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2008-04-30

ビーフストロガノフ

この間小説を読んでいたら、「ビーフストロガノフってのはロシアの料理で、当然“ビーフ”もロシア語のうち、別に牛肉が入ってなきゃいけない料理じゃない」という主人公(兄)の教えがあって、主人公(弟)と同じく私も素直に「へぇ」って学んだ。とすると「ビー・フストロガノフ」かもしれないし、 「ビーフス・トロガノフ」かもしれないなぁと、本を読んでいる時に思ったのを憶えてる。

で、どんな経緯だったか飲み屋さんでお店の人にその話をしたら、「じゃあそのロシア語のビーフの意味はなんなんですか」という話になり、「それはわからな い」と答えると、「なんでやねん」と突っ込まれ…。だって小説に夢中だったんだもの、手を止めて調べようと思わなかったんだもの。

で、ほんとか冗談かよくわからないけど、ロシアに詳しいというお店の人を呼んできてビーフストロガノフの解説を求めると、ロシアのストロガノフ家で生まれ た料理で、ストロガノフは要はごった煮なんだけど、そこにビーフ(牛肉)を入れたのがビーフストロガノフ、とのたまった。

いやいや、違うんですって。最近読んだ小説では、ビーフもロシア語のうちで牛肉って意味じゃないって書いてあったんですよって、私はもう一度その人に向けて教えてあげた。

で、また「じゃあビーフはなんなんだ」という話になったので、私が「ストロガノフが名字なら、ビーフは名前だろう」と分かりやすい見解を述べると、「んな こたぁあるまい!」と数席先のお客さんからも突っ込みが入り、また「ビーフ君じゃいじめられるよ」というのももっともな話だと思ったので、宿題として持ち帰ら せていただくことにした。

それで早速ウィキペディアで調べてみたと ころ、ビーフストロガノフの「ビーフ」はなんと!牛肉だった…。つまり、どういうことだ。つまり、私は小説の中の兄に、弟とともにだまされ、読了後もだま され続けていたということか。つまり、まさに作者の思うツボにはまってたってことか。その本は先日父にあげちゃって手元にないので、なんて書いてあったか 今振り返れないんだけど。

読了数日後に気づいたから良かったものの、この一件がなければ平気で5年、10年信じていたに違いない。昔もこんなことがあったん だ。焼きビーフンのビーフンは「ビーフ」と「フン」がくっついたもので、牛の糞でできてるって教えてもらって、「へぇ」って3年くらい信じてたのに(それで3年ビーフン食べなかった)、ある 時得意げにその話を人にしたら、「あんた何いってんの」と一蹴された。それを3年前教えてくれた人に言ったら、「そんなこと言ったっけ?てか、そんなの普 通信じないよ」と返ってきた。世の中っておそろしいよね。

2008-04-29

『心を鍛える言葉』

Amazonから小包が届きました。先週末の私からのプレゼントです。「ゴールデンウィークにこれ読んで、ちょっとはまともな大人になれよ」ということで、目の前に6冊ほど。今年は昨年にもまして地味な黄金週間となりそうです。

で、早速読み始めたのは大本命の『心を鍛える言葉』。これは自ら選んだと同時に、人から薦められたような側面もなきにしもあらず。『心を鍛える言葉』とい う本を、君はこれを読んだほうがいいと薦められる時点で、人として相当まずい現在位置にあることを突きつけられている感あり、本を手にする前から心のト レーニングが開始される、穏やかな顔してなかなか恐ろしい本です。

という危機感からか、普段は一線をひいて本を読んでしまうことが多い私ですが、今回はけっこう自然に「自分のことだと思って読む」視点で読み進められてい ます。とりあえず人に許される、いや、もちっと頑張って人にきちんと認めてもらえるくらいに自分の心を鍛えたいと思うわけです。

と言いつつ「一個人として」読むだけではやはり気が済まず、「カウンセラーとして」学べるところも意識しながら読んでいます。あわよくば2倍大きくなってやろうという魂胆が働いているわけですが、とかやっていると、二兎を追うもの一兎をも得ずになったりするんですよね…。

で、まだ道半ばですが、最近けっこう弱っている「自信」の章はかなり自分ごととしてフムフム読んでいます。「単純」と書いて「すなお」とよんでください。

自信とは、「よい結果が出てから、後で持つもの」ではなくて、「よい結果を出すために、あらかじめ持って事に臨むもの」

大きな自信を持つもっともよい方法は、適正な目標を小刻みに設定して、それを確実に達成していくこと

目標の適正さは「SMART」を満たしているかでチェック。「Specific(具体的な)」「Measurable(計測可能)」「Achievable(達成可能)」「Realistic(現実的)」「Time Phased(期限を区切って)」(要約)

