« 思うことを話せるということ | トップページ | 母の最期の日 »

2011-02-08

生気の瞬間

日曜の時点で、これはもう一日おきに来ていては母の変化を受け止めきれないなと悟った。そこで今週は、午前休と午後休を切り替えながら毎日半休をとって、「1日目の午後と2日目の午前は病院」、「2日目の午後と3日目の午前は会社」というように動こうと企てた。

これなら身体の負担も少ないし、会社にも病院にも毎日行ける。「1日目の午後」で病院泊すれば、連日病院に泊まりこみかねない妹の負担も交代して軽減できるだろうし、「2日目の午後」で残業すれば、仕事のため込みも軽減できる。

しかし、事態はさらに速く進行した。日曜にわかれて月曜の晩、再び病院に来てみたら、一日しか経っていないのに、母の意識はすでに「今」「ここ」から離れてしまっていた。今がいつかを見失い、ここがどこかを認識していない様子で、目の前にいる私を捉えられなくなっていた。ずっと、くうを見ていて、時々うわ言のようなことを言う。

むごすぎた。一日一日、ものすごいスピードで事態が変わっていく。今日が、昨日より良くなるということはない。それはわかっていたけれど、直視する現実は、あまりにむごくて、言葉がない。毎日、毎日、未消化のまま、もっと先へ、もっと先へと受け止めきれないほどの変化が起こり続ける。

私は、もう間に合わない、月曜のうちにあの話の続きをしてあげないと、と思って来た。ほんの数日前のことだけど、母がまだ意識がしっかりしているときに、私は前世が見えるという人に会いにいったんだという話をしたのだ。ここに書いた話だ。母は、「それで、それで」と興味深げに聞いていた。そのとき大方ポイントは話したんだけど、私がその話で母に最も伝えたかったことを話せずじまいになっていた。

話の途中、看護士さんが身体をふきにきてくれて一旦中断したのだ。何かを話し込んでいるふうに見えたのか、看護士さんが「後にしましょうか」と言ってくれたけれど、母は少し考えた後、それも悪いという感じで「いいわ、お願いします」と応じた。そのとき、母は私に「その話、すごく興味があるわ。また続きを聞かせてね」と言った。

そうして身体をふき始めたところにおばあちゃんがやってきて、帰った後は病院の最上階に車いすを押して散歩に出て。それで母がだいぶくたびれてしまい、そこから数日保留にしたままになっていた。

私にしても、一番伝えたいことを伝えていない心残りがあって、火曜日では間に合わないと思って来た。それなのに、もはや遅かった。もっと早くに、残りの一つのことを伝えてあげればよかったと悔やんだ。だけど、今日はこのために来たのだ、きちんと伝えようと思って、母の手をさすりながら、この間前世の話をしたのを憶えているかと尋ねた。

無反応だった。それでも、話し続けた。あの話の続き。「現世で会っている人は、前世でも身近にいて会っている人なんだって」。やはり、くうを見たままだった。涙が出てきて、「だから、今会っている人とはね、来世になってもまた会えるんだよ」と泣きながら口にしたら、母が突然目を見開いて、はっきりした大きな声で、「あったり前じゃない!」と私を見て笑った。その瞬間だけ、驚くほど母の生気が戻った。私はもう今しかないと思って、「だからまた、会えるね」って声をかけた。当然という顔をして母は微笑んだ。

月曜の数時間、母の手を握りながらずっと見ていたけれど、母がしっかり戻ってきたのは、そのときだけだった。だったけれど、どうしても伝えたかったことを、母は当たり前のことと思っているのだとわかって、少し楽になった。まるでドラマのようなことが起こるものだなと思うけれど、こういうことって本当に起こるのだな。そしてまたすぐに、母はくうに戻っていったけれど。

« 思うことを話せるということ | トップページ | 母の最期の日 »

コメント

貴重な体験読ませてもらっています。
言葉を交わせるというのは貴重なことですね。

五感の中で、聴覚が最後まで生きていると
言いますから、思う存分伝えてあげてください。

気持ちって伝わるんだね。
色んな大切なことを、
たくさんたくさん学ばせていただいています。
最上の時間を過ごしてね。。。

ecoさん、ありがとうございます。
五感の中で、聴覚が最後まで生きているとは、知りませんでした。でも確かに、声や音に対する反応は敏感な気がします。もっともっと声をかけていきたいと思います。答えられなかったとしても、伝えることはできるかもしれないですものね。

アラタさん、どうもありがとう。
さいごのさいごまで、少しでも、あぁ、守られてるなぁって思ってもらえるように、気持ちを届け続けたいと思います。ほんとにありがとう。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/56452/50810253

この記事へのトラックバック一覧です: 生気の瞬間:

« 思うことを話せるということ | トップページ | 母の最期の日 »