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2011-06-30

言うは易し

昨日の晩、営業さんが席にやってきて「例の件…」と相談の続きをもちかけてきたのを、「またこんな深夜にぃ」と追い返してしまった。のを、今朝なぜか顔を洗いながらふと思い出して反省に入った…。

言い訳をいえば、追い返す意図はなくて、のりで反射的に突っ込んだだけだったのだけど、「あ、いや、じゃあ明日でいいですよ」と遠慮して帰っていくのを、まぁ目の前にやらなきゃいけない仕事もあるしな、話が長くなる相談ごとだし…と思って、そのまま見送ってしまったのだった。

営業さんにしてみれば、毎度深夜(といったって20時か21時くらい)にやってくるのも、日中外に出ていて、ほっとして相談を持ちかけられるのがその時間帯ということなのだろうし、私もさして追い込まれていたわけでもないので、「明日でいいですよ」に対しては即座に「いやいや、冗談ですよ」と返して、隣にかけてもらうべきだったのだ。はぁ、自分の心の貧しさを感じる一件。もし本当に追い込まれている状況だったとしても、もうちょっと反応のしようがあったはずで、自分の瞬発力のなさにため息が出る。

まぁでも、(なぜ翌朝なのかは別として…)反省して改めようと思えるだけ、まだ成長の可能性はあるということだ。今朝一番に謝りにいって話を聴こう。

昨今はマスコミに限らずそこら中、「他人に向けた指摘」言葉であふれているけど、それが自分の、本当に日常的なふるまいで当たり前にできているのか、その視点は何より厳しくもっていたい。そう、最近ちょこちょこ思うのだ。人に偉そうに指摘していることが自分でできているのかってこと。

その注意の目を、世間をみる目より自分をみる目のほうでずっと厳しくもっておかなきゃ、人に何かもの言うなんてできない。必ずしも自分で完璧にできていなきゃならないって話じゃない。けど、自分ができていないなら、その状態に対して自覚的でなきゃ。そうでないと、それをすることの難しさを自分では本質的に理解できていない状態で人に指摘していることになってしまう。そんなんで人にもの言うって、そんなのないよなって思うのだ。

日常的に、当たり前にやり通すことって、あらゆる面で本当に難しいと思うのだ。そうやって思い返してみると、いやー、ほんと最近反省することばっかりだ…。時間はかかるだろうけど、自分に厳しく、しっかりおっきな人間になろう。心豊かに、しなやかに。

2011-06-26

まとまらない話

私のなかには、2つの思いがある。歴史に学ぶことを尊ぶ気持ちと、やりたいことあるならやっちゃいなさいよという気持ちと。

三千年を解くすべをもたない者は闇のなか、未熟なままにその日その日を生きる

というゲーテの言葉が身にしみる。人類の歴史なしに今の自分の生活も知識も価値観も成り立たないわけで、「人類の歴史が私自身の歴史」という発想は、見当違いなことじゃないと思う。

私たちは本当に細々とした日々の生活のこと、仕事のこと、自然界のこと、人生観や宇宙のことまで、自分たちの前を生きた人の積み上げた知識・知恵の上に成り立たせている。そういう前提なしに、全部ゼロから見つけ出す必要があったなら、私など火をおこすだけで一生が終わってしまうと思う。

なんて極端なことを持ち出さずとも、仕事の上で、自分より前にその分野を歩んだ人に学んでいることは大いにある。すでに体系化された理論、やり方があり、さまざまな選択肢とその選び方、応用方法がたくさん用意されている。それを無視して、若者がなりふり構わず何の勉強もせずに体当たりでそれに挑もうとすると、大人たちから「○○も知らないで××を語るな」と言われ、冷や水を浴びせられたりする。そういう場面をときどき見かける。

大人の見解は、先のゲーテの言葉にもあるとおり、まさしく大人の意見だと思う。私たちは知らぬうちにも過去から学びを得ているわけで、敬意をもってそれに向き合いたいし、そこから大いに学ばせてもらうべきだとも思う。

