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2005-04-29

地味週間の幕開け

昨日は朝から「ゴールデンウィーク前にやらなきゃ!」仕事に奮闘。夕方からはオフィス内のレイアウト変更に伴う肉体労働、夜はセミナーの運営で外出、22時半過ぎ社に戻り業務再開、最後は終電を逃した上体調を崩し、タクシーにて25時帰宅と相成りました。

フランスから一時帰国されている知人(昨日友だちに進展する予定だった...)を囲む会に遅刻してでも(朝までのんでるというので)参加するつもりだったのだけど、体が悲鳴をあげるのでやむなく断念。残念。無念。で、部屋に戻ってソファに倒れこみ、どうにかこうにかゴールデンウィークの幕開け。

今年のゴールデンウィークはかなり地味ぃに仕事関連の勉強をしようと思っていて、XHTMLとCSSとFlashの基礎を習得してこの黄金週間を終えるのが目標。と思っていたけど、Flashより前にPhotoshopとかIllustratorで簡単な画像補正とか加工をできるようになる方が先かも、と今思った。最近はどれも30日間無料で体験版を使わせてもらえるんですね。結構結構。

とりあえず、大変無計画ながらこの1週間を勉強にあてることは決めている。もちろん1週間でいっぱしの仕事人レベルになれるわけではないけど、私の場合、彼らのスキルアップの仕組みを作るのにもっと知識がほしいなぁというところなので、この1週間で可能な限り体験的な知識習得ができればな、と思っている次第。

何かが激変するわけではないだろうけど、トレーニングの講師の皆さんがストレスを感じることなくもっと突っ込んだカリキュラムの話などこちらにできるようになって、一緒により良いトレーニング体制を作っていけたらいいなぁというのが一番。加えて、客先への営業同行となると、役割分担として自分がカリキュラムの開発担当みたいな感じで一定の知識を有していることが求められてきそうな匂い?臭い?がプンプンしているので、今のうちに下準備をしておかないと後々大変息苦しそうでもある。

というわけで、この1週間は勉強頑張りつつ、近所を散策しつつ読書を楽しみつつ、のんびりできたらいいなぁと。あれ、ちょっと脱線ぎみ...。それで初日の今日はというと、ママになっている友だちの家を独身仲間4人で訪問し、2歳14kgの女の子に遊んでもらってきた。で、帰宅後19時就寝の22時起床。さて、この先どうなることやら。

2005-04-25

提案書を書く仕事

自分がこんなに企業向けの提案書を書く仕事をすることになろうとは、数ヶ月前には思いもしませんでした。この会社に来てから、気がつくとそういう仕事が脇の下の辺りにもぐりこんでいて、むずがゆいのでなんだか書いています。まだ数えるほどですが、この先も当たり前に書いていく必要がありそうです。

以前勤めていた会社では、私の隣の席でごりごりと数千万単位の提案書を書いて実際受注してしまう姉御がいて、彼女は新卒社員がビジネスマナーを習得するように、30歳くらいまでにいっぱしの提案書を書けるようにならなければならん!と言っていましたが、当時はいやいや私はそういうの苦手だし、私の場合そういう仕事は向こうから願い下げだろうと思って聞いていました。が、所変わればなんだかやってくるものです。こんな私にもそんな仕事が。

うちの会社はそんな大きな会社ではないですが、お客さんは大手さんが多いので、提案書を出すとなるとその先はなんだかスゴイ企業ばかりです。でも、こういうのって自分一人で機会を作ろうと思ってもなかなか得られるものではないので、なんだか脇の下にもぐりこんできた案件に関しては頑張って提案書を書くようにしています。

書いていると、やっぱり生みの苦しみを味わうわけなのですが、要はあなたの会社の幸いのために私たちの会社がどんなことをして差し上げられましょうというのをうーんと考えて、それを明文化してみて、それを見直しては掘り下げてみて、の繰り返しで思考を文書化していく作業なのであって、その企業に対する想いを深めながら何ができるかなぁって素直に考えてみれば、あと社内に誇りをもって提供できるリソースを発掘できれば、提案書をまとめる人のスキルがいまいちでもそれなりに内容のある提案書になるのだろうと前向きに考えてみる今日この頃です。って、この一段落、一筆書きですね。

それに、こういうのは使ってこそ伸ばせるスキルだから書く機会を半強制的に与えられるのは大変ありがたいことで、こういうスキルはどこにいっても使える汎用的なスキルなので、習得しておいた方がいいよなぁ、ありがたいことだよなぁとも、前向きに受け止めています。とはいえ、やっぱり大変なんだけど。

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さて、ここからまたしばらく続きますが、これをしている時の私の最たる原動力は、私が日頃キャリア支援をしている「ものづくりをする人たち」の生みの苦しみを少しでも体験的に理解したいという思いにあります。

