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2008-06-27

他の人と違うとこ

『プロカウンセラーの聞く技術』読了。Amazonに足を運ぶと頻繁にこれを薦められるので、「わかったよ、読むよ」ということで買って読んだ本。 「カウンセラーのための」じゃなくて「プロカウンセラーによる一般向けの」聞く技術を説いた本というのは読んでから知った。頻出する「プロのカウンセラー は~」って言い回しがちょっと鼻につくけど(笑)、ともあれ読んで良かった。

そう思う一番の理由は、このくだりと出会えたから。「人の悩みばかり聞いていて疲れないの?」「相談者の話が自分の興味ない話のときはどうするの?」に対する著者の答え。

われわれは話の具体的内容に興味をもって聞いているのではありません。(中略)話の内容よりも、相談者がどうしてそのような思いをするのか、どうしてそのような受け取り方、感じ方をするのかに興味があるのです。

なぜここに反応したのかって、自分がまさしくそういう話の聴き方だったから。だから、これが本当にカウンセラーならではのものの聴き方なのだとすれば、つまり多くの人は「その人がそれを話す理由」はあまり気にならず「話の内容」に興味を向けて話を聴いているのだとすれば、自分が自然と前者に意識を向けて話を聴いているというのは、自分の特 徴的な性質といえることになり、自分が生かしていくべき資質として価値をもつから。それだと嬉しいから(笑)。

逆に、「いやいや、多くの人は両方の意識をあわせもって話を聴いているし、別段カウンセラー(適性のある人)だけがやっていることじゃないよ」というのであ れば、そっか、この自分の性質は別段特別なものじゃなくて、それがあるからカウンセラー適性に通じているってもんでもないんだなと地に足をつけられる。なので、 いずれにしても、実際みんながどんな意識配分で人の話を聴いているのか訊いてみたいなぁって思った。

で、これを通じて思った一番のことは、人は自分が他の多くの人とどういうふうに違うのかについて、すごく関心があるんだろうなってこと。この件にしたっ て、「話の内容」に集中する真逆の人にはその性質の人ならではの強みがあるわけで、別にどっちのほうが優れているって話じゃない。自分の特徴を知っ て、それを才能の種とみて強みとか個性として健やかに育てていけたらいいよねって、そういうことを考えさせてもらった本。そういうことが書いてある本じゃないけど…。

2008-06-26

息吹き返した

息を吹き返しました。いまださ迷い歩いていることに変わりはないのですが、とりあえず言葉を取り戻しました。といって も、この間も普通にしゃべって書いてと言葉を使って仕事していたし(いや、どちらかというとガッツリ)、普通に生活も営んでいたのですが、しばらくここに残す言葉を失っていたというか。が、ぼち ぼち書いていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

2008-06-11

コラム書きました

基本的に体はタフにつくられておりまして、体調は快復。電話も結局また元気になったようなので、「バカは風邪ひかない」一家ということで、電話ともども頑張っております。ただ心と頭がそれぞれ静と動で異常な動きをしていて、そのアンバランスに少々手をやいています。

とまぁ、ややこしい近況報告はさておいて、今月の「コラム書きました」報告。今回は「キャリアをデザインしすぎるな」というお話です。今回も相当大変な思いをして…というのはまぁ知ったことかって話ですが、ものすごく書きたかったことを書きました。お時間のあるときにどうぞ読んでやってください。

2008-06-07

夜の救急病院

金曜の晩、会社で急に胃の辺りがきりきり痛みだして、ちょっと歩くのもやっとな感じになってしまったので、救急病院に行くことにしました。その日中にやらなきゃい けない仕事があったので、とりあえず20~21時くらいだけ抜けて戻ってきて、21~23時でどうにかしようということで。

それで近場で夜間診てくれる病院をGoogleに尋ねて、すぐ出てきたところにタクシーに乗っていってきました。…ところ、行った病院がまさしく救急病院だったためか、私みたいに自力で歩ける人がやってきてよかったんだろうかとたいそう恐縮してしまう雰囲気。

待合室に交通事故の被害者&加害者ペアがいたり(双方昼ドラでみるような典型的な被害者と加害者の表情をしてた)、診察室で横たわっていると頭上から「先 生、月経痛で意識消失の29歳女性が云々かんぬん…」と聞こえてきたり(それはもう、先生そちらに行かれてください)、心電図の検査でさらに奥地に導かれ 横たわっていた時には、遠くで「今日、何月何日かわかりますか?」という先生の声。いやー、本当にお仕事のじゃましてゴメンナサイって感じでした。

しかし、それでもまぁ比較的穏やかな夜だったのか、私みたいなのにも過剰ともいえる手厚い診察に検査までしてくださって、1時間コース、3800円かかりました。いや、たぶん胃炎なんですが…。