一方で、んなこと言ってもなぁという思いもわくのだ。「○○も知らないで××を語るな」の言い分としては、「別に自分ほどそれを掌握してからモノを言えと言ってるんじゃない、××を語るなら最低限これぐらいは知っておけという話だ」ということだろう。

けれど、例えば生意気な若者がこう応えたとする。「最低限ってラインは、あなたの主観的な基準にすぎないわけでしょう。あなたと私では生きている年数が違うんだし、経験年数も違う。基本的に知識差はあり続けるわけで、いちいちそんな主観的な基準で癇癪起こされてはかなわん」と。

あるいは、「じゃあ、それを習得するまでは自分の考えを述べるな、手を動かすなと言うんですか。前提知識がなくても自分で考えるのは大事にしたいし、今すぐにでも挑戦したいアイディアがあるのに、過去の知識を習得するまで手を出せないなんてナンセンスだと思います」と。私はそれに対して、それはそれで全うな言い分だなと思ってしまう。

若者は無鉄砲にやるものだし、どんなに年齢を重ねて過去の知識を積んでも、結局一通りを踏まえて動くなど、人間には無理な話って気がしている。過去の人があらゆる学びを経験し、それを書き残しても、感動や痛みをもって体験していない後世の人間に伝えられることは一部でしかない。戦争や諍いは消えないし、コストや効率化のために安全が確保されない例もあれこれある。

人間は前世から学ぶ生き物だけど、前世から学びきれはしない生き物なんだろうと思う。なんてったって、学べることの限りを極めれば、膨大にすぎる。私たちの多くは研究者や学者じゃない。実務者であり生活者だから、そうそう過去を学ぶために時間を使えない。過去への興味・関心にも限りがある。最低限は…と言っても、その最低限が何かはまた、誰かの決め打ちに頼らざるをえない。

となると、人間だもの、「あなたの主観的な…」という若者も出てくるだろうし、その制止をふりきって大成する人も出てくるだろうと。まぁだから、つまり、大人は大人で忠告をしたらいいし、若者は若者で忠告から学んだらいいし、とはいえ制止を振り切ってでも今すぐやりたいことがあれば、それをやる選択も自分次第でできるのだと、そういうふうに思っておくのが程よいのかな。子どもが大人から学べることの重要な一つに「理不尽」というのがあると思うし…。少なくとも、過去の見解を絶対視せず、自分の答えを考えてみることは、むしろ大事な姿勢だと思う。

結局はやっぱり、バランスの問題なのだ。そしてバランスのさじ加減を決めるのは、結局自分なんだよな。自分にあったさじ加減というのがきっとあるはずで、それを自分で見極めればいい。ただ全員に言えることは、ルールを全部把握することは不可能。そう割り切って、ゲームが終わる前にグラウンドに出て行くこと。じゃないとゲームそのものが終わってしまう。私たちは自分の時間の多くを、ルールを学びながらゲームをして、ゲームをしながらルールを塗り替えていく時間にあてないとってことか。まぁ、まとまっていないけど、ときどき思うこと。

2011-06-25

やることの難易度レベル(走り書き)

L1)やり方を教わらなくても、自然とできてしまう
L2)一度やり方を教われば、必要なときすぐ体が動く
L3-1)やり方を教われば習得はできるが、必要なときすぐ体が動かないので結局やらない
L3-2)やり方を教われば習得はできるが、やる気にならないので結局やらない
L4)やり方を教わっても一度では難しくてうまく習得できないので、必要なときにもやる気にならない
L5)やり方を教わっても一度では難しくて理解ができないので、やれない
L6)やり方を教わるには前提知識・スキルが不可欠で、学べる人自体が非常に限定的

