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2011-08-17

尺度が伸びた

6月半ばくらいから、自分の生きるスタンスのようなものが変わったなぁという印象をもっている。あるいは、以前よりはっきりしてきたなぁということなのかもしれない。今のスタンスを短くまとめれば「生きている間は、生きていこう。意味があるように、生きていこう」というもので、なんというか、生命力がないような、なくはないような…。でも、けっこう自分の今の自然体を正しく表しているなぁと思う。

私はだいたい自分や世の中のことをマクロとミクロと、あと2〜3個の視点であちこちから見てみるのを常としているのだけど、最近マクロでみるときの尺度ががばっと広がった。以前はばくっと「今の時代にとらわれず」「自分がいる場にとらわれず」に自分や世の中をとらえようという見方だったのだけど、最近650ページに及ぶ初心者向けの哲学史を読み終え、まぁその他いろいろ考える機会を経て、だいたい紀元前600年くらいから一通りの歴史をたどって今なり今後の自分なり世界なりをとらえるというのが基本の尺度になった。尺度が具体的になり、またそれがけっこう長い物差しで、いろんな哲学者の世界の捉え方も踏まえて、自分のことや身の周りのことを捉えるようになった(ミクロはミクロで、相変わらず体当たりで泣いたり笑ったり緊張したりを続けている)。

今年は1〜3月の間、だいぶ落ち着かない日々が流れ、3〜5月くらいは、けっこう一人で考え込んでいることが多かった気がするんだけど、6〜8月を振り返ると、なんだか人と話している時間が増えたなぁと思う。私は人と1対1なり、多くても3〜4人でじっくり話し込むほうが性にあっているのだけど、最近そういう機会が多くある。

まぁだいたい仕事がらみなのだけど、そもそも私が「意味があるように、生きていこう」というスタンスなので、自分が仕えたい案件の話を深堀りしながら、その人と意見を交換したり、そこから派生した思いや考え、おしゃべりをかわし合う時間は極上の時間だ。その一つひとつをとても有意義に感じるし、楽しいなぁ、幸せだなぁと感じる。

そしてまた、そういう人と深く話しこんでいるとそれが、以前と比べて自分のスタンスが変わっているのを実感する機会にもなる。やっぱり人とじっくり話をすると、自分のもやっと考えていること、思っていることが外在化されて、それによって自分を深く理解するってことがいろいろあるんだなぁと再認識する。そうして一つひとつの出会いに、お話しする一人ひとりに、じんわり感謝する。幸せだなぁと思う。地味で賞。

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