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2011-03-10

35歳になった

早朝から夜中まで、なかなかせわしない一日だった。昨日の夕方、父にメールを送ったのだけど返事がなくて、晩になって電話をしてもつながらなくて、なんだか心配になってしまって急遽実家に帰った。帰る電車のなか、最近のいろんな想いも交じり合って、なんだか感情がゆさゆさし続けていた。自然、涙が出た。

21時過ぎに実家に着き、結局はすでに床についていた父を起こすことになってしまったのだけど、嬉しそうな表情をして迎え入れてくれたので、まぁよしとする。安堵と、あと本当にいろんな想いが入り交じって、母の遺影の前に正座すると、涙がぼろぼろ出た。

私は自分の感情の動きを遠目からつぶさに観察するのを常としているのだけど、そのときの想いがどういうものなのかは、うまいこと言葉に表せなかった。ただ、とにかくしばらく声をころして泣いていたら落ち着いてきたので、ささっと洗面所に行って顔を洗った。居間に戻ると、しばらく父と二人で話した、というか父の話を聴いて過ごした。

そうして床につき、翌朝の今日は6時前に起きて、35歳になったことを母に報告し、父に報告して実家を出てきた。だいぶ早朝からばたばた動くことになってしまったけど、いろんな意味で、帰ってよかったと思った。自宅に立ち寄り、会社に向かい、その後はまたたいそう予定がつまった一日で、夜中まであわただしく仕事を続けた。そして今、とりあえず今日の仕事は一段落して、ここに文章を書いている。

あのとき感じていたのは、あることの自覚に至ったからなのかもしれないなと思う。父を心配し、いろんな感情の揺さぶりを味わいながら、実家に帰り、母の遺影の前に座り、背中に父を感じ、35歳の誕生日を目の前にして。あぁ、私は父を守る立場になったのだなと、こちらが父を心配する立場になったのだと。あれは、静かで確かな自覚、覚悟のようなものが流した涙だったかもしれない。

よっかかりどころなく、自分を立たせ続け、さらに大事な人を守ろうという覚悟には、緊張感とともになんとも心細いものがある。でも、父を心配する衝動を止めるべくもない。やはりそういう年齢になったのだな、と思う。

最近、20代前半で読んだエーリッヒ・フロムの「愛するということ」をぱらぱらめくっていたら、次の一節に線が引かれているのを見つけて、おぉっと思った。

愛するためには、性格が生産的な段階に達していなければならない。この段階に達した人は、依存心、ナルシシズム的な全能感、他人を利用しようとかなんでも貯めこもうという欲求をすでに克服し、自分のなかにある人間的な力を信じ、目標達成のためには自分の力に頼ろうという勇気を獲得している。これらの性質が欠けていると、自分自身を与えるのが怖く、したがって愛する勇気もない。

すみません。突然取り出して提示するには、あまりにいっちゃってる感のある引用…。ともあれ、昔読んだ本を読み返すと、もうすっかり内容忘れているんだろうなぁと思ってめくるのに、意外と自分が長く育んできたものの核を言い表していることがあって、あぁ、この本がきっかけだったのかって気づかされたりする。

この一節が、まさにそうだった。そう、20代前半でこういうことを言語化した文章にふれて、その後いろんな局面で自分の弱さに触れるたび、この指針に支えてもらって自分を律してきたなぁと懐かしく思う。まぁ、まだまだなところも多分にあるけれど。

今回読み返してみて、また印象深く思ったこともある。また10年後くらいにこの本を読んだとき、あぁ、あのときのあれがきっかけで今の自分があるんだなぁって思えたらいい。本質的であること、善良であること、生産的であることから、もう一歩先へ行きたい。

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コメント

お誕生日おめでとう!素敵な1年が過ごせますように!

あやちゃん、ありがとう!いとおしい一年だったって振り返れるように、過ごしたいと思います。

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