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2006-01-21

携帯電話は「携帯もできる電話」という屁理屈

私の携帯電話はかなりの年代もので、買って4年くらいは平気で経っており、買った当時も古くなって安ぅーくなっていたので、発売された時期はもっと昔にさかのぼると思う。

とはいえ、別に脇に抱える大型タイプでもないので形状としてはみんなが使っているのと同じようなものだと思ってきたのだけど、どうやらそうでもないらしくて、私の電話をみると皆一様に、昔を懐かしむような、アンティークを愉しむような目でそれを見つめる。

私が携帯電話に求める機能は、「携帯できること」に加え「通話機能」「留守電機能」「電話帳機能」「アラーム機能(目覚まし)」に限られる。メール機能もないし、画面はモノクロだ(というのが驚くべきことなのだと昨年の忘年会シーズンに知った)。一応これでも人並みの社会生活を営んでいると信じている。

機能というのはおかしなもので、所持しているものの機能は「その人が使いこなしている」ことを当然のこととして見るところがある。携帯にメール機能がついていれば、携帯でメールを使うのは当然だし、携帯できる電話なんだから、携帯するのが当然と考えるのが一般的なのかもしれない。

でも私にとって機能とは「何かができる」ものであって、あるなら「使わねばならない」ものではない。携帯電話は「携帯すべきもの」や「携帯する責任を負う」ものではなく、「携帯もできる」電話だと思う。でも、これを屁理屈だと言われればそんな気もするし、ひねくれ者と言われればそんな気もするけど。

でも、やっぱりさ、もっと広い目でいろんなものをみたら、機能を使うか否かはユーザー一人ひとりが自分の意思をもって選ぶべきで、その機能がついているなら使うべきだというのが一般論っていうのはどうもしっくりこない。自分のものを扱うときもそうだし、人が誰かのものの機能を知ってその誰かがその機能を使うべきと思うのもおかしい(これは買ってきたら付いてきちゃった機能について)。さらに、その機能が開発され、商品として普及しているのだから、その機能が付いた商品を使うべきだというのもまたおかしいと思うのだけど。

とりあえず、私がこんな屁理屈を口にせず社会と関わり合っていく上で、機能の少ない今の携帯電話にお世話になっているのはちょうど良かったんだな、と思った次第である。

今日は大雪ですね。今日は部屋にこもって、、、そうそう、シゴトシゴトだ。

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