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2008-07-31

1日10万使いきりゲーム

今日は10日ぶりのお休みでした。というわけなのかどうなのか、お昼時くらいにむくむく平日の休日を満喫したくなり、銀座にお買い物に出かけました。

買い物らしい買い物をした記憶を呼び覚まそうとすると気が遠くなるくらいしていなかったので(こないだの本棚も実は2千円台だった…)、今日は心置きなく買い物しようと思って、心置きなくしてきました。

夏休みに海外旅行に行ったと思えば、今年も地味に休暇する私は怖いものなしです。iPhoneだって買ってないし、テレビだって相変わらず買ってない。「○○してたと思えば安いもの」っていうのは、思い切りができていいですよね。使われちゃおしまいだけど。

そんなわけで、ノリ的には「今日なら10万円以内でなんでも買ってよくて、明日になったらそのお金は一切価値がなくなる」ってゲームやってる感じで、あまり考え込まず、かなり気分で買い物してきました。まぁ実際、ぼーっとしてるとあっという間に半年くらい経過しているので、結構現実な話。

で、結果どうだったかというと、気分で買い物した割りに、明日から使えて長く愛用していける感じの品々に囲まれ、ほくほくしています。長いこと買い換えなきゃなぁと思っていたもの、そういうのって元来優柔不断で面倒くさがりでずぼらなので、いつも「いずれ、いずれ、いいものに巡り合ったら」なんて思って結局買えずじまいになっていたのですが、そういうのを気楽にまとめ買いできて良かったなぁと。

Sensu2_5 買ったのは5点。高い順にいくと、1つ目がカバン。今使ってるのがちょっと失敗のもので、とはいえ買ったからには一定期間は使ってやらねば…と一定期間使った頃合いだったので。2つ目が秋物のストールみたいなの。売り場で目があってしまったので連れて帰ってきた。3つ目がお財布。今使ってるのがもう御年10歳くらいで、いい加減にしてくれと財布のほうから泣きつかれていた。4つ目が服(上)1着。5つ目が扇子。扇子が欲しかったんだよねぇ。

しめて84,500円なり。贅沢な国内旅行に出かけたことにして、またひっそりと暮らしていきます。でもほんと、どれも長くつきあっていけそうだなぁ。幸せ。

2008-07-22

4年に一度の風

昨日気づいたことだけど、社会人になってからのオリンピック年を振り返ると、そこが転機の年になっている。まぁ最初にいっちゃうと、それ以外で同等の転機を迎えている年もあるし、「社会人になってから」って限定している時点でこじつけ感満載なんだけど。私が概ね4年周期で転機を迎えていて、社会人のスター トを切ったのがオリンピックの年だったとみた方が自然かも。

ともあれ、私は1996年に短大を卒業して就職し、1社目を4ヶ月で退職して翌月から今の仕事の起点となる仕事に就き、1996年は大いに転機だった。

その会社を辞めたのが2000年。辞めた翌月から次の会社で働きだした。一言でいえばプロジェクトマネジメントの基本を体得させてもらえた場だった。基本は基本だけど、とにかく一人で預かる部分が大きかったから、「責任もって絶対最後まで預かりきる」っていうのは、結構世の中できていない事も多い中で、仕事力の面でも精神的な面でも本質的な基盤固めをさせてもらえた。“できない自分”を受け止める強さも得たし、ここで後々の成長の糧となる“自分で育つ力” も大いに養えたと思う。

その事業を一旦閉めることにして(雑誌でいえば休刊みたいな意)、それとあわせて私も退職することにしたのは2003年の半ばなんだけど、その後の1年ちょっとでキャリア支援の専門性を磨くことにした。学習面ではキャリアカウンセラーの資格をとり、実践面ではネットを介して数千件の転職相談とか履歴書添削をする仕事をして、これで2004年が暮れた。この年に今の会社に移る準備を整えて、翌年1月から今の会社。

オリンピックはまぁ意味があろうがなかろうがな話だけど、とにかく4年に一度くらいのタイミングで、私自身が「あー、風が吹き出したなぁ」って感じることがあって、実際自分の生きる道をどこかに方向づけるあれこれがあって、毎回けっこう重大な決断を下して一気に動いているって過去はある。

