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2009-08-12

絶対的に善なるもの

村上春樹の「1Q84」を読んだ。BOOK1が550ページ強、BOOK2が500ページジャスト、あわせると1000ページ以上になる大作。当初これだけの長編を読みきれるかどうか不安だったのだけど、結局私にしてはかなりハイペースで読了できた(ことに感動)。さすが村上春樹。

とはいえ、仕事の書類とうってかわって、私は小説となると全体の構成を捉えることなんかにほとんど意識を働かせず、ただただそのストーリー世界に漂うようにしてページをめくっていくので、あらすじも語れないし、それがどんな意図をもってどう書かれたとか俯瞰視点で持論を展開することもできない。

記憶力がないこともあり、まぁ自分の好きなように読めばいいじゃないと割り切ってしまっているところがあって、どちらかというと小説は、読んでいる道中を愉しみ、また途中途中の道草を愉しむ読み方に落ち着いてしまった。そもそも企画書とかと違って「このストーリー展開は妥当である」とか答えのあるものじゃない気がしているから、そこに頭を使う気力がわいてこない。

と言い訳めいたことをぶつくさ言って、あらすじっぽいことは一切書かない(書けない)けれども、私が最もうなった一節を引用。

「この世の中には絶対的な善もなければ、絶対的な悪もない。」と男は言った。「善悪とは静止し固定されたものではなく、常に場所や立場を入れ替え続けるものだ。(中略)重要なのは、動き回る善と悪とのバランスを維持しておくことだ。どちらかに傾き過ぎると、現実のモラルを維持することがむずかしくなる。そう、均衡そのものが善なのだ。」

前半は私の中にかなり定着している考え方。自分の中の善悪の価値観はあるものだし、その中には生涯守り通したい“静止し固定化されたもの”もあっておかしくないけれど、それは決して万人にとって普遍的・恒久的な善悪の価値観でないこともわきまえておきたい。50年前に時間を戻すだけでも今の価値観なんていくらだって崩壊させられるし、現代だって地球の裏側にまわれば日本の価値観と善悪逆転するものがごまんとあるだろうし。

さらにカウンセラーなら、自分の価値観や世の中の一般的な価値観がどんなものかを意識的に把握しておく必要があるし、それが無意識のうちに相手へのおしつけにならないよう自分の意識を舵取りしていく必要があると思う。持続的に。そして、我慢して相手の価値観を尊重し、自分の価値観を押しとどめるのではなくて、健やかに当然のこととしてそうできるスタンスがすごく大事だと思う。そこには自分なりの哲学が必要だ。

「大方の人はこの行為を悪だと言っているから悪だ」とも言えないし、「世の中すべての人がそれを善だと言い、だけど自分はそれを悪だと思う場合に、その悪だと思う自分の感覚が間違っている」と論証できるものは何もない。だから、答えを出すときには対象と目的が必要になる。「誰のため」「何のため」の課題かをはっきりさせて、それに最適な答えを出す。私はそういうふうに考える。直観は使うけど、主観は使わない感覚が大事かなぁと。

という感覚はけっこう以前からあったんだけど、実は今回「1Q84」を読んでいて自分をうならせたのは、先の後半の「均衡」の部分。ただ、これをまだうまく言葉に表せない…。曖昧だった思想が、本質的なところで自分の腹に落ちたというか。

絶対的な善が必要なときにはまず均衡をあたれってことかな。でも絶対的な善は具体的な効力をもたないので、そこから均衡を意識的にくずして相対的な最適解をとりに行く必要がある、最適解をとりに行く旅の出発点として絶対的な善は機能するって感じ。説明になってない…。言葉にするより自分のものの考え方に反映されるものかなぁと思うので、目立たないところで私の内側で活躍させたいと思う…。

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コメント

公私、いかなる状況においても
・色んな意味でのバランス感覚の鋭さ
・均衡のとれた言動
これに優れている人は、抜群のスーパーマンだと
思います。
さらに、当意即妙というか、その時、時代、場所に応じてその感覚を柔軟に変動させることができる人。これが、超スーパーマンと思います。
上司にそんな尊敬できる人がいます。抜群のセンスを持っていると思います。
私は、まれに抜群のバランス感覚を発揮できたりすることが、ほんとまれにあるのですが、大概は井の中の蛙で大海が見えてない言動に終始してしまいます。
大海を晴れの日も雨の日も風の日も波が荒い日も、その時々の状況の変化に柔軟にバランスを保ちながら安全に巡航する大きな船になりたいです。
私の名前の”洋”には、そんな意味がきっとあるんだと思います。

かず~さん、コメントありがとう。ずっと忙しそうだけど、夏休みはしっかりとれているでしょうか。
身近にそんなスーパーマンがいるなんて素敵ですね。
でももっと素敵なのは、かず~さんがその環境にしっかり気づいていることですよ、と思った。そして自分に対して、こうなりたいってイメージももっている。そういうふうに外の環境と内なる思いがそろうと、ぐんぐんなりたいイメージを自分のものにしていけるんだろうなって思います。
いい名前だよね。かず~さんの日記を読んでいると、着実にそういう“洋”の部分を自分のものにしていっているように私は思います。いつも自分を素直な目で省みて、伸ばしていきたいよね。

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