向性を示して、答えに広がりをもたせられるようにしておくことだと思う。実際の実務では答えは一つではないのだし、その中で一つに決断するプロセスをたどるのだから。複数パターンの回答例とともに、どれにも妥当なロジックが成り立つことを解説する。そうすると参加者は、一つの正解例を覚えて帰るのではなく、正解を導きだすためのプロセスを学んで持ち帰ることができる。

ちょっと抽象的な話に終始してしまったけれど、普段考慮していることを備忘録的に残してみたかったので、とりあえず。

2011-11-13

どれだけ血肉になっているか

昨日は会社主催のセミナーイベントだった。営業部門主催のイベントだったのだけど、講義・演習の設計部分を中心に関わった。書籍刊行にあわせた著者を招聘してのセミナーで、著者の方とはもともと知り合いだったのだけど、今回のセミナーの講義・演習設計で初めてお仕事をご一緒して、とても有意義だった。

参加者一人ひとりが何を持ち帰れたかは週明けアンケートをみてみないことには、ということになるけれども、参加者の表情、演習中の様子や質疑応答のやりとり、会場の空気感、帰宅後早々に濃厚なブログエントリーをあげてくださった参加者のレポートをみる限り、気づきや考える機会をもってもらえた方は一定数いたのかなと、まずまずの手応えを得られた。ほんとこればっかりは、参加者の生の声を確認してみてからじゃないとなんともいえないのだけど。

ただ講師の方にもセミナー後、自分自身もやって勉強になったし、私と話していると教育のプロだなぁといつも目から鱗だったというサポーター冥利につきる言葉をもらえて、ありがたく素直に喜んだ。わがやの家宝にしよう…。

私は、参加者は当然のことながら、講師の方にも、やってよかったなぁ、いろいろ気づくこともあったなぁと思ってもらえることをかなり大事に思っているので、セミナーを終えてこんな感想をもってもらえたこと、加えて自分がそこに貢献できたこと、すごく嬉しかった。

一方で、教育のプロと思ってもらえた働きを、私はどれだけ再現性を保障するスキルとして定着させられているんだろうか、とも思った。毎回、その案件で自分が考え、動けるかぎりのことをするようにはしていて、学習の場に組み込んでいく要素は確かに年々濃度高くなっている気はする。そして、結局そういうふうに体当たりで熟考してアクションする繰り返しが、一番実質的な成長、貢献度の向上につながるんだろうと信じている。

ただ、それが結局どれだけ自分の血肉になっているかについてはかなり言語化を怠ってきたので、自分の中でも意識化できていない部分が多い。ここ数年は基本、お受けしたクライアントの相談ごとに対して力のかぎり解決への貢献を果たす、という経験の積み重ねだった。もちろん1案件ごとに振り返りはしてきたのだけど、それをどれだけ汎用化して他案件につなげてこられたかは言葉にできるものがない。

経験の積み重なっていないうちに、自分の能力を言語化しようとしても素材自体がないので意味がない、とりあえず経験を積むのが良策と思うのだけど、数年経験を積んだ今、少し整理したり棚卸しして、その上に何を積み上げていくのかとか、自分にはどういう反省が必要だろうと考えてみる時期かなぁという気もしている。

振り返り大事!とは当たり前に語り語られるものの、自分のこととなると正直なかなかできていないもの…。少し、そうしたことも言葉に起こしていけたらいいなぁと思う。あれこれの経験を濾紙に通して下のビーカーを覗き込んでみるような時間がもてればなと。それはとても静かで、実りある時間だと思う。

2011-11-12

天声人語書き写しノート

いいかげん業を煮やしたのか(まだ首は完治していないのだけど)ここ数日で一気に新たな相談ごとが舞い込み、仕事が山積みになった。忙しさ的には、少し前の状態に戻っただけとも捉えられるけど、仕事の難しさ的には、これまでより一歩難しい領域に足を踏み入れた感がある。でも、そこをこそ今自分はやるべきなのだという気がしていて、どれも難しそうだけど、やってなんぼ、自分なりに試行錯誤してやってみようと動き出したところ。

と、近況はさておき。先日会社近くの文房具やさんで「天声人語書き写しノート」というのを見つけて、思わず衝動買いしてしまった。朝日新聞の天声人語を1ヶ月分書き写せるようになっているノートで、詳しくはこちら

「自分が自在に使える言葉が少ない」というコンプレックスは常々あったのだけど、それに対して何かするということをずっとせずにきていたので、これを店頭で見たとき、「おぉ、なんと私にぴったりのノートだ!」と一目で心奪われてしまった。そして、Webサイト上に載っている「天声人語」をみながら2日ほどやってみたのだけど、これがすばらしく良い。