丁寧な問診を経てあれこれ診察してもらって、その後エコー?だったり心電図だったり、たいそうな医療機器が出てきてあれこれ検査してもらって。奥地で横になってい た時など、「何かあったらここ押して」ってナースコールボタンまで渡されて、もう今日中におうち(っていうか会社)帰れないんじゃないかと思いました。

で、結局一緒に帰ってきたのはやはりガスター、胃炎のお薬です。仕事がそうとう大変なことになってきたので、時間をうまく使ってがつがつ進めないといけません。うん、健康に気をつけてがんばらんとな。

2008-06-06

業務連絡(続:電話こわれた)

やっぱり電話はこわれていたようです…。先日こわれたかなぁと思いきや復活してるっぽかったので、そのまま持ち歩いていたんですが、先ほど会社に電話をかける用があって電話番号を押し、発信ボタンを押したら、「発信できません」て断られました。画面にそう出た。「発信できません」て口聞けるのに、「発信する」ことはできんのか!というのは、なんだかしらけた顔で「えぇ、それとこれとはまったく別の機能ですから、ふん」とか返されそうだったので言いませんでした。「着信する」ことができるのかどうかは、もともと電話がかかってこない電話なので、まだわかっていません。その他の機能もよくわかりませんが、目覚まし機能だけは異様に元気です。止めないと1時間以上さわいでる(止めればいいんだけど)。これからはおまえを「目覚まし」と呼んでやろう。

2008-06-04

業務連絡(電話再起)

こわれたなぁと思っていた電話機ですが、しばらくおいておいたら、なんだか意識を取り戻しました。少し記憶がとんでしまって、目が覚めたときは今日が2006年1月1日だと思い込んでいたようですが、それ以外は(今のところ)大丈夫そうです。なので、少しこのまま様子をみます。一応、一通りの機能は使えるんじゃないかと思います(一通りの機能を使ったことがないのでよくわかりませんが…)。今後ともよろしくお願いします。

業務連絡(電話こわれた)

電話をこわしてしまいました。最近何度か連続して落としてしまって、先ほどうんともすんともいわなくなりました。あまり使われていないといえば、そうなんですけど…。どうにかしたら、改めてこちらでご報告させていただきます。

義理の兄

昨日は義理の兄と会ってゴハンを食べた。私には義兄はいないが、つまり、のような人だ。初めて赤坂サカスに行った。

考えてみると、私には義兄もいれば、双子の片割れもいるし、生き別れて再会を果たした姉も、「のような人」がいる。イトコって気がしてならない人もいる し、最近義理の父みたいに感じる人も登場した。こういう関係を皆それぞれにもっているんだとすると、なんだか世界は面白いし不思議だ。

人間関係を表す言葉なんて、その不確かさの割りに名前がつくと人間の意識のほうが言葉に規定されて本質的な変化を見えづらくするから、あまり執着して使う べきものじゃないし、安易に必要以上に関係性を名前付けすべきじゃないと思ったりしてしまうんだけど。あぁ、こういうの理屈っぽいやねー。

ただ、先の「のような人」は、私の心のうちに妙に心地よく響く。家族はずっと関係を失わない関係を表すから、言葉の中に安心成分が含まれているのかもしれ ない。それに、「実際はそうではないのに、のような人」という時点で、曖昧さが前提になっているし。結局は、なんだかんだいって時々言葉に寄っかからせて ほしいのかもしれない。あぁ、わけわかめワールドになってきた。

最近、いかに生きるべきかというのを少し改まって考えたりしている。義理の兄とこのタイミングで久しぶりに会うことになったのも、きっと意味があるんだと 思う。大小織り交ぜて、私に考えさせる「機会」が今あちらこちらからまとまってやってきている。私はそういうとこ、けっこう運命思考でものを捉える。

実際過去にも、全然連関のないあちらこちらから、同じメッセージ性をもった事柄が同時期にまとまってやってくるということは、いろいろあった。結局それ は、私がその出来事なり何なりを自分で関連づけしてそう解釈しているだけって見方もできるんだけど、私はそういうふうに「風を捉える」嗅覚とか直感みたい なのを生き物本来の力って考えていて、大事にしたいと思っている。

何かがまとまって自分に働きかけていると感じるときは「今このテーマについてじっくり考えろ」と言われているんだと思うし、今はきっと自分の人生について 考えてみる時期なんだろうな、と思う。義理の兄にも「もっと、生きろ」と言われた気がする。さてどうしようか、ちょっと考えてみているところ。まぁ、より 愉しく充実した日常を重ねていくためにって等身大のささやかな話。

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