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2010-12-27

守る力

久しぶりに声をあげて泣いた。私よりつらい人の前で泣くのだけは我慢しようと思っていたのに、見事に決壊して両親の前でボロボロ泣いてしまった。涙は不平等だと思った。もっと泣きたい人が堪えているというのに、なぜ私のもとから先に出ていくのか。

昔、どんなに悲しくても涙は「8分しか流れ続けない」と聞いたことがあるが、あれは「8分おきに流れる」の間違いじゃないかと思う。それくらい、一旦止まってもまた…と断続的にやってきて、どれだけ流しても涙がかれない。

それでもとにかく、この週末実家に帰って、母と、父のそばにいられて良かったのだと、これだけは確かなことだと断言できる。実家に帰ってよかったというより、この週末私が実家に帰らないということはありえなかったのだという感じがする。細かいことはここでは書き控えるけれど、とにかく激動の週末を過ごして、日曜の夜遅くに東京に戻ってきた。

母と、父を、守ってあげたい。私の、力の及ぶかぎりではあるけれど、週末の時間を両親と過ごして、私は自分が、兄でもなく妹でもなく、自分だから二人にできることを、肌でつかんで帰ってきた気がする。それに、時間と場所を同じくしないと、どうしたって支えてあげられないことがあることも、すごくよくわかった。そばにいる父がどんな思いか、ひしひし伝わってきた。

私の心の器は、実はほとんど自分の感情で満たされることがなくて、多くの場合「それ」に関わる人たちの感情を入れ替え差し替え、自分の心の器に入れてみて感じ取るというふうに使われている。意識的にそうしているというより、衝動的にそうなってしまうといったほうが正しいのだけど。

だから、ここ数日は父と母の心を入れ替わり立ち代わり憑依させているような状態で、私自身というより、父と母の涙を代わりに流している感じすらある。もちろん結局は、私の勝手な憶測の持ち込みなので、二人の本物のつらさにはきっと及ばない。ただ、及ばなかろうがなんだろうが、この衝動は自分にも止めようがない。普段なら、衝動とはいえ時と場合のコントロールくらいしていると思うのだけど、今回ばかりは難しい。

だから、涙はまた親の前でこぼれてしまうかもしれない。けれど、もしそうだとしてもそれは仕方ないと割り切って、泣きながらでも笑って、泣きながらでもてきぱき動いて、泣きながらでも目をしっかりみて話したいと思う。それを我慢して、何かを伝え損ねたり、やり損ねるのは、きっともっとつらいことだ。

年末の仕事納めをしたら、再び実家に帰る。そこでまた自分のできることをしてきたい。そして、少し離れた東京からも、できることを一日一日届け続けたいと思う。

ただ普通に生きていくだけで、ただ前向きに、健やかに、平凡に、人に感謝して、事に仕えて生きていくだけで、こんなに悲しい思いをしなきゃならないなんて、人生ってむごいなと思う。けれど、それもかけがえのない人とのつながりがあってこそ。そのことへの感謝の気持ちを大切に、どんなときでも温かく人を包み込める強さとしなやかさを、静かに鍛え上げていきたいと思う。

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コメント

なんというか。。。。ね。
結局のところ、手持ちの強さとしなやかさでも、包みこんであげるしかない、というかしなきゃなんだよね。

なんつーか、かける言葉が見つからないけどさ。
別に鍛え上げなくても、親に分け与えてもらった強さとかしなやかさを、その範囲内で返してあげれればいいんじゃないかと思うよ。

気負わずにね。

おかもとさん
ありがとうございます。ほんと、そうですね。親に分け与えてもらったもの、私はそのかたまりでしかない。それを、しっかり返していこうと思います。

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