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2010-12-31

父のラブレター

入院した翌日から、父は毎朝「おはよー。」から始まるメールを母に送っている。面会にも毎日行っているが、面会時間は午後からなので、朝はメールを送るのだ。基本的に母は父につれないのだが…、29日のラブレターには母から返信があり、父はうひょひょーいという感じで飛び跳ねて喜んでいた。まるで中学生男子が好きな子からメールの返信をもらったような様子で、どきどきしながら母のメールを開封した。

「そう来たかぁ」などとつぶやきながら、返信文面の読解に苦慮しているのを横目でみていると、「やっぱり信頼されていないのかなぁ」と私に尋ねてきたりする。まさしく中学生男子の趣きだ。

父は自分が送った文面を私に見せるのをいとわず(そういうところが本当におもしろいなぁと思うのだけど)、「27日にはこれを送って、28日にはこれを送って、で、今日はこれを送って、その返信がこれなんだけど」と一通り見せて、「これってやっぱり俺が信頼されてないってことなのか…」と、またべらべらしゃべり続ける。

「わかってないなぁ、そこは、お母さんの希望をかなえるのが自分の幸せなんだからいいんだよって返してあげればいいんだよ。お父さんを信頼してないんじゃなくて、ただ遠慮してるだけなんだから」などと話すと、「そうか?そうなのか」と言って、また少し上向きになって返信文面を考えだしたりして。どこの中学生坊主だと思うが、親のしていることだと思うと、なんだかほのぼのする。

母に送るメッセージは、もちろんのことだが父が毎日熟考して仕上げる。晩から考えて、寝床で思ったこと、夢に出てきたことなどを都度書きつけておいて、朝起きてからそれを紙にまとめる。それを娘たちに見せて、そこで建設的な意見を受け付けたりする。長すぎる!とか、ここんとこは病院に行ってから話せばいいんじゃないの?とか、つまりこういうことでしょ?という要約などを口にすると、「そうかぁ?」と父がすきずきで採用したりしなかったり。

「熟考して仕上げる」という表現がしっくりいく日々壮大な朝のラブレターだ。それを妹が清書(携帯メールに打ち込み)して送信する。心を込めて文章をしたためるところまでが大事なので、入力は自分でなくてもいいらしい。自分でも携帯メールは使えるのだが、日ごとに文面が長くなっていくので、長文となると日が暮れてしまう。しかし、これは朝送らなくてはならないのだ。ということで、妹の出番である(私は携帯操作に弱い…)。

そうそう、この事態になって以来、父はずっと母のことを「お母さん」と言わない。子どもたちしかいないところでも、概ね母を名前で呼んでいる。そのことに、たぶん本人は気づいていない。家族の中で、もしかしたら私しか気づいていないかもしれない。が、もはや100%と言っていいくらい、今父は母を名前で呼んでいるのだ。それが、父にとって母が、子どもたちの母親ではなく、自分の妻としてしか見えていない程であることを如実に物語っているように思えて、静かにそれを愉しんでいる。

また、家にいても母の名前を頻繁に口にする。私があれこれの家事をやっていても、彼女はこうやっていた、生活の知恵だねぇとよく口をはさみ、こりゃ舅と嫁の関係だったらたまったもんじゃないだろうなぁと思うほどなのだけど、幸い私は娘なので、愛らしいなぁと思いながら「はいはい」と、言うことをきいている。そんな温もりを感じられる日々でもある。

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