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2005-02-27

京都の伯母さん

仕事や仕事の類のものがにわかに勢力を増している。加えて週末は週末で先週・今週とも金・土に異なる会合があり、新旧様々な人と交流を深める機会をもったりもしている。そうそう私はこの週末初めておかまバーも体験した。イメージ通り良かった。(あ、派手な感じのじゃなくて、おかまのママが一人できりもりしてるお店。10代でデビューして今50というから私より女性歴長い)というわけで?私にしては随分とオトナな繁忙期を過ごしている。

しかし、この週末に発生した仕事でこれからさらに忙しくなる。しばらくは会社と家の往復で頑張らねば!と気合入れたところで今日母から電話があった。

京都の伯母の容態が急に悪化して、あと一週間もつかもたないかというところらしい。伯母は数年前から癌を患っていたのだけど、昨年末に東京で何年ぶりかの再会を果たした時はたいそう元気そうだった。華やかなスーツに美智子さまがお召しになるような帽子をかぶって、それはそれはとても生き生きとしていたのだ。京都から東京へも一人で新幹線に乗ってきたというし、写真を撮るとなればお洒落なスーツ姿で「シェー」のポーズをとってみせるし(父方はそういう家系です)、すっかり快復しているものと安堵した矢先。昨年のクリスマスに具合を悪くして入院。癌が肺に転移してしまったのだという。

振り返ってみると、伯母とはこれまで数えるほどしか会っていないのだけど、私は彼女がとっても大好き。私が生まれる前から京都に住んでいて、小学生の時兄と二人だけで新幹線に乗って泊まりにいったことがある。その時一緒にピアノを弾いたり花火をしたりして以来、私は彼女のことを心から慕っている。ひょうきんで、愛嬌があって、愛情深くて。子どもの頃にもらった愛情は、今尚心の中に息づいている。

母の電話を受けて、一気に涙がぼろぼろ出てきてしまった。母は私が泣くなんて思っていないから、「あら、風邪ひいてるの?」なんて言ってたけど、「泣いてるんだってば…」とも言えず、電話を切るまで音を立てずに涙を流した。仕方ないことなのかな、とも思う。でも、連れていかないで、って思う。理屈じゃなく涙がこぼれてしまう。好きな人とはずっと一緒の世界に住んでいたい。できないってわかっているけれど。残酷にもわかっているんだ、そんなこと。

2005-02-23

代休、一人映画に感動

今日は2月頭に土曜出勤した分の代休をとった。平日の休みとなると、なんだか普通の休日みたいに終日近所で過ごしてしまうのがひどくもったいなく感じられて、朝から妙に活動的になる。なので代休は個人的に結構助かる。

朝7時には起きて、午前中は銀行やお役所の手続き(書類間違えて持っていって結局手続きはできなかった)。その後表参道に移動してカフェでパンをかじりつつ読書。それから原宿の美容院で4ヶ月ぶりに髪の毛を切ってもらう(相変わらず大きな変化は無しだけど個人的にはすっきりして気持ちいい)。それからまた表参道の別カフェでコーヒー飲みつつ文庫本の続きを楽しむ。

その後、今日は映画を観るのだ!と銀座へ移動。2005/2/12の「話」で話題に挙げた「一人映画」をしてきたのである。ちなみに今日は水曜日で、女性は千円で映画が観られる。焼肉屋じゃあるまいし映画に男性も女性もないと思うのだけど、割り引いてくれるというのだから使わない手はない。男性には恐縮ですが、毎月1日の「映画の日」割引でどうか気持ちをおさめてください。

さて、今日観た映画は「ハウルの動く城」。確かにその映画に感動したのは間違いないのだけど、私の今日の感動はもっともっと壮大なのである。この感動をどうにかして表現するならば、つまり、この映画の裏側に、こんな素晴らしい感動を創り出し世の中の人たちに届けようとして一所懸命生きている人たちが大勢いるということに、何より感動してしまったということなのである。

この世界にはそんな人たちが自分と同種の“いきもの”として生きていて、その人たちと一緒に私はここで今を生きているんだなぁという壮大な幸いを感じて、私は映画館のスクリーンを前に泣いてしまっていたのである。たぶんちょっとどころでなく怪しいけれども、それがたぶん正確な涙の理由。この幸いをしっかり受け止めて、生きていきたいなぁと思いながら帰ってきたわけです。

だって、人は誰もに共通する「世の中」という枠組みの中には生きられない。自分以外の人が描いた世界や、神さまが描いた唯一無二の世界には(たとえあったとしても)決して生きられなくて、自分自身が頭の中に描いた世界観の中でしか生きられないもの(だと私は思う)。だから所詮自分の目を通してみた世界にしか生きられないちっぽけな動物であるならば、自分を通して感じる世界をより魅力的に感じて生きられた方がいいし、より魅力的に感じられるようにアンテナをはって生きた方がお得なのではないか、というわけで。

なんだかわけがわからなくなってきましたが、要は単に、こんな感動の中に人は生きることができて、実際に生きようとしてそういう働きかけをしてくれている人がたくさんいて、そういうわけで実際にそういう世界に自分が生きていることが、スゴイなぁって話。またまたアサッテの方向にひた走ってますか、私。まぁここだけの話。

