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2007-04-28

付加疑問文と修辞疑問文

4月は新卒社員向けの研修がある。自分が説明する研修は月初に終えていたのだけど、先日は同じ部署の違うグループが担当業務を説明する研修があって、私もそれに参加した。「同じ部のリーダー以上は原則として参加すること」ということで、それはつまりオブザーバーとしての参加ってことなんだろうけど、私の場合この4月に吸収合併されるかたちでこの部に異動してきたので、どちらかというと1参加者として新卒の背後で聴講させてもらった感じだ。終始壁際でほぼ無言だった。が、思い余って最後にちょろっとしゃべった。

その日の晩、なぜだか新卒社員の女の子の業務日報がメールで届いた。彼女は営業部門の所属。毎晩日報を書いて、部内のメンバーに送っているようなのだけど、その日だけ通常の配信先に私のアドレスも追加して送ってきてくれたよう。なんでだろうと不思議に思いながら日報を読み進めていくと、日中にあった研修について触れられていた。そこに私の名前と発言があった。

研修の質疑応答のところで、いくつかのやりとりを終えて、それは最後に挙がった質問だった。一人の子が手を挙げて、会社が最終的に目指しているところを確認させてほしいという思いを詰め込んだ(ように私には思われた)質問をした。「私たちは“その”ゴールを追いかけていくということなのか」という問いに、回答者は躊躇なく「YES」と答えた。

おそらく回答者の耳には「確認」や「同意」を求める付加疑問文(ですよね?)に聞こえ、私の耳には「否定」を求める修辞疑問文(じゃないですよね?)に聞こえたということなんだろう。実際はわからない。ただ、私にはそれが必要にして十分な回答とはどうしても思えなかった。「YES」の意味するところは回答の一側面であって、見方によっては最終的に会社が目指すところの手段でしかない。長期的なゴールもそろえてみせてあげないとバランスを欠いてしまう。私は彼らに、自分たちの仕事が社会的に意義のあることなんだと伝えたくてならなかった。そういう気持ちを胸に、仕事との関係を築いてほしかった。

それで思い余って、回答者が話し終えた後にちょろっと手を挙げて、補足でも否定でもなく個人的に言いたい思いといったふうに話を切り出したのだけど、それが届けたい人にはきちんと届いたみたいだ。他の子も私が話したことについて日報で言及していてくれたようで、あぁ、言って良かった、本当に良かったなぁと救われたような気持ちで日報のお礼を送った。それについては自信をもって、私はこの会社にとって良いことをしたのだと認めていい気がした。

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コメント

それは良かったね。
簡単な会話の中には、本当に簡単なものと実は奥が深いものがあるよね。
その深いところをしっかり感じ取って、躊躇せず、しっかりと行動を起こせる(発言できる)あなたは素敵な大人です♪
そーいう行動をとると、周囲の反感を買う場合、勘違いされる場合があって、なかなか保守的な大人たちにはできないことなんだよね。
本当は思ったことを思ったときに言うのが一番なんだけどね。
でも、色々な考えが方があるから、周りを傷つけないように、でもしっかりと考えを理解してもらうのってそごく重要なんだよね。
少し話がそれたけど、あなたは素敵な大人になっているね。

同じ言葉を受け取っても、聴く耳によって受け止める思いはまったく違うものにもなるんだよね。今回の思いがいずれにせよ、きっとどちらかだったわけで、どちらかではなかったわけで。耳、よく澄まして聴かないとね。

どちらかというと気分が停滞していたところにかず~さんの言葉。良い上司やってるんだろうなぁと思いました。ありがとー。

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