まずボリュームが程よい。文章量もそうだけど、意味があいまい/なじみがないという言葉の登場回数も程よい(一回にあんまりたくさん出てくると、たぶん続かない…)。つまり、天声人語を書き写すというお題のサイズ感が程よいのだ。一通り書き写しながら、聞いたことはあっても自分が使う言葉にはなっていないなぁと思う熟語や慣用句・言い回しをメモ欄に書き残していく。それを後でまとめて辞書で調べて、用法なんかもちょろちょろメモ。これで所要時間30分くらいだ。

ノートの中身も、なんとか学習帳みたいに、それ用に見開き1日分で作られているので、そう多くないスペースをしっかり埋めていく楽しみがある。原稿用紙というのは、成形されたマスを埋めていくという本能的充足感が得られる演出がなされていたのだなぁなんて、久しぶりに書き込んでみて勝手に思ったりした。

というわけで、とりあえずひと月(一冊分)やってみようと思っている。正直続けられるかちょっと不安もあるんだけど…。でも、自分が使える語彙を豊富にもつということは、表現力が豊かになるということ以前に、語彙を広げた分世の中を豊かに感じとれるようになるということだと思っている。何よりそれを手に入れたい。だから、楽しみながら続けたいなぁと思う。

2011-11-08

パーソナライズ

Webサービスを使いこなし、自分向けにパーソナライズされればされるほど、ほかの人の前で自分の画面を見せづらくなっていくような、人の画面を見るのもはばかれるようになっていくような。

以前Twitterで、知人のtweetをたどってリンク先にとんでみたら、Amazonのかぶりもの商品ページが表示されたので、へぇ、こんなのも売ってるんだぁと数点眺めて閉じた。こんなのね。

その数日後にAmazonにアクセスしたら、トップページでかぶりものをレコメンドされていて、ぎょぎょっとして、周囲をキョロキョロして、こそこそ履歴を削除した。人前でログイン状態のAmazonを開くのには勇気がいるなぁと思った。

ど真ん中に自分の趣味嗜好が表示されるのも気恥ずかしいが、ちょっと誘導されて見にいったものを、へぇ、あなたにはそんな趣味が、と誤解釈されるのはさらに微妙だ。事情を説明するのが場違いな場面では、誤解も解けぬままさらにつらい立場に…。この辺は、いずれもうちょっと良い感じになるんだろうかな。良い感じってどんなだろうかな。

と、こんな文章も残していこうかな、と思いだした今日この頃。SNSが流行れば流行るほど、あるいは単に年を追うごとかもしれないけど、表現することに臆病になっている自分に気づいた。あるいは腰が重くなったとも。そうやって日々のことが流れていってしまうのはさびしいなと思ったので、まとまらない話も増えるかもしれませんが、ゆったり構えて今後ともおつきあいください。なんか、「これまでだってまとまってなかったから大丈夫!」という敵なのか味方なのかわからない幻聴が聞こえてくるけど。

2011-11-07

本当のこぶとり爺さん

「こぶとり爺さん」といえば、隣り合って住む2人の爺さんには、ともに片方のほっぺにこぶがあり、欲のないほうの爺さんがたまたま出くわした鬼の宴で踊りを披露したら、こぶをとってもらえたという。それで、もう一人の欲張り爺さんが自分も…と鬼のところに出向いて踊りを披露すると、今度はこぶを取ってもらえるどころか、欲のない爺さんから取ったこぶも逆のほっぺにつけられて、こぶが2つに増えてしまったとさ、というお話だった(参考:Wikipedia)。

欲張り爺さんが両頬にこぶをもつはめになったのは欲張りだったからであり、欲のない爺さんがこぶをとってもらえたのは無欲だったからだと、そういう理解でこの歳までやってきたのだが、最近知ったことには、「欲張り」とか「無欲」とか、そんな修飾は原話にはついていないのだそうである。

河合隼雄氏の「昔話の深層 ユング心理学とグリム童話」によれば、2人目の爺さんは「欲張りだったから」ではなく「創造せず、ただ真似るだけだったから」罰を受けたというのが原話である。それが、話を分かりやすくしようとしてか「無欲」やら「欲張り」やらを後づけたことで、かえって話の本質がわからなくなってしまった、というか全く別の話になってしまった。

先の本によれば、白雪姫を殺すように命じた王妃も、ヘンデルとグレーテルを家から追い出したお母さんも、原話では継母ではなく実母だそうである。となると、これもまたたいそう話の本質がずれてくる。