それもまぁ、過去の話っちゃー過去の話。大事なことは、2008年の今、私はしばらくぶりに「あー、風が吹き出したなぁ」って感じていることだ。でも、なんだろうなぁ、これまでとはちょっと違う感じもする。風は吹いてみないとわからないけど、大きな流れの中でいろいろなことが動き出している気はする。私ができることは、その風を感じて、その風の本質を捉えること、乗る風に乗って乗らない風に乗らないこと、乗ったら乗ったで精一杯努めること&愉しむこと。

あ、転職の意向はありません…(笑)

2008-07-21

セミが鳴かない

うちの前には樹齢100年はくだらない風情の大木があって、毎年夏が来ると、私が「そろそろ」と思うより前に、セミは率先してミーンミーンと鳴き始めていた。梅雨の中休みで数日暑い日が続くと、そこで早くも鳴きだすのがいて、そんな早く活動し始めたら8月までもたないんじゃ…と心配することもあった。

が、いつまで経ってもセミが鳴き始めず「セミが鳴かないなぁ」と思ったのはここに住んでから初めてのことだ。もしかすると生まれて初めてかもしれない。最近、それが不気味でならなくて、ここ数日は毎日思い出しては「セミ鳴かないなぁ」と心の中でつぶやいているのだけど、一向に鳴き出す気配がない。

数人の人から「そういえばまだ聴いてない」と聞いた。Googleで「セミが鳴かない」を検索すると最終更新日1ヶ月以内で791件、1週間以内で220件ある(なんて調査だ…)。極力狭い範囲でのちょっとしたことだと願いたいけれど。

あの声が聴こえないと真夏って気がしない。セミの鳴き声がしない真夏なんて、スポーツ新聞を置いていないキヨスクのようなものだ(なんて喩えだ…)。ビール置いてない大衆居酒屋(言いすぎ)、声援のない甲子園(近すぎ)、指揮者のいないオーケストラ(遠すぎ)、ポップコーンを売ってない映画館、靴を履き忘れた正装…、もう判定不能。

2008-07-20

1日未満の本棚待ち

数年前から本棚増やさないとなぁと思っていて、半年くらい前からAmazonの「ほしい物リスト」に入れていたんだけど、結局買わずじまいでずるずると、思い立ってから何年目かの真夏が到来してしまった本日。

身勝手な話ですが、「欲しい!」と思うときはたいていその日に欲しいのであって、思い立った翌日とか週末に来てもお迎えができないのです。基本週末は2連休でないので、日曜日に思い立っても月曜や火曜は仕事でいない。

それなら数日前にオーダーして確実に休みがとれる日に着くようにしておけばいいって話なんだけど、自分の個人的なものとなるとどうも二の次三の次になってしまってそんな動き方ができない。つまり思い入れが足りない…。

なのですが、この週末は3連休で、1日出勤、1日自由時間、1日家で仕事みたいな感じでいけるのではないかと思われ、中日の本日、朝6時くらいに目が覚め たので、そうだ!今日本棚頼んだら、今日中にお迎え準備して明日受け取れたりするんじゃなかろうか、と淡い期待を胸にAmazonへ。

で、結局行ってみたら、「Amazonプライム」の無料体験1ヶ月っていうのがやっていて、朝っぱらからこれに申し込み、本棚もオーダーし、本日中に発注→配送→到着まで進められることになりました。

「Amazonプライム」は、関東地方なら当日または翌日に届く「お急ぎ便」が何度使っても無料(通常1回350円)、購入金額に関わらず「配送料無料」の年会費3900円のサービス。今なら1ヶ月無料体験受付中。続きはWebで。Amazonにお世話になっている人は使わな損々なサービスかと思います。

Iemachihon_2

そうして本の整理をあーだこーだやってお迎え準備完了。写真は今か今かと寝床を待ちわびる本たち。この本たちが今朝までどこにどう収まっていたかって、さぁ、どうだったっけかなぁ。

2008-07-15

コラム20回記念

「withD」で月連載している「キャリアデザインのススメ」もとうとう20回を迎えました。 いやー、よく頑張りました。中身の程はこの際おいといて…、とにかく20回。20回にかんぱーい。ひっく。

で、今回は「有能になる方法」ってまた大きく出すぎてどうしようって感じのタイトルなのですが、まぁその辺はあまり気にせずに、読んでみて豆粒程度の何かでも感じていただけるものがあったら心から大変嬉しく思います。

