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2011-03-12

巨大地震を受け止める

東北地方太平洋沖地震、私は東京のオフィス内にいた。ひどい揺れを体験した。「あ、地震…」と思ってから次第に揺れが半端なくなり、机の下に避難。この揺れをどんな状況で、どんな心境で受け止めているのかと、頭のなかは父の心配で埋め尽くされた。

しばらくして揺れが多少落ち着いたところで、ビルの外に非常階段で避難。向かいの高層ビルがぐらんぐらん揺れていて、周囲は表に出てきた人たちであふれかえっていた。父に何度も電話をかけたが、自宅電話も携帯電話も不通。メールも送信はできるものの届いていないよう。怪我していないか、不安はいかほどかと、終始そればかり考えていた。

会社は、今日はもう(帰れる人は)帰るようにという指示で、私もちょうど午前中で一つ仕事が落ち着いたところだったので、早々に会社を出ることに。デパートの中で比較的すいた公衆電話を見つけ、そこで父の無事を確認して胸をなでおろした。

さて帰宅の途に。電車はどこも動いていない。タクシーももちろん長打の列。というわけで、ありえないほど遠いわけでもないため、徒歩で自宅に帰ることに。iPhoneとGoogleマップに道を誘導してもらって1時間ほどで帰宅。ほんと便利。途中、道を迷っている人にも地図を見せながら駅の方向を示したり大活躍だった。夜中に何時間も歩いて帰った人も多いから、1時間なんて苦労でもなんでもない(寒かったけど)。歩いていても、とにかく徒歩で往来している人がわんさかいて、「みんなで歩いている」という感じが街中にあふれていた。

大変な状況を共有している。誰が悪いわけでもない、みんなでできるだけ生産的に、今をしっかり受け止めて、協力して乗り越えていこうという前提を共有している。これは、けっこう国民性の強さもあるんじゃないかなと思った。日本は地震国を背負っている分、そういう自然災害を受け入れる度量がある国民性ではないかと。

「村上春樹 雑文集」の一節を思い出した。「カタストロフ」は大きな環境変化、破滅や破局の意。

日本人は地震や台風といった自然のもたらすカタストロフとともに生きてきた民族である。極端な言いかたをするなら、自然のもたらす暴力性は精神の中に無意識的にプログラムされている。人々は心のどこかで常にカタストロフの到来に備えているし、その被害がどれほど甚大なものであっても、理不尽なものであっても、歯を食いしばってそれに耐えることを学んできた。「諸行無常」というのは日本人がもっとも愛する言葉のひとつだ-すべてのものは移ろう。日本人は崩壊に耐えつつ、はかなさを知りつつ、我慢強く、設定された目標に向かって進んでいく民族である。

ネット上で情報をみていると、たくさんのあったかい言葉が交わされていて、たくさんのあったかい支援が送られている。ささやかなものもあれば、命がけのものもある。私の行いはごくささやかなものだけど、みんなそれぞれに、生産的に自分ができることを模索している。

誰かが何かしていないことを責めないで。今は、誰かがしてくれていること、自分ができることへの想像力をフルに使うとき。自分に見えているのは、その人の思いと行いの、ごく一部でしかない。きっとみんな、大きな思いはひとつ。少なくとも、そう信じられる人の手によって、世の中は生産的に動いていく。

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コメント

携帯が繋がらず家族と連絡が取れないというのがどれほど不安か初めて実感しました。
まりさんの職場は早く解散されたのですね。うちはあいにく社長が出先だったために指揮を取る人が不在で就業時間が終わるまで出ることもできず。。
もう少し日のあるうちに出ていたら、、と帰り途何度も思いました。。でも私が徒歩で帰る決断がついたのはまりさんのツイッターのお陰です。
外が寒くなってきているから徒歩で帰宅する人は一刻も早い決断を、、と書いてくださっているのを見て決心がつきました。有難うございました。

自分だけじゃない、、皆で歩いて帰るんだ、、という空気が途中何度もめげそうになる自分を支えてくれていました。
私の知人が書いていましたが、こういうときに火事場泥棒みたいなことがないのは日本人の誇れるところだと。。本当にそうだと思いました。日本人のモラルみたいなもの、助け合いの精神が感じられますね。
節電など、今できることを心がけたいです。。

ベルさん
ご無事で本当によかったです。電話やメールなどで連絡がとれない状況となり、私たちは普段、擬似的に時間と空間を越えているだけで、決して本質的にそれを無とできているわけではないことを痛感しました。
私のTwitterのコメントが良いように働いたなら、本当に嬉しいかぎり。でも、ほんとあの寒さだと早く出るに越したことなかったですね。私ももっと早く心を決めて帰っておけばよかったと思いました…。きっとこういう一つひとつの決断の積み重ねで、いろんなことが分かれていってしまうと思うのです。
明るいほうへ、あたたかい方へ、皆で気持ちをあわせていきたいですね。

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