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2005-04-16

間に感じられるもの

例えば人の価値観とかって、言葉によって形あるものに転化されて人に伝えられることはあっても、その観念的なもの無しに最初から言葉が存在していることはないのだと思う。

非物質的なものはいつだって、名もないものがまず先にあって、その存在に気づいた人がそれに名前をつけてきたのだろう。それは端的に○○と表されることもあれば、比喩的に○○のようなものとしか名づけられないこともある。まだ言葉に表されていないものも世の中にはたくさんあるし、この先もずっと名づけられないものだってきっとたくさんあるんだと思う。

でも、形ある状態には成しえないものでも、例えば著者と読者が共有する行間だったり、例えばある人とある人が共有する空間や時間という「間」に存在することによってのみ伝え合えている事柄があるような気がしている。

その「間」に入っていけば、人の力ではそう簡単に有形化することができないものでも、人は確かな存在としてそれを感じられるんじゃないか。だから私はある人の本を読みたいし、ある人と場や時間を共有したいと思うのかなと。

こうやって言葉にするとかなりややこしいけれど、実は驚くほどにシンプルな話で、ややこしくしか書けないのは私の力量不足にほかならない。じゃあそうすればいいじゃないという結論はシンプルはシンプルなんだけど、その難しさもそれなりに体得していて、今はちょっと価値観崩壊中、いや前向きに再構築中としておこうかしら。

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