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2009-05-21

人体実験

4月から引き続き、ゴールデンウィークもその後の平日も週末もせっせと会社に通い続けておりました…ら、もう5月も下旬に。今なお新しい案件は増え続け、いろんなものが走り続けているのですが、精神的にはここ1日2日で急に落ち着いたところがあります。まぁいずれまたハマるでしょうけれども(いつもその繰り返しなので…)。

とにかく数日前までは相当参っていて、しかし方々に気を張っていないとダメな状態続きだったので(その状況はまったく変わっていないのですが)、一日の仕事時間をまっとうすることで全精力を使い果たし、会社を出た瞬間から半分透過してんじゃないのかってな具合で家に帰っておりました。

そしてまた職業柄なのか体質なのか、そういうときこそ何人もの私が中でフル稼動するのでして、これがまた相当疲れるんだけど自分でも止められない…。一人は私の[身]をなしているもので、これは半分透過状態で歩いている人。そこから一つ内面に入ると私の[心]みたいなのがいて、これがまた相当追い込まれてぐずっていた人で、よく考え(すぎ)るのとめっぽう素直なのが特徴。

この辺りの生身の私たちを常に論破するのが[頭]の私で、さらに暇さえあればいろんな人を憑依させて「私の立場からみたらそうかもしれないけど、だれだれさんの立場に立ったら私にこう動いてほしいと思うのは当然なんじゃないの?」とか言う[他の人]も私の中にいる。時にうじゃうじゃ…。

すると私のインターフェイス寄りにいる2番目の[心]が「ですよね、すみません、甘えたこと言ってましたよね」と素直に受け止める。さらに「自分で規定している自分の役割を捉え直す時期なんじゃないか」とか「でもこの状況でそこまで引き上げて本当に責任をもってまっとうできるか」とか「でもいつまで続くかわからない人生で今ここで踏みとどまるって法もないんじゃ?」とか「じゃあ、どこまでなら責任もって預かれて、どこから先は踏みとどまらないと無責任なのか考えなきゃ」とか「そもそも私がしたいことは…」とか、まぁほんと苦しいくせによく考える。それも比較的非生産的に…。

その4人のなんとか劇場を遠くから見ていて、つどつど「相当ぐずってますね」とか「その論理って正しいけど、論理の正しさだけが正解を決める鍵じゃないし」とか「甘えちゃう自分も受け入れることで人を心から受け入れることができるのだし」とか時々言ってくるおじいちゃんみたいな人もいて。仮に[仙人]とでも。で、これができた人なのかというと「できるだけ客観的であろうと思ってるけど、わしも結局私の中の人だからどこに主観が出てくるかわからんしねー」と無責任なことをのたまう。って本当に何劇場なんだ…。

でもまぁこういうふうに追い込まれたときって、カウンセラーとしてはいろんな感情体験の収穫期みたいなもんなので、自分の見たくない自分もここぞとばかりえぐりだすくらいの強さがないとやっていけないと思っていたりする(ってあなたは誰…)。

そうして自分の中の弱さや情けないところを認めていく、ある種許容していくことで、他の人がもつ弱さや情けない面を心から受け止められるようになるんじゃないかって思う。「自分にはそんな弱さはないし、そんな情けないこと思わないけど、この人は弱い人だからそんなふうに思うんだなー」とかってどこかに差別意識がある状態で向き合っているうちは、たぶん本当の意味でその人のカウンセラーを務めることなんてできないんじゃないかなって思うから。

そんなおごりが間違っても出ないように、自分の弱さにはとことん自覚的でありたいし、そこはすごくつらくてもどんなに痛くても機会あらばえぐるように掘り起こして探り当てて自分の目でしかと見届けておかなきゃって思うのです。というか無意識にそう働くように私の人体ができている。そんなわけで人体実験を受けているような数週間でした。これで少し優しさ強さが増量してることを願ふ。

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