にしても、今回はこのタイトルを1本で背負いきれるわけもなく、初の前編・後編でコラムを展開です。次号とあわせてお楽しみください。「じゃあ、2 本でこのタイトルを背負えるんだな!」と詰め寄られると、それはそれで胃が痛いのですが…。まぁ1本より2本の矢ということで、頑張りますので引き続きよろしくお願いします。

それにしても、これまで20回も書いてきて、毎回書いては消し、書いては消ししてウーンってうなって一から書き直してとかやってきて、「おまえはどんだけ書いたら伸びるんだ」と思うんですが、いまだ相変わらずなんですよねぇ。まぁあきらめません、勝つまでは…。精進いたします。

2008-07-13

古いものは奥に行く

この週末、皆さんが華やかにiPhoneを買い求める中、私は2千いくらのUSBメモリを購入してほくほくしていました。今の世の中、4GBの高速転送のが2千円台で買えるんですね。驚きました。

秋葉原の裏通りで特価品を買い求め、帰ってきてデータを整理していたら、古いデータがあれこれ出てきて、懐かしくてダブルクリックとかしちゃったら、あぁ これはまだ開いちゃいけなかった…みたいなものがあったりして。すっかり当時の感情を失ったように思えるものも、ファイル開いたら混沌に巻き込まれたりするってあるものですよねぇ。安易に開いちゃいけません。

って経験を踏まえ、古いメディアに入ってて、そう簡単に開けないとかっていうのは結構いいことなのかもしれないと思いました。PCMCIAのカード型ハードディスクとかMOとか。90年代から続くデータを一通り整理整頓して、普通にさくさく開けるようにしちゃ、逆にまずいんじゃないかと。仕事は別としても。

さっき見つけてぎょっとしたのは、EmNiftyのデータとか。NIFTYじゃなくてNIFTYSERVEだった時代のメーラーソフトで、もうEmNiftyを入れていないからアプリケーションから開いては見られないけど、10年前のメールのデータとかって、もはや他人のものくらいの距離感がある反面、切り離しようのない自分のもの感も共存していて複雑。

技術は容易に10年を瞬間移動できても、人間はそう簡単に“自分の10年”を瞬間移動できないんじゃないかと。でも実際、目の前ではさくさくっと私の10 年が瞬間移動できちゃってるわけです。これの耐性を身につけるか、初めから危険物は捨てておくか、物理的にアクセスが厄介なところに閉まっておくか、なんらかの策を講じておかないと、あまり無防備な状態では技術進歩とともに壊れてしまう人が出てくるんじゃないかと心配になりました。

古いものっていうのは、何十年も経ってからある時思い立って押入れの奥のほうから引っ張り出してきて、ケホケホいいながら埃はらって、ちょっと深呼吸してからアルバムの表紙をめくるぐらいの厄介なプロセスが入るくらいがちょうどいいんじゃないかと思ったり。古いものが自然奥のほうに隠れていくっていうのは、人間にとってものすごく優しい自然の摂理ではないかと思ったり。

技術進歩を受けて人間も変わっていくだろって見方もあるかもしれませんが、その変化って進化っていうより、むしろそれに平然と対応できるようになったら人として劣化してることになりかねないってな気もして、いやー、んなことを思った夏の日の夜ですよ(夏になるとカラオケに行きたくなるのはなんででしょうね)。もちろん存分にこの技術進歩の恩恵を受けており、仲良く愉しくつきあっていきたいって基本路線に変わりありません。今後ともごひいきに。

2008-07-07

存在意義のありか

会社の中には、経営陣と別に現場を率いているトップ層の人たちというのがいます。言わば会社の“強み”です。経営陣が彼らトッププレイヤーに求めるものの一つに、その人がもつノウハウを社内に共有する、会社の資産として有形化する、みたいなことがあると思います。

あなたの思考プロセスを体系立てて見える化してください。作ったプロセスを汎用化して他でも誰でも使い回せるツールを作ってください。うちの会社からお客さんに出すアウトプットがすべてあなたと同レベルで均質化されるような仕組みを考えてください。つまり、「Aさんができること、BさんもCさんもできるようにして」ってオーダーです。

これらはとても有意義なことだと思うし、私もほぼ個人仕事ながら、少し未来の自分の業務効率化や抜け漏れ防止のため、設計までやって運用を人に預ける場合など、こういうことはよくやっています。これはこれで、“再編集する”みたいな意味でクリエイティブな作業だとも思っています。