私は職業がら良い企画書からまだまだの企画書まで結構な数の企画書を見る機会に恵まれてきたと思うのですが、そうするとある程度は絶対的な視点で企画書を評価する力が養われます。でも適正に評価できるスキルと、ゼロからものを作り出せるスキルは全く別物です。どんなにまだまだのモノでも、その人がゼロから生み出したものに対して、またゼロからものを生み出した行為に対して、そしてその創作者に対して、私は心から敬意を払うべきだと考えています。悲しいかな私はゼロからものを生み出すことを大変不得意としているので、自然と創作者に対する敬意の気持ちがわいてきやすいわけですが。

と同時に、苦手苦手とばかりいっていないで、多少なりともそういう創作者の生みの苦しみを体験的に理解して彼ら、彼女らと関わっていきたいという強い思いも私の中にはあって、それは提案書を書くときや原稿を書くときに何よりの原動力になっています。私が今主にキャリア支援の対象としている人たちと表現手段は異なるものの、ものを作り出す行為に向き合う時の人の気持ちのありようみたいなものは、共感できる心理的な経験が少なからずできていて、それは私にとって大きな財産です。デザインはやっぱりさっぱりですが。

というわけなので、今後も脇の下に入り込んできた案件に関しては頑張って肥やしにしていきたいと思います。いやいや、長い話でしたね。ここまでおつきあいくださった方、ありがとうございました!

2005-04-17

ノスタルジックな気分

今日は数ヶ月ぶりにプールに行って泳いできた。300mでわき腹が痛くなってしまい、途中ウォーキングをはさんで計500mで退場。これから暖かくなるし、休日だけでも通うようにしたいなぁ。

という話とは全然関係ないんだけど、帰り道に家の近所を歩いていたら、窓を開け放したビルの一室から懐かしい音が。ピーーヒョーーリロリローピォーー。そう、アナログ回線でインターネットにつなぐ時の音です。へぇ、懐かしいっ!と興奮。その後なんだかノスタルジックな気分に……なる自分もどうなんだろうと、少ししてからきちんと気づいた私は正常。

2005-04-16

間に感じられるもの

例えば人の価値観とかって、言葉によって形あるものに転化されて人に伝えられることはあっても、その観念的なもの無しに最初から言葉が存在していることはないのだと思う。

非物質的なものはいつだって、名もないものがまず先にあって、その存在に気づいた人がそれに名前をつけてきたのだろう。それは端的に○○と表されることもあれば、比喩的に○○のようなものとしか名づけられないこともある。まだ言葉に表されていないものも世の中にはたくさんあるし、この先もずっと名づけられないものだってきっとたくさんあるんだと思う。

でも、形ある状態には成しえないものでも、例えば著者と読者が共有する行間だったり、例えばある人とある人が共有する空間や時間という「間」に存在することによってのみ伝え合えている事柄があるような気がしている。

その「間」に入っていけば、人の力ではそう簡単に有形化することができないものでも、人は確かな存在としてそれを感じられるんじゃないか。だから私はある人の本を読みたいし、ある人と場や時間を共有したいと思うのかなと。

こうやって言葉にするとかなりややこしいけれど、実は驚くほどにシンプルな話で、ややこしくしか書けないのは私の力量不足にほかならない。じゃあそうすればいいじゃないという結論はシンプルはシンプルなんだけど、その難しさもそれなりに体得していて、今はちょっと価値観崩壊中、いや前向きに再構築中としておこうかしら。

2005-04-13

朝型人間の夜更かし術

ちょっと忙しくて、夜0時前にその日やるべきことを終えて床につくのが現実的に難しい状況。とはいえ、朝型人間の私が0時の壁を乗り越えて深夜に活動するのは、それはそれでなかなかに難しい。睡魔との戦いには潔くあっさりと負けてしまう。いやいや、そもそも睡魔を前に一戦交えようという戦闘意欲がわかない。よくぞいらっしゃいました、と快く迎え入れてしまうばかりである。

で、どうしたものかなぁと思っていたのだけど、本日必要に迫られて朝型人間の夜更かし術を編み出したのでご紹介。といっても、私の周辺はほとんど夜型人間なのであまり役に立たないと思いますが。

まず、朝型人間にとって一日の境目を乗り越えるのは非常に厳しいので、0時前に素直に眠ってしまう。睡魔と戦おうなんて茨の道を選ぶ必要はない。それでどうするかといえば、単純に深夜1時とか2時とか睡魔も寝静まった頃に起き出して活動すれば良いだけである。そうすると、あら不思議、結構夜にも仕事ができるのである。

素晴らしい考案!かどうかはまだよくわからないけれど、ひとまずこれまでに思いついた案(とにかく頑張る!とか、まぁ眠いものは仕方ないので諦めるとか)とは一線を画す発案だ。しばらくは必要に応じてこれにお世話になってみようかな、と思っている次第。