※本にはもっと分かりやすい文脈で書かれているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

で、あとはこれをやるかやらないか。なんだけど、その前にです よ、「自信を持つ作戦」に踏み出すためには、まず小刻みにされる前の「大目標」、それを叶えたいという「意欲」が“それなりにきちんと”必要なわけです(この本でも一つ 前の章が「意欲」)。意欲形成して、大目標を明確にした上で、適正な目標を小刻みにして、それを確実に達成した先に「自信」があるって、うぉー、蜃気楼が 見えるよー、よー、よー。後ずさり…。いやいや、頑張りますとも。

2008-04-26

身勝手な解釈

今年のゴールデンウィークはカレンダー通りって書いたけど、今週末は土日とも出勤。今日からゴールデンウィークに入る人がいるなんてさっき知った。今年は 5月3~6日だと思ってた、身勝手な解釈。休む休まないの前にまず、世の中と認識を共有できるようにならないとな、きっと大人としてまずい。

そんな人間に薦められてもなんか訴求力に欠けるけれども、「ゴールデンウィークはのんびり本でも読みたいなぁ、でも何がいいかなぁ」と思ってる人に!いやいや小説なんて普段読まないという人にも泣いて頼んで読ませたいのが、瀬尾まいこの「戸村飯店青春100連発」

一昨日近所のコーヒーやで読んでいて、ぷっと吹き出して声あげてしまったり、ぽろぽろ泣いてしまったり、それをごまかすべく咳払いをしてみたりしながら一気に読了した小説(隅っこの席に座っていたからたぶん大丈夫)。

大阪の中華飯店で生まれ育った1つちがいの兄弟の高校生活(弟)とか東京生活(兄)を描いたお話で、真逆のタイプの兄弟が主人公を入れ替えながら展開して いくテンポの良さと、でもそんな急ぎ足で交換こせず、じっくりしっくり二人の気持ちとか二人の周囲の人たちの気持ちとかを描き出しているのがいい。

東京と大阪の対比も、登場する一人ひとりの心のもちようの描き方も、あえて描写しないで行間で伝えてくる曖昧だけど確かに何かがある表現も秀逸。久しぶりに小説を読んだんだけど、小説でしか 表現できないものをものすっごい豊かに表現している作品で、あぁやっぱりフィクションはちょくちょく読みたいもんだなぁって思った。

一人でたくさんたくさんいろんなことを考えたり想像したりしていて、誤解したり妄想したりもして、自分の中で勝手にどんどん大切な人が遠のいていったり自 分の存在がどうしようもなく思えてきたり。そんなどん底でふいに誰かと触れ合って、それまでの晴れない気持ちが一気に救われたり、かと思ったらまたわかっ ていながら同じどつぼにはまったり…なんてやりながら生きてて。そういう自分と素直に向き合いながら読書時間を過ごしていた気がする。

読了後お酒を飲みに出かけて深夜2時過ぎまで連れまわされ(笑)、その晩私はリアル世界でも救われた。最近の救いようのない自分の所在位置から少し拾い上げてもらえた気がする。支離滅裂な話だけど、ま、いっか。

2008-04-21

一日一日に生かされる

風邪からは復活したもよう。でもまだ元気がない。そろそろ起き上がらないといけないなぁと思うのに。あれですね、何涙が一番がまんできないかって、悔し涙 が一番がまんできない。悔しいのが一番ひきずる。でもその分大きなエネルギーになる可能性ももってる。早くプラスのエネルギーになれ。

このところ自分の内からみなぎってくる気合いに欠けているのだけど、毎日いろいろあるので、その一つひとつに突き動かされて生かされてた気がする。ありがたい。

この十日ほどを振り返ると、新卒社員研修の講師をしたり(ウケた)、キャリアカウンセリングをしたり(気づきを提供できた)、得意先を招いてトレーニング を提供したり(満足してもらえた)、新規のお客さんとこに訪問して研修の提案したり(受注した)、チームの「そばやでしっぽり」キックオフ飲み会の幹事を したり(いいお店だった)、前々々職のOB会で十年来のおつきあいになる兄さま姉さまがたとお酒を酌み交わしたり(ほっとした)、風邪との格闘があったり (治った)。あー、何某の編集作業も結構難儀だったな(無事納品した)。