※教わるというのは「授業を受ける」とかに限らず、取り扱い説明書を読むとか、検索して誰かのブログを読むとか、自分で調べる系も含め。

なんてことを蒸した梅雨の土曜の朝、お風呂上がりに走り書いている自分がとても微妙に感じられてきたので、これから街に出て、だいぶご無沙汰していた友だちと再会し、ランチしておしゃべりしてくる。同い年だから女子トークと言っちゃあれだけども、とにかくそうして今日一日は中和されるのだ。

2011-06-21

批判と敬意

さいきん紀元前の哲学の歴史600年分くらいを見渡してみて(本読んでるだけだけど)、人間ていうのは、世の中で起こっていることがどうとも説明できない状態では生きていけない生き物なんだなぁと思った。なぜ雨が降るのか、なぜ雷が鳴るのか、人間は神話を作らずしては生きていけなかったのだろうなぁと。また、それを伝承する必要性にかられたし、されずには生きていけなかったんだろう。

現代でみても、小さい子どもだって幼稚園生にもなれば「なんで」を繰り返すわけで、思春期になれば「なぜ生きるのか」「死とは」という自問に至る。いつの時代も、自分の内界・外界に起こることを説明したい、納得したい、より納得できる説明に到達したい生き物なんだろう。と、勝手に納得。

もとをたどれば太古の昔、まず世界を「神話」で説明する人が出てきて、それを納得する人があり、それをある程度まとまった書物の形で見せられると(パッケージ化って大事だ)、今度はそれを納得できず批判的にみる人が出てくる。世界を「神話」で説明するなんてナンセンス!とみた人は、自ずと「神話」ではない説明のあり方を模索しだす。もっと納得できる説明はないか。その模索の末、新しい見方・考え方が生み出される。そうして「哲学」が生まれる。

哲学に限らず、新しいものが生み出されるというのは結局こういう道程をたどっているわけで、自分が批判的にみたそれあってこそ、新しい模索が始まる。新しい何かを模索する過程でも、「それではない何か」を考えるわけで、好むと好まざるとに関わらず貴重な道しるべをそれから与えられていることに自覚的でありたい。

それとはつまり、他の人によって説明された何か、なんらかまとまった形にパッケージ化された何かである。

過去生み出されたそれがあるからこそ、私たちはそれの上にのぼってみたり、それの背後にまわってみたり、それの対極をイメージしてみることができる。「批判」という見方や行いは、新しいものを生み出すための生産的なプロセスだという認識を、もっとみんなで当たり前に共有できたらいいなと思う。

そのためにはやっぱり、一人ひとりのなかで「批判と敬意」がセットになっていることが必要で、じゃない単品で「批判」だけ突進してきたら、私はやっぱり怖くてたじろぐなぁ…。

「メラビアンの法則」使用上の注意

「就・転職活動時の面接対策」といったテーマで、1時間ほど人前で話すことになった。それで話の構成をまとめていて思ったのが、面接指導のネタとして安易に「メラビアンの法則」を持ち出すのはよくないよなぁということ。意味は後述するけど「見た目重要!」の説得材料に使われている法則。

もちろん、第一印象がすさまじくて、見た目でものすごく損していると思われる求職者に、「見た目って案外重要なのよ」と問題提起する材料として話に持ち出すのはありだと思う。思うけれど、誰でもかれでも基本パッケージとして、この法則を面接指導の話に組み込むのにはたいそう違和感がある。

法則のもとになっている実験場面と面接選考の場面では、状況設定があまりに不一致で、ネタとして持ち出すには相当無理があるように思うし、一歩説明を間違えば、求職者に面接時の「質問の受け答え」を軽視させる悪影響も及ぼしかねない。というわけで私は今回の話には採用しないけれど、もし持ち出すなら正確な情報提供をしないといけない。

「メラビアンの法則」というのは、「好意・反感などの態度や感情のコミュニケーション」を扱った実験で、メッセージの受け手は、送り手の話の内容より声の調子や身体言語といったものを重視することを法則化したものだ。具体的な影響度の比率は次のとおり。(Wikipedia参照)