2005-04-11

昨日はお花見

ここ2週間連続して土曜出勤したので、今日は代休をとりました。雨も降っているし、今日はうちでのんびりと……仕事の整理でもしようかなぁと。その前に、この一週間のあれこれを「話」にまとめてみたので、もしよろしければ下のもご一読ください。

それにしても昨日は素晴らしいお天気でしたね。ちょうどこの日は千葉の友だちとどこか散歩しようと話していて、花見がてら上野公園に足を運んだのですが、いやいやものすごい人でした。それなりに人はいるものかなぁと予想していましたが、まさかあんなに観光地化されて大勢の人が集まっているとは。迷子の園内放送によれば、都外からも多数訪れていたようで。上野公園ってそういう場所なんですねぇ、と今さらながら。

私はブルーシートを敷いてしっかりお花見っていうのをやった思い出がなく、また年々人の集まるイベントごとから離れて暮らすようになってしまっているので、そういうのを目にすること自体が久方ぶり。あぁ今もこういうのって続いているんだなぁと新鮮な気持ちで、多種の桜に加え花と団子を味わう人々を観賞してきました。あと、上野公園ではリーゼント頭でロカビリーを踊っている30代風の皆さんもいて、これがまたなかなか楽しいショーでした。上野公園は、平均年齢の高さ一つとっても、代々木公園とは一線を画す魅力あり。

その後やはり人ごみに疲れてしまって上野を脱出。上野公園を背に2、3km人気のない裏道をのんびりお散歩。ぽかぽか陽気の中あちらこちらから桜吹雪が舞って、途中途中に建物フェチな私の心をくすぐる景観が広がり、カフェでのおしゃべりも心地よく。本当に素敵な休日でした。

うーん、やっぱり今日も素敵な休日にしたい……。ということで、やっぱりお出かけすることにします。

2005-04-10

そして一週間が経過

月曜は六本木にて前々々職?の会合があり、大遅刻のビリっけつだったもののどうにか参加。この会に集う皆さんはもう全員その会社を辞めているのだけど、皆それぞれの場所で生き生きと仕事をしていて、一緒にお話していると嬉しい気持ちになる。みんな私よりお兄さん&お姉さんというのも、年上空間が大好きな私にとって至福の時である。私含め女性陣が皆仲良く婚期を逃しているのもひそかにほっと……。いやいや、ともに頑張りましょう。

水曜の夜は元受講生のキャリア相談。受講生といったって、私がこれまで対応してきた受講生はたいてい自分より年上なので相談役というのもおこがましいのだけど、自分と話す時間を経由することで、その人が何らかより良い、より気持ちいい、もしくはより効率的なキャリアの道を歩めるなら、それは私にとってとても嬉しいことである。

その後、受講していた当時こんなふうにじっくり話したことはなかったですね、といったメールをもらったけれど、それはね、受講していた当時あなたが私をそういう関係として必要としていなかったからなんですよ、と一人で苦笑。でも、だからこそ今こういうふうに声をかけてくれるのは、自分が多少なりとも当時から成長できたということなのかな、と前向きに勝手な結論づけをしておく。

木曜日は上司に待望の第二子誕生!ということで、以降しばらく(っていつまでだろう……)上司がお休みに入った。仕事上いないのは当然困るわけだけど、上司が「何が大切なのか」絶対的な判断軸をもっていて、それを見失わず潔く仕事を休む決断を下している様は素敵なことだなぁと思う。だからいない状況でも頑張りますよ。それがきっと私のできる最大の祝福の仕方なのかなぁと思いますし。というわけで、ちょっと大変な案件もどうにか対応して帰ってきましたよ、えぇ。若干疲労したものの、一日を締めくくる心地よいおしゃべりとおいしいケーキであっさり快復。

金曜は普通に仕事をして帰宅し、お風呂に入ってちょっとくつろいだ後、また自宅で仕事に手をつけ始めようと思ったら、大切な仕事ノートを会社に置き忘れてきてしまったことに気づき、深夜に再び出勤。ノートだけ取って再び帰宅。そこから仕事を始めて午前3時くらいにいったん就寝。朝6時に起きて仕事。1時間ほどでそれを切り上げ土曜出勤。真面目に仕事して18時終了。そして、22時に就寝!やっぱり人間はこうでなくちゃ、と布団の中でしみじみ思った。

2005-04-03

始まりと終末

何かの始まりを感じる時、同時にその終末まで考えが及んでしまうことがある。その終末を迎えるのが怖くて、初めの一歩を躊躇している自分に出合うと、歳とったなぁと思う。

でも、もう少しよく考えてみると、何の終末も迎えないために、何も始まらない人生を選んで、いったい何になるというのだろう、と思い至る。

桜が咲く頃、思い出す言葉。

「散ることを知りながら 咲くことを恐れない」

いい言葉。

※用美社「拝啓サクラさく」(黒田征太郎/絵 日暮真三/文)より

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