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2006-02-14

「なりたい」から「したい」への展開

幼稚園でも学校でも何かと「将来何になりたいか」を聞きたがるものだけど、どの卒業文集にも私の欄には間に合わせの答えしか書かれていないと思う。「絶対これになるんだ!」と意気込んで書いた記憶は一つもない。

ただ、「何もありません」と書くほど反抗心旺盛でも正直者でもなかったから、幼稚園の頃は身近にいる職業の「幼稚園の先生」、小学校の頃は習い事で通っていた「エレクトーンの先生」、中学校の頃は英語が得意だったから「通訳」、そんな感じじゃなかったかなぁと振り返る。

これといって「なりたいもの」がないのは、実は今も同じだ。人のキャリアに焦点をあててサポートしていきたいという意識は強くある。そうやって仕事をしていくことで、私は人と関わりあい、社会とつながりをもっていきたいのだ。

でも、それは別にキャリアカウンセラーという職種にこだわらないし、そういうことを実現するための手段はいろいろある。いわゆるカウンセラーっぽい仕事のこともあれば、ものを書くことで実現できることもあるし、トレーニングを企画・運営することだってサポートの手段の一つ。だから今そういう仕事をしている。

「なりたい」という明確なゴールを掲げられないかわりに、私はその時々「したい」ことに取り組み、それを育みながら生きてきた。昔はこれという明確なゴールを欲したりもしたけれど、今はこれはこれで地味だけど自分らしいし、こういうのもありかなぁと思っている。結果的に自分の仕事がどういう職種に分類されるかは、それぞれに後でへぇって振り返れる程度でいいかなと。

もちろん仕事内容には合う合わないがあるから、例えば「コンサルタント」みたいな立ち位置には向かないし、できないなぁと思ったりするけれど、その辺りのフォーカスは仕事をしていくうちにおのずとある程度しぼられていくものかなと思う今日この頃である。

「なりたいもの」が早いうちから明確にある人はすごいなぁと思うし、宇宙飛行士やアイドルやオリンピック選手はそうでないとなれないものかもしれない。

でも、「なりたいもの」が明確なだけでも意味がない。人は大人になる過程で「なりたいもの」を現実的な「したいこと」に展開しなきゃいけない。展開して本当になりたいのか検証しないといけない。「○○になりたい!」ならその意欲でもって具体的な仕事内容を自分で調べて「本当にその仕事をしたいのか」確認しないと、本当に自分がやりたいことかどうか分からない。「作り手になりたい」んじゃなくて、「使い手として好き」なだけかもしれないのだ。

私はもともと「なりたいもの」がなかったから(って随分な開き直りだけど)落とし穴に陥りにくかったけれど、「なりたいもの」がある人はこの落とし穴に陥らないように、自分が「したいこと」かどうか確認しないといけない。

確認してみて、それが本当に「したい」ことだったならば、したいことをするのだから、それがどうなっていくのであれ、そのプロセス自体を楽しめる。「なりたい」ものがなくても「したい」ことがあれば、人は幸せに生きていける。地味かもしれないけど、結構自分好みな人生を歩めるんじゃないかしら、と思う。

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