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2007-06-29

いちばん切実な自分像

強くありたい、しなやかでありたいとは、今時点で自分に不十分だと思っている類のもので、だから意識の上にもよく登場する。厳密に言えば「ありたい」というより「なりたい」ってもの。

じゃあ「ありたい」を中心に置いたとして、「なりたい」の反対側にあるのは何だろうなって考えてみたら、「でなければならない」という自分観がわいて出てきた。“私が私であるためには、常にこうでなければならない”といったもの。

そう言っちゃうと、ひどく堅苦しく聞こえちゃうかもしれないけど、「ありたい」とか「なりたい」とかそんな「あったらいいなぁ」的ゆるみのあるものじゃなくて、もっと切実に、もっと大前提なるものとして、私が私であるために必須の自分像みたいなものも、自分観の一つにあるんだと思う。知らぬうちにこれ失っていたら、私が私でいるってことにならないし、自分として健やかに生きてることにならないって類のもの。

そういうのって、基本自分の内側に染み付いていると思っているものだから、普段意識することって少ないと思うんだけど、それだけ重要なものだったら、やっぱり季節の変わり目だか年に一回だか、自分の意識の棚に上げてみるくらいのことはした方がいいような気がした。実際、そういうことしていないと結構気づかぬ間に何かに流されて失ってしまってることがあるんじゃないかと。

で、私にとってそれが何なのかというと、ものすっごい平凡だけど、「善良であること」「素直であること」「真面目であること」みたいな、人と、世界と、自分と向き合うときの姿勢、態度みたいなものかなぁと。この平凡を全うできたら、私はかなり満足な一生を終えられると思った。

自分が自分であるために大前提にしている、でも無意識下に置いたままになっている私らしさの原石みたいなものを、時々自分の手ですくい上げて、いろんな角度から眺めてみたり、きゅっきゅっと磨いてみたり、触れてみたり転がしてみたりするといいんじゃないかなぁと、そんなことを思った朝だった。

2007-06-25

手を握る

今日朝プールでひと泳ぎしてお風呂からあがってきてパウダールームで申し訳程度のお化粧を始めたところ、なんだか「あー、あー」とおばちゃんが言い出して、若干ですが(半裸で)のた打ち回るような状態になりました。

驚いて(なんで周囲の人は驚かずに化粧し続けていたのか不思議なのですが)、大丈夫ですかって声をかけたら、おばちゃんも原因は承知のようで、尿道結石をわずらっていて、それが急に痛み出したのだとか。床に伏して「あー、あー」と苦しんでいるので、緊急用インターホンでクラブの人を呼んで、人が来るまで彼女の手を握っていました。

すぐクラブの人が来て、救急車を呼んだほうがいいでしょうと話して、あとは引きついで対応いただきました。相当痛そうな彼女を前にして、私は人を呼んで手を握ってあげることぐらいしかできなかったわけですが。でも超個人的な思い込みとしては、こういうときに人に手を握ってもらえているのって、結構、いやものすごく救われる気がするんですよね。私だったら。

いや、困っていなくたって手を握られるというのは結構救われるものじゃないかしら。緊張しているときに、人に握手してもらうと落ち着くとか聞きますが、そういうのも同じですよね。

何気ないふるまいだけど、「手を握る」って効能としては結構絶大かなぁと思ったりします。彼女も何度も「ありがとう、ありがとう」って言っていたし、ちっちゃな緩和剤にはなったかもしれません。かかりつけの病院があるようだったので、そこでしっかり快復されるよう祈っています。

2007-06-24

4年ぶりに機種変更

まる4年使っていたPHSを新調して、W-ZERO3[es]に機種変更しました。唐突に。思い立ったが吉日です。

この4年の間に、何度か機種変更しようかなぁと思ったことはあったのです。でも、結局変えなかったんですね。変えられなかった。そのときの候補は、今どきの機能と形状を備えつつも、ゴテゴテといろいろな機能がついていない、比較的シンプルなものでした。でも、結局決めかねて同じ電話のまま4年の歳月が経過したわけです。

そして今回手にしたのが、あからさまにゴテゴテ系。見た目は妖怪のぬりかべを彷彿とさせます。携帯性がよろしくないのは、そもそも「携帯を携帯する」ということをあまりしないのでいいんですが……。機能性がすこぶるよろしいのは、絶対使いこなせないでしょうが、そもそも多機能のものを全部使いこなそうとしても使われて破綻するのが落ちなので、初めから細々とした利用でいこうと開き直っています。マニュアルの厚さにおののき、その決意は不動のものに。

そんなんだったらもともと候補に挙がっていたシンプルな現代版PHSで良かったんじゃない?と思う方もあるかもしれません。そうかもしれません(笑)。でも、やっぱりそういう道はありえなかったわけです。それは、その候補PHSには「私に機種変更を決断させる」装置が内蔵されていなかったから。これって決断する瞬間にしか必要ないながら、なくては先に進めない決定的要素って気がします。

自分を決断させる装置が備わっているか。それがあれば、その他にさまざまな欠陥があっても、多くのものは多くの人に「消費する」という行為をさせてしまえるのではないかと思ったりしました。

それって買い物に限らず、仕事やら恋愛やら、そういった類のものも同じかもしれません。「条件を満たしていてなんとなく妥当」とかっていうんじゃなくて、もっと瞬間的・直感的な反応が物言うのかなぁなんて。話飛躍しすぎですが、実は情熱的な人は、人知れずそんなことを思うわけです。機種変更時に…。