見た目などの視覚情報(55%)
口調や話の早さなどの聴覚情報(38%)
話の内容などの言語情報(7%)

というわけで「見た目などの視覚情報」の圧勝ぶりといったらない。これが「見た目重視」「第一印象重要」の説得材料として、就職活動の面接対策セミナーなどで使われるようになっていったのだが、「この法則のもととなる実験がどういう状況下でなされたか」という情報がないと、明らかに誤解釈を生む。

この実験は、メッセージの送り手が「maybe」といった言葉を用いて、どちらとも取れるメッセージを送った場合の比率を出している。つまり、送り手の話し言葉に「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」といったニュアンスがあった場合には、言語情報より視覚情報が重視されるが(そりゃそうだろうという気がするけど…)、送り手が「明確な」メッセージを送った場合にはその限りではありませんよという話。

というか、「明確な」メッセージが発せられていたら、そりゃおのずと「話の内容などの言語情報」の比重は高まるだろうと思うし、面接選考の場というのは、基本的に「どちらとも取れる」でなく「明確な」メッセージを表明する場だろうと思う。そう考えると、面接指導の場にこのネタを持ち出すのは、そうとう無理があるなぁと思うのだ。

こういった法則やら調査結果やらは、インパクトがある形で部分的に切り取られて一人歩きしやすい。そうして「採用担当者は、話の内容なんて7%しか聴いていない。大方は入室してから最初の5分、結局は見た目で決まるのだ」といった乱暴な誤解釈を招きかねない。そんなことになっては困る!話の内容はとても重要だ!というわけで、私は自分の話にこの法則は採用しない。むやみに法則持ち出さずとも「見た目重要」の話はできる。と言って、ここにぶつぶつ書きつける…。

アンケート調査とかも、ニュースに載るときにはさまざまな情報が削られていて、インパクトでお化粧されている。究極的なのだと、インターネットを使った調査でインターネットを使っている人の割合を調べて、ほとんどの人がインターネットを使っています的なニュースとかある。そこまで来ると、むしろその調査でインターネットを使っていないと回答した人のことが気になってしまって、なかなか面白い調査だなと思う。

2011-06-20

父の日のメール

12月に帰ったときだったか、夜も更けてお父さんが寝室に行った後、和室で横になっていた母がおもむろに口を開いてこう言いました。「後のこと、頼みますね」と。私は何が心配の種だろうと思いながら、次の言葉を静かに待ちました。母の言葉は「洗濯機や炊飯器の使い方なんかは教えたんだけど…」と続きました。私は、そうかと思いました。心配されるというのは、あたたかいものですね。

2011-06-07

「美しい花」をつくる

このところちょこちょこ頭によぎるのが、世阿弥や芭蕉が生きた時代には「美」を意味する言葉がなかった、つまり「美」を知らなかったという話。柳父章氏の「翻訳語成立事情」によれば、

近代以前、日本では、「美」ということばで、今日私たちが考えるような「美」の意味を語ったことはなかったからである。beautyやbeautéやSchönheitなどは、西欧の詩人や画家などが、作品を具体的に制作する過程で、立止まって考えるときに口にすることばなのである。世阿弥や芭蕉は、当然こういう西欧語を知らず、従ってその意味を知らなかった。つまりその翻訳語である「美」を知らなかったのである。

つまり、西欧の詩人は作り途中に「美」をゴールに見据えることができたけど、世阿弥や芭蕉はそういった抽象観点的な言葉を先に見据えることなしに作り途中を歩んだということ。これは、ものづくりのアプローチとして大きな違いではないですかっ(興奮)。

