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2011-01-25

ささいな善いこと

今日、会社からの帰り道に視覚に障害がある方を見かけて肩をかした。4車線ある大通りの横断歩道で、2車線目くらいで立ち止まり、雑踏のなか白杖をもって耳に手をあてている人がいて、すでに歩行者用の青信号が点滅し始めていたので、これはまずいと駆け出した。

「ご一緒します」と声をかけて肩を差しだしたら、「ありがとう」と言って彼はすっと私の肩に手をおき、すたすた横断歩道を渡った。そこは大きな交差点で、もう一つ横断歩道を右に渡りたいというので、そこまで一緒に渡って別れた。「ありがとう」と言ってくれたので、「はい」と応えてさよならした。

ほんの数分、本当にささいなことだ。だけど、これが昔はできなかった。気にかかっているんだけど、声をかけるまで行けずに、結局通り過ぎてしまったということが何度かあった。それが最近は、自分でいざ!と思う前に、足が駆け出しているということがちょこちょこあって、私もにょこにょこ成長しているのかなとほっとする。

もう少し改まって考えると、私の人生は、こういうささいな善いことの積み重ねで意味をなしているのだよな、と思う。世界を大躍進させるような大きなことはできないけれど(という時点で大きく出過ぎだけど…)、ささいな善いことを積み重ねながら生きていくことはできそうな気がしている。仕事にしても、何にしても。

あくまで自分が善いと思うことって前提になるけれど、ささいな善いことを、ないがしろにせず一個一個大切にして生きていけたらいいなぁと思う。たぶん、まだまだいろいろできることがある。やれていないことがある。それを丁寧に一つひとつ、やって生きていきたいと思う。

都会の雑踏のなかで、気づける目、駆け出せる足、声かけられる口、乗せられる肩、ささいな善いことのために当たり前に動く心と体と表情を、ずっと育みながら生きていけたらいい。

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コメント

読んでいて心が温まりました。
些細なよいことをすると自分自身の心もあたまりますよね。
そういうことの積み重ねは自分にも返ってきます!
私も見習いますね。

TSUBさん、自分自身の心があったまるってほんとですね。お礼を言いたいくらいです。(笑)

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