確かに、ディズニー映画で「白雪姫」やるとなったら、実母がそんなことしちゃうわけにいかないだろうなぁとも思うし、歴代の手を入れてこられた方々の思いもお察しする。それはそれで創作ともいえるのだろうけれど、しかし原話との話の本質のずれ具合は相当だ。

受け止めるのに抵抗がある、あるいは難しかったりわかりにくかったりする、簡単には腑に落ちない、けれどとても本質的なこと、普遍的なことというのが世の中には存在していて、それを易きに流されてうやむやにしたくないと思う。「難しくてわからない」というのはいいけれど、本質とずれたところを見ているのにわかった気になってしまうとか、見て見ぬふりしてやりすごしてしまうというのは、どうも性に合わない。

そうこうしているうちに、いろーんなことの本質が見えなくなってしまうのが怖い。本質と上辺を見分ける能力が衰えていくのは怖い。分けられなくなるとは、わからなくなるということ。昔の人間には分けられていたものが、分けられなくなっていく。わからなくなるというのは、怖いなぁというか、人としての退化だなぁというか、もったいないなぁと思う。原話は繊細で、時に壮絶だったりするけど、なぜ原話はそう描かれたのかについて読み取っていけるだけの懐をもっていたい。

2011-11-06

死と再生の一年

友人の奥さまの告別式に参列してきた。一度も会えずじまいになってしまった。39歳だった。昨日のお通夜が3歳になるお子さんの誕生日だった。お通夜はUstreamを通じて実家から少し拝見したのだけど、お母さんのひつぎの前で、お子さんのお誕生日会が開かれ、多くの参列者によってハッピーバースデーが歌われた。告別式に訪れると、BGMにはロックがかかっていた。式場に掲示されたたくさんの写真たちは、どれもこれもチャーミングで美しかった。型破りなご夫婦の、そしてご夫婦とは「同じ釜の飯を食った仲間」という表現がぴたりとはまる型破りな仲間たちによる、心のこもった式だった。

私にとっては、友人というのもおこがましい方の奥さまということになるけれども、今年4月に癌の宣告を受ける以前から、日々友人がアップするご家族の写真や動画を覗きみては、その温もりに頬をゆるめていた。出産後の写真でアップされたものは、(相当数におよぶけれども)たぶん今日までのもの全部見ていると思う。

病気が発覚したのは今年の4月。私が母を癌でなくして2ヶ月足らずという時期で、共時性を感じる一方、どうか自分の母とは対極の道を歩んでほしいと思った。そう思うと、自分が近寄るのもなんだか良くないことのような気がして、ただ遠くから完治を祈り続けた。7ヶ月ほどの闘病生活。彼女のブログを読み、友人の日々アップする写真を見ては、ただ祈った。

でもごく最近の、亡くなる直前から今日までの友人のtweetや写真は、まさに9ヶ月前に自分がその場にいた空気感と通じるところが多く感じられた。病状が悪化して大切な人との会話がかみ合わなくなっていくときの気持ち、意識が遠のいていってしまうのを目の当たりにする辛さ。深夜病院に呼び戻されるとき(私は病院で父と兄を呼び戻す立場だったが)、本当にさようならの瞬間を目の前で見届けるとき、病院の裏手からひつぎの隣に座って自宅に帰るときの思いを追体験した。

おのずと重なってみえることが出てくる一方で、決して重ねてみちゃいけないんだという意思も強く働いた。39歳という若さで、3歳になる我が子とだんなさんを残してこの世を去ることの壮絶さは私の想像をはるかに超えている、ということくらいしかわかりようもなく、こうした中で友人が大切なパートナーを失う心のうちは、私が母を失うものと重ね合わせようのないものだ。

でも「わからない」というだけで終わらせられるものでもなく、終わらせたくもない。だから私なりに受け止められるものを受け止めながら、彼女の人生を受けて自分を変えていくことができればと思う。

これまでの人生で、これほどまでに生きることと死ぬことについて深く痛く考えさせられる年はなかった。今年は世の中の多くの人にとってそういう年回りなのか。それとも日本にとって?それとも、私のような年頃になると皆体験することなのか。それとも、ごく個人的に私の身辺にこうしたことが立て続けに起こっているんだろうか。いつ終わるか本当にわからない人生、終わりは本当に突然やってくるかもしれない。実際、私の身辺にはそうしたことが立て続いていて、もう残りはそう長くないかもしれない人生で、おまえは何をやるのだ、何をしているのだと問われ続けているような一年だ。

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