そして芭蕉のうたを改めてみてみると、「古池や」ですよ、「蛙飛びこむ」ですよ、「水の音」ですよ、なんという具象性。それをして、彼のうたには、抽象観念的ななにかをとらえずにいられない。多くの人が彼のうたに触れて、「池」と「蛙」と「ポチャン」のほか何も感じないでは済まされない。芭蕉は芭蕉で、その「言葉にならないもの」が湧き起こるのをわかって、意図的にこの具象オンパレードをなしていると思われ、芭蕉も私たちもそれを暗黙に承知しているということ。

それはそれとして、じゃあそうでないやり方を当時芭蕉が選択できたのかといえば、それを言い表す言葉の選択肢をもたなかったとも言えるのではとないかというのが、先の興奮。だから作り途中においても、彼は抽象観念的なゴールを言葉に表して見据えることはできなかったのではと(「さび」はあったけど、とにかく抽象語に乏しかった)。つまり、抽象観念を言葉に表すというのは、粋でなかったと同時に、やりようもなかったのではないかと(妄想)。

そこで考えてしまうのが、私たちがもし今も変わらず、抽象観念からものをとらえるより、具象的なものを先にみて、その中に本質をみたり、その上に抽象観念的なものをとらえるほうが肌になじむのだとしたら、ということ。先ほどの本にも、こんな一節がある。

「美しい『花』がある、『花』の美しさといふ様なものはない」(『当麻』1942年)とは、小林秀雄の有名な命題であるが、確かに、かつて私たちの国では、花の美しさというように、抽象観念によって美しいものをとらえようとする言い方も乏しく、したがってそのような考え方もほとんどなかった。花の美しさ、というようなことばや考え方を私たちに教えてくれたのは、やはり西欧舶来のことばであり、その翻訳語だったのである。

昨今、私たちは多くの欧米産の言葉を輸入している。英語をカタカナに書き換えるだけした翻訳語の「○○モデル」や「○○手法」を、盲目的に完成されたものとみなし、現時点で最上レベルの正解の導き方のように受け取る。それが何かという解釈も曖昧なままに、それにのっとろうとし、それにそわないやり方を低品質とみる向きには疑問を感じてしまう。

それはそれで、最上を目指すアプローチとして有意義だと思うけれど、同じ最上を目指すのでも道筋は1つに限定されるものじゃない。「花の美しさ」を生み出そうというアプローチもあれば、「美しい花」をつくろうというものづくりの道筋もあってよいのではないか。

日本人が「美しい花」をつくろうというアプローチでものを作ったとする。欧米人が「花の美しさ」を生み出そうというアプローチでものを作ったとする。どちらのアプローチをとっても、その試みが成功すれば、ともに到達するところは「花の美しさ」をもった「美しい花」だ。

欧米人はそこに「花の美しさ」をみて讃え、日本人はそこに「美しい花」をみて讃えるかもしれない。いずれにしても、両者はともに「美しい花」を手にとるのだから、どっちでもいいじゃないかと。つまり、アプローチの違いと割り切ることができたら、もっと楽しく、自由に、各々がしっくりいくやり方でものが作れるんじゃないかなと。

今の日本人は、近代とは育ってきた環境が違うし、必ずしも近代の日本人のなじむところが今に通じているとは限らない。民族性だけで何かを語ることはできないし、欧米人だろうが日本人だろうが個々人の好みをもっているとも思う。だからまぁ、別に日本人だからどうこうというのでもないけど、それこそ「いいとこどり」する体質を生かすなら、どっちのアプローチも選択肢としてもっと生かしていいんじゃないかなと思う。

こんなことを書きつつ、私はかなり抽象観念から入る体質なんだけど…だからこそ具象化力に長けた人には自分にないものを持っているという憧れがあるのか、作れちゃうなら作っちゃうって攻め方もありだよなって思ってしまう。人が机上で抽象概念戦わせている間に、もの作って出しちゃったらと。でも一番いいのは、お互いが足止めしたり出し抜いたりするんじゃなくて、お互いの活動を支援しあったり力を引き出しあえるチーム作りなんだろうな。そんなふうに働きたい。

