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2006-05-02

日常の中にひっそり仕込まれているもの

ゴールデンウィーク中日の5/1、2は普通に出勤。とはいうものの、「世の中はお休みモード全開なのだよ」という、仕事を割り切ったような吹っ切ったような風が心のうちにそよそよと流れていて、要するにこの2日間は結構のんびりと仕事をした。ランチミーティングに出かけたり、本屋やコーヒー屋に消えたり。

さて、意図せずしてのことなんだけど、この2日間で1日目は以前一緒に仕事をしていた姉御と(コーヒー屋に消え)、2日目は今同じ部署で仕事をしているお姉さまと(スペイン料理屋に消え)、少し落ち着いてお話する時間がもて、両日で同じような話に流れ着き、個人的に深い学びを得ることになった。

学びの内容は(ちょっと長いけど)5/1の「話」参照ということで。この体験は、1日目が姉御による理論解説、2日目がお姉さまによる体験談という2日間の講座とも捉えられるものだった(と勝手に関連づけてみる)。そして、私は今まさに、この講座から気づきを得て意識転換すべき時なんだと感じている。

別の日の別の人との会話を勝手に講座化して捉えるというのも教育オタクみたいで怪しい感じだけど、「一見したところ関係性をもたない、別の時間に起こった2つ以上の出来事に自分の中で関連性を導き出して有意味化する」という行為は、とても大切だと思う。うーん、やっぱりどこかオタク臭が漂うか。

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