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2010-10-04

概念と対象の不一致

まったく同じ出来事に出くわしても、それについて言い表す言葉が人によって異なるということは、ままある。

顕著な例では、男女の「差別」と「区別」とか。男女を比較する類のものに出くわしたとき、大方の人はそれを男女の「区別」として受け取っているのに、躍起になって男女「差別」と訴える人がある。あれを見かけると、もしや「区別」という概念を知らないのではと不安になる。

言葉として「差別」と「区別」の双方を知っていたとしても、具体的な物事、行為、出来事を目の前にしたときに、知的技能として「差別」と「区別」を使い分ける能力を身につけていないと意味をなさないのであるな、と思う。

もう一つ例を挙げるなら、「意見」と「苦情」とか。どちらかというと否定的な声をお客さんからもらったとして、聞こえてきた声を「意見」という言葉で捉えるか、「苦情」という言葉で捉えるか。「新しい意見が出た」と受け止めるか、「また苦情が出た」と受け止めるか。「意見を活発に出してくれる人」と受け止めるか、「厄介なクレーマー」と受け止めるか。

同じ人、同じ行為、同じ出来事でも、受け取り手によって名前のつけられ方は異なる。その人がいかにその対象を概念化するかによって異なってくるのだ。それは、個々の目に映る世界そのものに違いが生じているということに他ならない。

エスノグラフィー入門 <現場>を質的研究する(小田博志著)より。

概念と対象とがピタリと重なることはありえませんし、対象を狭めたり、歪めたりする可能性は常につきまといます。(略)このリスクを防いで、対象をよりよく捉えられるようになるために、自分が使う概念について省みることが必要です。

願わくば、できるだけ健やかに、できるだけ建設的に、できるだけ心豊かに、あらゆる対象の概念化をなしたいと思う。日々そんなことを思いながら生きているのであるよ。

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コメント

最近ちょっとしたきっかけで言語的相対論に興味を持っているのですが、Wikipediaによればベンジャミン・ウォーフは
「言語は認識に影響を与える思考の習性を提供する」
と述べている、とのこと。
まさにその通りではないかなあと思ったりしてます。

「言語的相対論」なんというむつかしい面構え…。ちょっとしたきっかけでこれに興味を持つnoriyoさんに脱帽です。。「言語は認識に影響を与える思考の習性を提供する」これまた難…と思ったけど、口に出してみるとその通りだなぁって思いました。深く理解できていない気がしますが、直観的に理解。(笑)
自分が発する言葉が自分をつくる、そういう面があることは強く意識して日々言葉とつきあっています。何をどう発し、何をどう発しないか。この意識は一生大切にしたいですね。
今度ぜひ、言語的相対論についてお話し伺いたいです。

職場で身近にいる人を思い出し、すごくこの例がわかるわかる、、とうなづきながら読みました。

私の思い浮かべている人の場合は、発する「言葉」というよりは物事の捉え方がほぼ全般的に「被害者意識」に基づいているんです。
なので「文句を言われた」と言ってもよくよく聞くと全く文句じゃないとか、「否定された」と言うけど話を聞いたらそれって否定されたわけじゃないじゃん、、みたいなことばかりで。。

上に書かれていた「差別」と「区別」、「文句」と「意見」も言葉の使い方にはその人の物事の受け取り方・考え方が顕著に表れていますよね。
心の器が狭かったり被害妄想に陥っているときにそういう言葉をよく間違えて使いそう。。

私もできるだけ肯定的に、建設的に物事や人の言動を受け止めたいと日々心がけるようにしていますし、まさにそのとらえ方が自分のその時の心の器の大きさ(余裕があるかないか、へこんでいるか等)を反映しているように感じます。

確かに、驚くほどデフォルト被害者意識の人もときどき見かけますね。同じ職場とはなかなか大変だ。心中お察しします…。
でもやっぱり人ごとじゃなくて、おっしゃるようにその時の心の余裕のほどで同じ人間でもものの見方、捉え方って変わりますよね。私も余裕がないときは、なんて偏狭な…と後で恥ずかしくなってしまうようなことがあります。
後で反省…じゃなくて、その場で余裕を取り戻すように、年を重ねるごとに少しずつできるようになってきたかなぁ。そうありたいもんです。

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