2011-06-05

GoogleとFacebook

Tech Crunch Japanの「FacebookがGoogleを廃業に追い込む理由」という記事を読んで、これまでGoogleとFacebookを横並びにして比較する見解に触れる度、自分が感じてきた違和感を書き起こしてみた。この辺りのことって、ど真ん中でWeb専門に仕事している人の頭の中ではどんな認識になっているんだろう。これがほんとよくわからなくて、これ書いたら誰か教えてくれるかなぁと思いつつ書いた。なので「おまえ、浅いなぁ」と思ったら、優しく柔らかい声でそっと教えてください。

前提として、この記事のなかにある「Eric Schmidt氏が嘆いたから」とか「頭のいいGoogleが怖がっているから」というのは、FacebookがGoogleを廃業に追い込む「理由」には値しないと考える。それは、書き手や読み手がこれに関心をもち考察するための「きっかけ」なり「とっかかり」にすぎない。

じゃあ、「理由」はどの辺にあるのかというと、この辺りから始まると思われる。

Facebookはもっと貴重なものを持っている。それは、Web上に実在する本物の人間のあいだに作られる、リアルタイムの結びつきだ。

しかし、これは裏を返せば、Facebookは「Web上に実在する本物の人間のあいだ」以外から生まれるもの、「リアルタイム」ではないものを軽視するシステムを提供する、ということだ。ものに特長をつけるというのは、それ以外を軽視することと表裏一体だ。つまり、本人性やリアルタイム性に引っかからない情報を切り捨てる仕組みに、Facebookならではの価値が湧き上がるということになる。

でも、当然ながら情報の価値基準は本人性、リアルタイム性だけじゃない。だから、Facebookが切り捨てた情報価値基準も含めて、より網羅的な見地から情報を精査し、個々人にとって価値の高い情報リンクをネット上で提供するシステムは、それはそれで必要だと思う。それがGoogleの仕事領域の核ではないかと思っていて、GoogleとFacebookの核となる役割はそもそもレイヤーが異なっているから比較しようがないと思っているのだけど、どうなんだろう。

本人性がついてまわっては言えない本音、Facebook上が前提ではデータ化/情報化することが躊躇されたり、情報化されても注目されにくい情報。そういった情報に、本人性とはまた別の情報価値が想定されるなら(例えば「誰が言った」より「何人が言った」「何を言った」に価値がつく情報)、本人性を伴わずに情報流通する、Facebookより下層レイヤーを確保しておくことは必要であり続けるはず。

普通に生活していても、学校や職場、地域コミュニティや趣味/関心コミュニティ内では本人性が明らかで、それはそれで意味があるけど、街や駅やスーパーを行き交う人の本人性は、少なくとも都会じゃ明らかでないまま生活しているわけで、それはそれで意味がある。そういう領域の確保はインターネット上でも必要不可欠だし、それが大半を占めているほうがむしろ自然な気がする。のは、私が東京で生活しているからなのか。

でも人間誰しも、知人・友人のお薦めを絶対視して何かに関心をもったり行動を起こしているわけじゃない。その分野に無知な知人より、その分野に精通した赤の他人を信用して興味を得たり行動することは日常的にあると思うし。

それに、この記事でいえば、リアルタイムでない情報をまるっと「古文書」や「遺物」とするのはあまりに乱暴だ。一定の普遍性をもつ情報であれば、リアルタイム性以外の観点で情報価値をもっているはずで、1日立ったら全部ゴミというのは、あまりに偏った見方だと思う。

もちろん、あらゆるデータを切り捨てない前提とすれば、扱う対象が膨大なデータ集合になるのはまぬがれないけれど、それをわかっていてやってやろうというのがGoogleではないのかなと。エンドユーザーの気まぐれ文書もはなから排除することをせず、あらゆる情報価値基準を網羅して、個々のユーザーにとってより有意味な情報をよりフラットに価値づけするアルゴリズムを開発し、候補を順位づけしてリンクを提供する。そして最終的な選択、誤差の調整は本人にゆだねられている。

