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2007-01-07

浅薄な善意

引退した父に毎月一冊ペースで本をあげているんだけど、最近の推薦図書は反応がよろしくない。初めの頃はけっこうアタってたんだけど、毎回そうもいかないのは仕方ない。それにしても、最近ははずしてばっかりな気がする。

ちょっとおじさんを意識して選ぶと「もっと30歳女性ならではの本を選べ」と言われるし、じゃあと少し若めの本を選べば「あれは10代が読む本だろう」と言われる。私が一気に読み終え、推理ものだから父もいけるんじゃないか?と選んだ本は「読み終えるのに2ヶ月かかった」と返ってきた。

私は打たれ弱い楽天家なので、静かにへこたれつつ、まぁこういう経験もわが身を強くするよなぁとか勝手に財産化して、次の本探しに活かそうと立ち直るんだけど、ここ数日カウンセリングの勉強をしていて、あることに気づいた。

父は私に対して浅薄な善意を与えない。自分で言うのもいやらしいが、娘が毎月自分のために本を選んでくれているのだ、とりあえずダーッと斜め読みでもして、「今回も面白かったよ」と言ってしまってもいい。でも、父はつまらなかったものを「面白かった」とは言わない。本のことに限らずそういう薄っぺらい善意を私に与えないのだ。

意識的にというよりは、もともとそういう人なんだろうけど、娘に対していつも本当の言葉をかけてきた。だから、時にガーンと思うようなこともあっけらかんと言ってくれちゃうけど、浅薄な善意を与えて私を根底から決定的に失望させることは一度もなかった。だからこそ、今私は父の多少痛い言葉も受け止められるし、それが本当の言葉だと信じきれる。他の人の言葉もそうだ。もし一度でも浅薄な善意を与えられていたら、それで全部を失っていたかもしれない。

浅薄な善意は、益にも害にもならないように思えて、実際は多くの場合、まったく無言のままで相手に決定的な害をもたらすと思う。なぜなら、浅薄な善意は本物ではないからだ。本物でないものは、はっきりいって、まずい。くさい。だから、誰だってすぐわかる。そして決定的に関係を損なう。子どもだろうと他人だろうと。人間をみくびっちゃいけないのだ。自分に感性があるように、自分と同等かそれ以上の感性を、相手が備えていることを忘れちゃいけない。

今年はカウンセリングそのものをきちんとやっていこうと思っているんだけど、父が30年かけて私に教えてくれたことをもって、勉強もしっかりして、私は私の本物のカウンセリングをやっていこうと思う。もっと反省と勉強しないとな。

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コメント

お父さんに毎月1冊本を差し上げている、、というところがまず心を打ちました。。
本ってなかなか人に薦められて読むのは難しいのですよね。それぞれの価値観が違うし。。

ですが、自分なら素通りしてしまうものを「これいいよ」と教えてもらうことで、新しい価値観に目覚めることもある。。
お父様が、まりさんの「30代の女性が選ぶ本」という視点で受け止めているのが素敵なことだと思いました。

浅薄な善意、、という話にドキっとするものがありました。
私はたまに、「自分が書いた本を進呈しますので是非読んでください」とか「自分が書いた原稿を校正してくれ」といわれることがあるのですが、仕事の上での校正だけならともかく、一番気疲れするのは、あとから「どうだった?」と期待を込めて感想を求められることです。。
それは著者なら当然のことですが。。

それが謙虚な気持ちを持って本当に読者の感想を聞きたい人であれば良いのですが、かなり目上の人とか、とても自尊心が強い人だったりすると、「褒める」以外の感想を受け付けない場合があり、非常に気遣いして疲れます。。

でもそれって、、もちろん本人のためにもならないし、善意ではなく害になるものなのかもしれませんね。。

ベルさん、コメントありがとうございます。父に本を贈っているのは、裏を返せばそれくらいしかできていないということでして…。ベルさんのように一緒に暮らしていくことが何よりの親孝行ですよね、本当に。

人の書いた文章について意見するのって難しいですよね。その人がどういう人かとか、前の段階で自分がその人とどういう関係性をつくれているかとかによって、応え方も変わってくるし……。

私が可能なかぎり大切にしているのは、執筆者なり編集者なり当人が本来的に何をどう伝えたくてその文章を起こしているのか、その背景を探りながら応えるようにしてるってことかなぁと思いました。そうすると、「もし読者にこういうことを伝えたいのであれば、ここをこういうふうにしてみたらどうか」って、さほど気負わず「本当」を返せたりする。

世の中のほとんどのものは、ずっとずっと根っこの方までおりていけば、あなたと私の共通のゴールにたどり着けるものだと思うんですよね。その人も私も、その文章がよりよく読者に届く文章になることを願ってる。とすれば、私も毎回できているか不安なところもありますが、そういう共通のゴールに向かって応えていくのが幸せかな、と。

ちなみに、もし「頑張ったんだよ、誉めてほしいんだよー!」って顔に書いてあったら、細かいことはそっちのけで誉めるのが共通のゴールかと…。私も「まぁ細かいことは明日明日、とりあえず頑張ったことを賞賛してくれー」って時あります。(^^;

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