そんなこんなで、とりあえず今日まで来ちゃった。もう4月も月末かー。もう少し元気になってゴールデンウィークを迎えたいなぁ。カレンダー通りだけど。実 直にこつこつ頑張れるエネルギーを取り戻そう。頑張ってりゃきっといいこともあるさ。相当ひとり言っぽくてすみません。でも聴いてほしかったんだもの。 と乙女チックにまとめてみる。

2008-04-09

感性を呼び覚ませ

心揺さぶられることが3つあった一週間だった。どれも全然違う衝撃で、何の関連性ももたないものなんだけど、意図的に今を狙って集中攻撃仕掛けられた気が してならない(妄想)。「おまえがここ数年見失ってきたもん、いい加減気づいて取り戻せ。今、ここで気づけ!」と、見えざる手に3球続けざまにボール投げ つけられた感じだ。

それが何かって、なんか80年代のTVドラマのようだけど、一言でいえば「感性を呼び覚ませ」。感性をないがしろにしてたわけじゃないけど、「自分は自分 なりに専門性を身につけていかないと!」って思いはここ数年比較的(過去自分比)強かったし、頭でっかちになって、感性が二の次になってた気はすごくす る。逆にそれまでは、まったく専門性がない分、感性でやりくりして生きてたようなものだったし。そういうことにはっとさせられた3球だった。

これは人生の中でも結構大きい気づきかもしれない。本当に自分らしいってとこに戻る道のスタート地点までやってこられたのかも。ここ数年で得たこともうま く自分の中に定着させながら、もう一度戻れるといいなぁ。というか戻るようにしよう。戻るというか、そこ取り戻して今後の自分を磨いていこうと思う。

人にはきっとそれぞれに、ここを磨くと一番自分を魅力的にするという可能性の種みたいなポイントがあると思うんだけど、私は数年前までのほうが自分にとってそれがどこなのかを感じ取りながら生きられてたのかもしれない。

数年前までに知り合ってた人と今会って話しているときに感じる、あの独特な安心感は、自分も相手も私の種を共有している前提があってお話できてたからか。そういうことか。ここ数年で出会った人の中にも、その種を共有している人はもちろんいるけど、それは相手がその種を見つけてすくいあげてく れた場合に限りってものすごい依存的な状態だった気がする。なるほどなぁ。そういうことだったのか。書いてて気づいた。

村上春樹が「回転木馬のデッド・ヒート」の 「タクシーに乗った男」の中で、

人間一人ひとりの中には必ずその人となりの中心をなす点があるはずなのだ

と書いているんだけど、だとして、それを自分 で知っておくかおかぬかは自分の人生に結構大きい影響をもつ気がする。ご存知ですか、自分の人となりの中心をなす点。私はこの一週間でそれを知るための足がかりを得たぐらい。

2008-04-02

コラム書きました

遅い3月号なのか早い4月号なのか…なんて細かいことはさておき、連載している「withD」のキャリアコラムがアップされましたのでご報告です。そして、4月1日にこのサイトのリニューアルがありまして、見た感じもかなり変わっています。URLも「http://withd.jp/」になりました。

一読者としての印象は、前よりも読みごこちが良くなった感じ。自分の作業スペースが広くなったというのか、新しい勉強机を買ってもらった中学1年生のような、大きなまな板を買ってもらった新妻のような(どっちも経験ないけど)、とりあえず「広々してて作業しやすいわぁ」という、そんな心持ちです。

で、今回のコラムは「違う世代と関わっていくこと」というテーマで書きました。これはキャリアコラムの範疇なのかと問われると、なんともよくわからない感もありますが、春だし、桜も満開だし、まぁいいじゃないですか、と茶を濁す。

私、このコラムを書き途中に気がつきました。この間のインタビュー記事もそうだったと思うんですが、ここ最近、「その人に何かを伝える」より「自分が何かを伝える」ことへの意識のほうが少し勝っちゃってたんじゃないかってことに。それを昨日すごく反省しました。

私は前者を軸にして生きていきたいんですよね。なのに実際の自分はそういうふうになっていないことがあって、振り返ってはっとする。今回のコラムは書き途中に気づいて、それを反省した後仕上げたものです。でも気づいたからって人の中身がすぐ入れ替わるわけじゃなし、人生まだまだこれからだなぁ。

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