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2010-12-30

母の泣き顔

晩に母の余命宣告を受けた翌日の28日、少し気持ちを落ち着けて、荷物をまとめて千葉に戻った。年内最終日の会社は休んだ。母への贈り物を買いに新宿のデパートに立ち寄ったが、店内も駅や電車内も年末年始で家族連れが多く、いろんなことが思い出されてけっこう参った。

直接病院に向かえば面会時間に間に合う時間だったので、東京から病院に直接向かった。しかし千葉に入ってから、事故かなにかで電車が止まってしまって、途中からタクシーに乗り換えたら、思った以上に遠かったらしく…、なんと高速道路に乗る羽目になったり、降りても渋滞続きで、不憫に思ったタクシーの運転手さんが途中で料金メーターを「ここまででいいよ」と止めてくれたほどだった(それでも結構な額だったが…)。

そんなこんなで、面会できる時間ぎりぎりに滑り込むような形で病室に入ると、ちょうど母と、父と兄が、病院の医師から今後の治療法の選択肢など説明を受けているところだった。その日は父と妹が日中見舞いに訪れていたが、一旦家に帰り、父だけ医師の説明を受けに晩に病院に戻っていた。説明は終盤で、ほどなく終わった。余命宣告以後、母と初対面した。私は、できるだけ平静に話をした。着いてすぐ面会時間がすぎてしまったので、そろそろ帰ろうということになった。

そのとき、母は立っている状態だったので、出口のほうまで私たちを見送ってくれた。前に立っている兄に、母は握手を求め、兄がそれに応えた。母は兄を抱き寄せて、泣いた。兄は長く、だいぶ遅くまで仕事しているので、母は「体に気をつけて」と言った。まるでさいごみたいなことを言うと、思った。

その後、兄の後ろにいた私に向き合った。母は私を抱きしめた。泣いていた。悲しい気持ちが全身にあふれていた。私はできるだけ気持ちが伝わるように、母を抱きしめた。たぶん、気持ちが伝わったと思う。私と母は、その間確か、特に言葉は交わさなかった。母と私は、たぶん、すごく魂が近い。勝手な思い込みだけど、彼女もそう思っていると思って生きてきた。体を離してドアに向かった。彼女は泣きながら笑って手をふった。あんな泣き顔を見たのは、初めてだった。おいて帰りたくなかった。連れて帰りたかった。

病院を後にして、父と兄と私で、ご飯を食べて帰った。妹が家にいた。数日は、父と妹と私の3人で、この家に再び共同生活。とにかく全面的に、母のために心も頭も体も時間も、使い果たす。母にも、父にも、みんなで戦っているんだという支えが少しでも感じられるといいなと思う。

年末年始に、こういう文章をひとめにふれるところに書き連ねるのがどうかという思いはないわけではないけれど、きちんと、今思うことを書き残しておきたいので、書いています。書き残しておきたい理由を掘り下げようと思っても、その奥の理由はまだ言葉にならないのだけど。

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コメント

ご自分のために、そしていつかここにたどりつく誰かのために、いま書きたいと思うことはぜひ書き残してください。

3年前、私の父がお母様と同じ病気にかかりました。父の場合は場所がかなり珍しく、症例が少なすぎて余命宣告すらできないと言われました。一度だけ手術をうけて、あとは検査を続けながら今のところ無事にすごしています。

父のことからはじまり、今年は特に「命」について考させられることがたくさんあって、生きていることはそれだけで奇跡なのだと心から思うようになりました。お母様だけでなく私たちひとりひとりみんな同じ。与られた時間の長さはわからないけれど、精一杯生きましょう。

お辛いでしょうが、体に無理のないよう過ごしてくださいね。

一連の日記、今はじめて全部読みました。

まじかよっ・・・。なんでだよ。会ったことないけど、大切な友達のお母さんだから、涙がでたよ・・。

なんと言葉をかければよいのか分からないし、オレに言葉をかけてもらいたいと思ってないかもしれないけど・・。沢山の想いや感情が錯綜するだろうけど・・。

お母さんのことを最大限に大切にするのと同時にあなた自身の心と体も最大限大切にしてあげてください。

ブログやメールや日記や会ったりや、誰かに何か話したかったり聞いてもらいたかったりしたら、すぐに連絡ちょうだい。いつでも待ってるよ!

せんがんさん
温かいメッセージを、本当にありがとうございます。「いま書きたいと思うことはぜひ書き残して」というのは、本当に救われます。ありがとうございます。私も、今この状況でしか書けない言葉が「いつかたどりつく誰か」の何かになるのではないかという思いが漠然とあって、書いているところがあります。
あと、母の生きたことの尊さを、なにか私のできるかたちで表したいという思いがあります。それを、こんなふうに受け取ってくださる方々に囲まれて自分が生きていることに、心から感謝しています。
親にあたえてもらった命を、精一杯生きたいですね。

かず~さん
ありがとう。母を思って温かい涙を流してくれたことを、とてもありがたく思います。涙って温かいんだなぁと、最近気がつきました。
私は今感じられるかぎりの感情を受け止めて過ごしています。また、少し落ち着いたらぜひ会いましょう。ゆっくり語らいましょう。家族で、どうか良いお年をお迎えください。

こんにちは。
いまそこに、書き残したい感情があるのなら、それは、書いていいことなんだとおもいます。誰かのためとか自分のためという以前のことのような気がする。
うーん。運命というか使命というか、そもそも、生きているという活動そのものなのかも。

いまから家族としてできることは、たくさんあると思います。2011年、お母さんを含め、みんなで、できることを精一杯やれたらいいですね。

ご家族の様子が垣間見て、なんかとても素敵だなあと思いました。

ふうりさん
メッセージをありがとうございます。
ほんとそうですね、生きているという活動そのものなのかも。書き残したいというのも、もっと率直に言うなら、書きたいという衝動といっていいかもしれません。そういうものをさえぎらないように、2011年生きていきたいですね。今年もよろしくお願いします。

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