Facebookが存在感を増せば増すほどに、私がGoogleに求めたいのは、本人性やリアルタイム性に特化しない情報の顕在化システムって気がする。私の頭の中のイメージでは、インターネットという地平線の上に、Google層(あるいは検索エンジン層)があって、その上にFacebook層(あるいはソーシャルネットワーク層)がある。地球>社会>コミュニティみたいな。この階層ごとの役割期待に応えていくことが、双方を生かし合う構図ってイメージがあるのだけど。

Facebookが、自分の知り合いが何かに注目して寄り集まっている今を顕在化してくれるというなら、Googleには、誰が集まっているかはわからないけど街に人だかりがあるのを顕在化してくれたり、今を切り取るだけでなく蓄積された過去まで見せてくれる、時空を超え、コミュニティの枠を超えた情報の顕在化を期待したい感じなのかな。

Schmidtさんが嘆いているというのは、あくまでビジネス戦略上、本人性やリアルタイム性を重視したところも、それはそれでやりたかったけど出遅れたからということなのか。んんー、もっと深いあれこれがあるのでしょうが、未整理なままに終わります。

2011-06-04

辞めること

会社を辞めようと思って上司に話した。その数日後、上司の上司に呼ばれて話をした。なんだかんだと6年半お世話になった会社で、私はずっとこの会社と、経営理念でつながってきた。大きな枠組みで、会社が私に期待するミッションも、自分がやりたいことと合致し続けてきた。

私の配属や目標設定は期ごとに変化し、しっくりいったりいかなかったりもあったけれど、会社の経営理念と、大枠で期待される自分のミッションさえあっていれば、そこから先は基本、自己管理の世界だと思ってきた。

会社に期待されていることの責任を全うできるよう、期の目標からブレイクダウンしてそのための施策を計画して実行する。そのときに、その活動と自分のやりたい仕事とのベクトル合わせを行うのだ。「会社から与えられた目標を達成するために仕事をする」のではなく、「自分がやりたい仕事をすると、結果的に会社の期待に応え、目標を達成することになる」という構造の転換を自分の脳内でやってから期をスタートするようにしていた。

長年務めていれば、身構えしてしまうような役割が与えられることもあったけれど、それこそがサラリーマンをやる面白さでもあり、その辺は昔書いたので割愛するとして、よろしければ「サラリーマンする理由」を。そんなこんなで6年半、自分自身で選択している意識をもって、今の職場に勤めてきた。

●会社を辞めようと思った背景と理由

会社を辞めることを考えた背景には、久しぶりか入社以来初めてか、具体的な案件が手元からなくなったというのがある。いつでも辞める選択肢はあると言っても、手元に具体的な案件を抱えているときに辞めるという判断は現実的でない。並行で何本も走るのが常態化すると、いよいよ現実的でなくなってくる。それが、ふいに今走っている案件はないという状況になって、とにかくここで真剣に考えてみるべきなのだと思った。

そこで頭の中に出てきたことの一つが、一つ前に書いた自分の今後の伸び率の見通しだったり、ここしばらく感じていた自分自身の詰めの甘さだったりした。で、乙女チックにいうと「私、このままでいいのかしら」症候群になったと言えるのかも。もう少し具体的に言うと、外に指導者を求めたのだ。外にはもっとできる人材開発の玄人が5万といるわけで、ここの環境を出て、今自分が見えている視界そのものを拡張させないと、40、50歳といったとき、もうなんともならないのではないかという切迫した思いがあった(後から35歳で甘えたこと言ってんじゃないと思い直したが)。

