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2008-05-03

自未得度先度他

文字化けじゃありません。「自未得度先度他」と書いて「じみとくどせんどた」と読みます。禅の言葉だそうで、安全なので安心してください。

私はこれまで座右の銘にしたい言葉って出会ったことがなかったんですが、今回「自未得度先度他」と出会って「これが自分の座右の銘にしたい言葉ってやつ か!」とうなりました。白石豊さんが著した「心を鍛える言葉」で取り上げられており、意味は「『自分が先に渡るのではなく、まず他人を渡そう』という心を 持たなくてはならない」といったものです。

こういう教えは生きていく過程で誰しも一度は見聞きするものですが、私はその先に記されていた、著者のこの解釈に「おぉっ!」とうなりました。ちなみに著者はオリンピックで活躍するスポーツ選手などにメンタル面のアドバイスを行っている方。

一般に、一所懸命に勉強したり練習したりするのは、自分が良くなりたい、つまり向こう岸に先ず自分が渡りたいと思うからではないでしょうか。それはそれで構わないのですが、少なくとも人を教え導く道を歩こうと心を発こした人は、それではまずいと言うのです。

コーチになりたての人のほとんどは、もっと勉強し、もっと経験を積んだら、立派な指導ができると考え、自分の技量を伸ばすことに懸命です。そうした努力はとても大切なのですが、それではどこまで向上したら人を渡すことができるというのでしょうか。

この言葉を知ってからは、コーチとはとりあえず自分が持っているものを総動員して、とにもかくにも選手を向こう岸に渡そうとすればよいのだと思えるようになったのです。

なぜうなったかというと、これは私がキャリア支援の仕事に携わる十数年で経験した心の変化と着地点そのものだったからです。今は一つひとつの案件を手がけるときもこんなようなことを思って仕事をしています。

キャリア支援の仕事は、こちら側からあちら側へと人を渡す仕事。私の前には選手がいて、私は選手がより高いパフォーマンスを発揮するために今の自分ができ ることを考えます。もちろんそれを専門的に成せればそれに越したことはないのですが、高い専門性が身につくまで実践の手をとめていてはその間何の役にも立 ちません。

今の私を支えているのは、とりあえず私は選手本人じゃないという立ち位置の差異性です。選手じゃないから使える時間、フィールドにいないから見えること が、ささやかでもきっとあるはずだと思っています。だから専門性が低かろうとそういう差異性から等身大でできることを開拓していけばいいじゃないかと。水 を欲する選手に水を差し出すだけだって何もしないより選手の状態を良くする。そこで水を取りにいく足が動かないのは、選手を支援したい気持ちより、自分を どうしたいって気持ちが勝っちゃってるだけだと思い至りました。

そんなわけで、この言葉を覚えられるか非常に不安なのですが…、とにもかくにもそんな想いで引き続きキャリア支援の仕事に取り組みたいと思います。選手の皆さん、これからもよろしくお願いします。

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コメント

自未得度先度他について分かりやすく記してくださり、ありがとうございます。私は吉野山金峯山寺にて在家修行僧です。日ごろは公的機関でキャリア支援をしております。この度、自らがステップアップするチャンスを得たのですが、既存職場から行かないでいただきたいと依頼され、自己の目指すキャリア支援の現場か既存のキャリア支援の現場かと迷っておりました。師僧より「大義」という言葉をいただき、このページを拝見いたしました。仏縁により得度し、入峰すること10年以上。青山俊董老師のもとへも参禅しておりますが、実に分かりやすい文章に出会い、お礼を申し上げたくメールいたしました。

瀧井さま、ご丁寧なコメントを残してくださって、ありがとうございます。在家修行僧のお方とは。ここに書いた文章を分かりやすいとお感じいただけたとすれば、それは「心を鍛える言葉」著者の白石豊さんのお力にほかなりませんが、言葉をつなぐ役目を果たせたなら嬉しく思います。風の向くほうが、きっと心の向くほうですね。

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