ただ、これはあくまで「弱点を克服する」領域であって、「更なる強みを引き出す」領域の話ではありません。こればかりに集中しすぎて、Aさんがそこで働く決定打となる動機づけやAさん層の更なる“強み”を引き出す場づくりをないがしろにしていては、トップ層は疲弊し、組織はそれなりのところに停滞し始めるおそれがあります。

また、こういった仕組みづくりを長期的なプロジェクトでやっていくと、知らぬうちに有形化することが目的にすり替わってしまったり、運用され出してしばらくすると形骸化してしまったりして、BさんやCさんがAさんのノウハウの本質を吸収するのを妨げてしまいかねない危うさがあります。単にツール群を整備するだけでは、ものを作った達成感には満たされたものの、本来的な組織力UPにつながっていないといったことが出てきかねません。

「人は辞めちゃうかもしれないけどツールは残るから」といったらそれまでですが、ものづくりの現場は“それでも人ありき”とも思います。人が辞めない会社を作るか、人が辞めても大丈夫な会社を作るか。考え方はそれぞれってことなのかもしれませんが、前者をある程度意識するなら、社員のスキルを底上げし、アウトプットを均質化する努力と同等あるいはそれ以上に、Aさんらの強みを引き出すための努力が必要ではないかと思うわけです。

個々に強みが異なるし、すでに社内でもトップに位置する人たち相手では、更なる強みの特定にも、それを引き出す場づくりにも相当な先行き不透明さがあると思います。でも、そこを踏み込まずしては、できる社員ほど会社の大規模化に伴って「つまらなくなったなぁ、うちの会社」と辞めていき、立ち上がって数年の最盛期を経た組織が徐々に空洞化していく現象が止まらないのではないかと危惧するのです。

競合優位性なくしてはなかなか生きづらい時代。そればかりでなく、お客さんが自分でやっちゃう・できちゃう時代です。何もかもがあふれかえった世の中では 「ならでは」が不可欠だし、そこにしか確固たる存在意義は生まれなくなる気がします。個人も組織も、弱点を克服するための努力のほかに、いやそれ以上に、 自分や自社の強みをどう引き上げていくかに意識を払う必要が高まっていくように思う今日この頃です。

※ある本を読んで仕事のコラムを書いていたんですが、話がずれてきて使えなくなってしまったので(困った…)、全然ここにそぐわない内容かつ全然まとまりない状態ですが、こっそりここに置かせていただきます。これも「心のうち」のうちってことで…。それにしても本当に色気のかけらもないですな。(笑)

2008-07-03

10:10のデジタル時計

近所の時計屋さんの前を通り過ぎつつ考えたこと。「アナログの時計は10時10分が最も美しく見える」という話で、時計屋さんの時計はほとんどが10時 10分を指している。しかし、じゃあデジタル時計はどうなんだという話になる。いや、ならないといけないというか、なるべきというか。

時計屋さんがデジタル時計をディスプレイするとき、盲目的に10:10にあわせるのはウーンという話で、「見た目が美しく見える」からアナログ時計を10 時10分にあわせているのだとすれば、デジタル時計はその目的に適うわけじゃないから、どうしようかなとまず考えてみる頭の動かし方が仕事力入門編。

それで、考えてみたところ「美しく見えるわけじゃないけど、美しさを阻害するわけでもないから、じゃあ、まぁ、いっか」ということで、アナログ時計とそろえて10:10というのであれば、盲目的に10:10と仕事力的に雲泥の差がある。

で、仕事力初級編としては、10:10にしても美しく見せることに貢献しないなら、デジタル時計の時刻あわせを「見た目の美しさ」ではないアピールに使えないものだろうかと、もっと根本に立ち返って頭を動かしてみる。

「表示の見やすさ」をアピールできるように数字の種類を散らしてみるとか(12:34)、正確な時刻にあわせて皆さんの暮らしに貢献しようとか、毒にも薬にもならないならいっそと割り切って「コスト削減」で電池切っちゃうとか…(笑)。まぁ、いろいろアイディアを広げてみて最適なものに収束できれば良いのではな いかと。

その辺のアイディアの広がり加減とか、妥当な落としどころへのもっていき方が仕事力中級編の一つの要素かもしれない。そうじゃないかもしれない。私も偉そ うに仕事力を語れる域じゃないけど、マニアックに(何のマニアなんだか)、とりあえず時計屋さんの前を歩きながらそんなことをぼーっと考えてた。

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