もう一つは、こんな思いを悶々と抱えながら、とりあえず今期果たすべき目標設定ベースで現実的なアクションプランを書き起こしてみて、ふむと眺めてみたら、いやぁー、これ自分でやるって…と固まった。前年度の自分なら、まぁやってみるかと思えた気もする。でも、今期はそれをその規模でなすためのエネルギーが見当たらなかった。目標設定と、自分のやりたいことのベクトル合わせがうまいことできなかったのだ。

これまでも売上目標は抱えていた。けれど、自分のやりたいこととのベクトル合わせができる心の余裕があったので引き受けられた。ただ今回はそういう内側の調整ができるほど余裕がなく、ただただ高すぎる壁に感じた。だから、このプランを実行して達成しますというふうに会社と交わしたら、ベクトル合わせどころではなく目標達成まっしぐらでやらんと責任全うできんだろうなぁと思ったし(でもそのエネルギー不足)、それを実行する気も達成する気もないのに正社員として勤務し、目標設定のミーティングに臨んで毎日出勤できるほど器用でもなかった。結果として、私はとりあえず会社を辞めるという意向を固めて上司に話したのだった。

●でも、辞めるのをやめた

上司の上司と向き合って、私は思うところを率直に話した。私が特段どこに転職するのでというのでもなく、経営理念はあっているが、今期の責任を全うできないとか、こういうところに自分への問題意識をもっていて、その打開には環境の変化が云々とか、ここに書いているようなことをまじめな顔して話すのを聴いて、上司はどういう落としどころがいいのかちょっと会社の側でもアイディアを練ってみるからと締め、一旦保留になった。

それから一週間ちょっと、私は私で、自分が外に発してしまった言葉をいろんな角度から眺めつつ、悶々として過ごした。だいぶたくさん文字や絵をかき散らかして、あーだこーだと試行錯誤したし、ちょうどその期間にいろいろな人としっぽりお話しする機会も重なり、その時々で思うところを、考えまとまらぬままにおしゃべりして、話を聴いてもらったりもした。

そうして1週間経ち、また上司の上司と話す場がセッティングされ、その直前までに考えたことやアイディアやあれこれを共有したら、「それ、正社員でやったらいいよ」って話になって、会社を辞めるのをやめることになった。いや、たぶん。上司の上までが「それ、正社員でやったらいいよ」って同意したらという話だけど…。

●経営理念の直下から自分で考える年頃

つまるところ何をしたかといえば、目標設定をちゃぶ台返しして、経営理念の直下から自分でやりたいことを考えてみて、上司に話してみた。経営理念という一番肝心なところを会社と握れているんだから、あとは自分で、自分の役割をもって何を目指して今期何をやりたいのか、そこから自分で考えてまずは提示してみる必要があったのだ。自分で絵を描いて提示してみて、それを会社が組織としてやりたいかどうかって話で。それもやらずして、いや、今期がこういう年間目標だったら会社辞めます的な反応は35歳の仕事じゃないなと。ってこう書くと、本当にどうしようもない人間みたいに感じられてきたが。

まぁでも実際、前はもう一個下のレイヤーから考えていたんだよな。それ以上は「会社が決めたこと」として変えられない領域と勝手に決めていた。そうとは限らないのに。いわゆるサラリーマン思考には陥らないように注意していたのに、しっかりそれにはまってたんだなぁ。

●辞めること

で、思ったのは、クビだとか、辞めるとか、辞任とかいう言葉はよく踊るけれども、辞めるっていうのはまったく何にも考えなくても出せる、最も結論めいた面構えをした実は結論ではない反応の一形態ではないかと。辞めるにせよ、続けるにせよ、結論とはその先にある答えのことで、それは頭をひねらずして生み出されないものだし、逃げずに向き合ってこそ導かれるものだよなと。辞めるという行為自体は、別に良い悪いという評価を私はもたないけれど、辞めるなら、その先に自分自身の結論が必要になるし(それはそれで結構しんどいものですよね)、辞めないなら、自分の納得に加え、そこにいる自分以外の人にも意味がある結論を生み出す責を負うと。そんなことを思う今日この頃です。

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