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2009-07-11

健康な自信と、不健康な慢心

「走ることについて語るときに僕の語ること」という村上春樹さんの本の中にある一節。

健康な自信と、不健康な慢心を隔てる壁はとても薄い。

このあたりのことはかれこれ10年近く意識を払ってきたことなんだけど、こんな研ぎ澄まされた言葉で言い切ってもらえて、数年前この本を手にした時はたいそうドキリとしました。

村上春樹さんの頭の中というのは、私の頭の中からもやをとった状態というか、つまり人となりを形作っている成分はものすごく似ていると勝手に思っていて、いろいろ勉強させてもらっています。彼が紡ぐ言葉を受けて、自分の頭の中を自己認識させてもらいながら生きている面が多分にあるというか。まぁ私のほうがゆるいしあまいし、不純物がだいぶ多いと思いますが。

「走ることについて語るときに僕の語ること」という本の中では、「小説を書くことについて多くのことを、道路を毎日走ることから学んできた」と書いていて、そこで挙げていることがまた、私がけっこうあれこれ考える事柄です。

どの程度、どこまで自分を厳しく追い込んでいけばいいのか? どれくらいの休養が正当であって、どこからが休みすぎになるのか? どこまでが妥当な一貫性であって、どこからが偏狭さになるのか? どれくらい外部の風景を意識しなくてはならず、どれくらい内部に深く集中すればいいのか? どれくらい自分の能力を確信し、どれくらい自分を疑えばいいのか?

こういうことのさじ加減を思考するあたりが、村上さんと自分が似ているなぁと思うところなんだけど、もしかするとたいていの人が考える一般的なテーマなんでしょうか。その辺はよくわからないけど。でもこんなことを全員が全員考えているような世の中ってのもなんかちょっと厄介かも…。

いずれにせよ、たぶんこの手のことは「自分はもう大丈夫」ってことは一生なくて(そう思った時点でたぶん慢心寄り)、常々自己チェックの目を働かせておくことができているかどうかなんだと思うので、私はちょこちょこ意識的に考えるようにしています。

まぁ難しい問題。難しいもんだい。江戸っ子ふうに発声するとおやじギャグになるおまけ付き。

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コメント

たぶん、みんな意識してるんじゃないかな~?
気をつけたいのは、このバランス感覚はあくまで自分にしか当てはまらないって事。

自分の感覚を、人に押し付けるようにしないように、気をつけてます。

yasuさん、コメントありがとうございます。
「気をつけたいのは、このバランス感覚はあくまで自分にしか当てはまらないって事」ってほんとおっしゃるとおりですねー。
自分にとって良いバランスが、自分の中でクリアな状態が一番健やかなんでしょうね。まぁでも、どうなのかなーうーんって考えてゆくのも人生のたのしみか。ということにしとこう。

「走ることについて語るときに僕の語ること」、いいですよね。僕は村上春樹の小説をずっと読んできましたが、すごく好きかというとそうでもなくて、このエッセイが一番好きなんです。

にもかかわらず、「健康な自信と、不健康な慢心を隔てる壁はとても薄い」という一節があったことを覚えていませんでした……。健康・不健康って簡単に言いますが、それを誰かに向けて使うときは難しい言葉ですよね。

僕は走ることを習慣にはできませんでしたが、ランナーをある種の憧れを持って見ています。何より、走る人の姿って美しいですから。

おぉ、sasakiさん。いらっしゃいませ。
私も実は小説よりエッセイのほうが好きだったりします。(笑)
しかしこの本はほんといいですよね。私も読んでいる間は仕事のときの自分や、あと水泳しているときの自分と重ね合わせては感じ入っていました。
でも同じくこの一節があったことは覚えておらず、最近再び手にとって折り目のついているところを読み返してみたときに、おぉ!となったわけです。
「それを誰かに向けて使うときは難しい言葉」っていうのはほんとそうですね。自分に向けて使うっていうのが一番正確な取り扱いな気もします。
私も今は「泳ぐ」のが一番と思ってプールに通っていますが、プールがないところに住むことになったら「走る」に変わるかなぁと思ったりします。長距離ランナーが肌にあっているようです。今後ともごひいきに。

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