最後に、今日までお世話になった電話はこんな感じ。哀愁が漂っています。電話と電話帳とアラーム機能にお世話になりました。画面は白黒、メールは、この電話の名誉のために言っておきますが、機能としては搭載されていたものの、手続き時に私が不要としたため機能無しでやってきました。どうもありがとうございました。

2007-06-14

こころの処方箋

買ったばかりの粘土を丸ごと素手でもってもみほぐすような感じで、心身の緊張を解きたくなったのだった。やさしく、やわらかく。それで今日は午後休にした。帰り道には、河合隼雄さんの文庫本「こころの処方箋」を買って帰った。

朝8時前に出勤して、かたこと昨晩の主催イベントのお片づけなどやっていたのだけど、なんだかひと通り片付けて頭使う系の仕事に向き合おうとしたら、全然使い物にならなかったのだ。この状態でずっと仕事していても意味ないなぁと思い、たまっている振休を引き出しから取り出して上司に声をかけた。

「いや、特に体調も悪くないですし、理由もないんですけど、これから半日休みにしていいですかね」と。なんだそりゃという感じだけど、実は私、結構こういうサラリーマンシップにのっとらない唐突休日申請が多く、上司も笑ってOKしてくれた。まぁ、使い物にならないのに定時まで座ってるほうが会社に申し訳ない気分になるし、明日からまた頑張りますから、今日は燃え尽きさせといてください、と。

で、河合隼雄さんの「こころの処方箋」。状況的に「なんてベタな本の選び方なんだ……」とあきれている方もあるかもしれないが(笑)、河合隼雄さんはもともと私の大好きな人で、これも以前から読みたいと思っていた本の一つ。しばらく専門書の類ばかり買っていて、これらを読了せねば先に進めないと買い控えていたのだけど、今日はとにかくやわらかい本、肌触りすらやわらかい文庫本じゃないと体が受けつけないということで、開き直ってこれを購入。

とりあえずこの半日は、考えるのをやめて頭を休憩させよう。心を揺さぶって、考える頭と感じる心のバランスをちょうどよいところに合わせよう。というわけで、これからコーヒーやさんに行ってきます。河合先生よろしくお願いします。

2007-06-12

コラム書きました

さてさて、今朝がた自宅で書き上げたコラムが先ほどアップされたのでご報告。withDというサイトで連載している「キャリアデザインのススメ」ですが、今回のテーマは「できないことをできるようにする」事始め。お時間のあるとき、ぜひご一読いただければ幸いです。

今回はいつもにもまして頭の中で紆余曲折あったもので、そのうようよから抜けきっていない文章だったらどうしようと不安抱えつつの納品だったのですが、伝わりますでしょうか。あんまりうようよしたので、しばらく時間を置いた今でも自分で客観的な評価ができないんです。とりあえずそのままの文章で編集OKいただけたので、公開と相成りました。

意味がよくわからないところとかあったら、ぜひ「ここが意味わからん」とかフィードバックください。泣きますけど、叫びますけど、心から感謝しますから。はい。

朝6時の日記

昨晩は自分の仕事ぶりにふがいなさを感じつつ、でも自分ってまだまだだなぁとか感じなくなったらそこで行き止まりじゃない?まだ先があるってことでいいじゃないの、とかぶつぶつ自分で自分を励ましながら帰宅。

業務の都合上、19時くらいには会社を切り上げ、あとは自宅作業に。しかし、22時から深夜2時までは確実に落ちており、2時くらいから朝方までで頭の中を右往左往して文章を起こす。もっとしっかりした準備をして臨むべきなんだよなぁと、8月31日の小学生のような気分になる。

一旦眠ると起きれなさそうな時間帯に仕事が終わったので、ちょろっと早朝散歩に出かける。今日一日、もつだろうか。こんな日に限って1時間半の会議が2本、外出1件、今日中にやらなきゃいけない仕事がわんさか、午前中にやらなきゃいけない仕事もあれこれ……。かあさん、僕はやっていけるだろうか。坊や、大丈夫、大丈夫よ。と、わけのわからないストーリーが頭の中に展開されて、しばしそれを観賞する。

うん、とりあえず頑張ろう。水曜日が終わったら、こもって職人生活に入ってやるぞ。というか、そうじゃないと終わらない。ともあれ、今晩に無事着陸できますように。いやはや、すみません、わけのわからない朝を埋めるためのお話につきあわせてしまって。みんなで一緒に着陸しましょう。あぁ、眠くなってきた。

2007-06-08

サラリーマン

昨晩ふぃーっと眠りにおちてしまって、目が覚めたら午前3時半。朝までどうしていいかわからないので、久しぶりにお話を。

最近は日中の多くを他部署や拠点、お客さんの相談対応にあてていることが多くなり、頭の動かし方がマネジメント側に振れ過ぎてる感がある。それをマネジメントと称していいかはよくわからないけど、妥当で現実的な解決策をアウトプットして終わっている感じが、職人的頭の動かし方と対照的に思える。

職人的な仕事もミッションとしては抱えていて、どちらかというとそっちに時間を割きたいんだけど、人と絡む仕事のほうを優先して時間を割いていると、どうもそれだけで時間とパワーを消耗してしまって一日が終わってしまう。

人からパスを受けて、それに何かを返せて、それがその人にとって有意義であれば、それはとても嬉しいことだし、そういうことに自分は支えられて生きているんだろうなぁと思うんだけど、それだけだと自分の職人魂が物足りながって仕方ない。

自分が専門性を高めたいと思っているところと、今の会社の中で求められているところの「ある部分」は今のところ重なっているので、そこにきちんと時間を割けるようにしたい。頑張ってもそれが確保できない状態になったら、その時はその時だけど、もうしばらくは自分の頑張り次第で確保できる気がする。

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