2005-02-20

世間ズレ

我が家にはテレビがなく、情報を垂れ流しで提供してくれるのはラジオだけ。そんなわけで、世の中の多くの人が「家に帰るとまずテレビの電源を入れる」のと同じように、私は「家に帰るとまずラジオの電源を入れる」のが常である。ニュースや天気予報など一般的な情報はほとんどラジオから得ており、昭和初期の人のようでもある。

しかし、このところ家に帰っても集中して考えなきゃいけないことが多く、ラジオもオフにして過ごすことが多かった。こうなると、私の住む部屋は完全に社会から遮断されてしまい(これはラジオでもテレビでも同じなんだけど)、世の中の人が普通に生活していて何気なく耳にするニュースもこちらには全く届かなくなる。勿論インターネットを通じて情報を取りにいけば済むことなのだけど、そうやって自発的な行動に出ない限り日に日に浮世離れしていってしまう。今の私は通常に増して少し宙に浮いていると思う。

世間からずれていってしまっているのはこれだけに留まらない。先日の茨城県震源の地震の時も、結構大きい地震で皆さん飛び起きたというけれど、私はすっかり深い眠りの中にいて、ほとんど無反応だった。確かに揺れを感じて、あれ?と思ったかすかな記憶はあるけれど、ほとんど憶えていない。自分の記憶の中にある揺れ以上に実際の世の中が揺れていたのだとすれば、この世間とのズレは結構怖いことだなぁと思う。私が世間とずれているのか、この部屋が世間とずれているのか。

加えて、このところずっとWEB系の雑誌や書籍ばかり目を通していて文学作品に触れられずにいたので、いい加減本を読みたいなぁと思って、移動時間などに意識的に時間を作ってみている。読みかけになっていた江国香織の「間宮兄弟」を読んでいる。本の中の間宮兄弟もまたかなり世間ずれしている。これでまた一層世間からずれていく。ずるずる、ずるずる。

2005-02-19

傘にとって代わるもの

雨が降ったら傘をさす。傘ってどうも便利になりきれず中途半端な形状のまま生き延びている気がしてならない。多くのものが革新的な何かに変化を遂げる中、本当に長いこと傘は傘であり続けている。そろそろ傘世界にも何かダイナミックな変化が起きないものだろうか。

だって、一たび傘を持ち出すとずっとずっと手で持っていなきゃならないのだ。出がけ雨が降っていたというだけで、もしくは天気予報のお姉さんに「今日は傘を持ってお出かけください」と言われただけで、今頭上に雨が降っているか否かに関わらず、その日終日片手が傘に拘束されてしまうのである。電車の中で座席に腰を下ろした時ですら、真ん中の席だとどうにも手放せない状態で、隣の人や前の人に迷惑がかからないよう握りしめていなきゃならない。

また特に濡れた傘を持っている電車内や、傘を広げて人ごみの中を歩いている時など、雨のせいではなく傘のせいで、人はいらいらしているのだと思えてならない。皆傘を持っていなかったら、あれほどまで雨の日に陰鬱な表情を浮かべていないのではないか。もっとあっけらかんと開き直って「雨に降られちゃったよー、あっはっはー」と陽気にいけるのではないだろうか。外国人が傘をささないのはそのためか…と思うのは私だけ?

さらに傘をさしている時は、風が吹く度強く握りしめてあげないと飛ばされてしまうし、始終風が吹いている場合はずっとずっと力んでいないといけないから手がへとへとになってしまう。またちょっとした風でも、その風とうまいこと折り合いがつかないとすぐにポキッと折れてしまう。私がいつも500円以下の傘を使っているためかもしれないが、すぐ置き忘れてしまうから高いのを買ってももったいない。なくしてしまいやすいのもまた、傘ならではである。

そもそも、あのいかにも風と戦う気満々みたいな面構えがよろしくないのだと私は思う。私は雨をよけたいのであって、風と一戦交えたいなんてこれっぽっちも思っていないのに、傘を広げているといかにも私が風に突っかかっているように風に誤解されてしまう。「いやいや、そんなこと全然思ってませんよー」と私がいくらへつらってみたところで、私より前にいる頭上の傘がガン飛ばしているのだから仕方ない。おかげで私は毎回風に滅多打ちにされてしまう。

このように傘は多くの課題を抱えているのだ。そろそろ、雨が降った時の対応策として革新的な何かが出てきても良い頃ではないだろうか。地下を歩けたり地上でも屋根付きの所が増えたりはしているけれど、もっと直接的に傘にとって代わるもの、誰か発明してみませんか。きっと儲かるよ。傘を多用しない国では盲点になってるから競争相手も少ないし。

10年後にある「雨が降ったら○○する」の新常識。私が考えるとどうも明後日の方向へ行ってしまう。「雨が降ったら全身に防水バリア(NASAで開発)」「雨が降ったら休み(法律を制定)」「雨が降ったら防水全身タイツ(のび太の子孫が着てたみたいなの)」、一階層上げて「雨に濡れても心身の健康が損なわれない教育を施す」「雨に濡れても気にならない催眠術をかける」とか。

2005-02-17

検査結果

一昨日「翼状片」という目の病気にかかっていることが発覚し、「日を改めて今一度検査に来るように」言われたので、今朝再びちょっとうらぶれた感じ?の診療所を訪れました。

そういえば、すでに病名もこれとわかっていて、薬で治るものでもないので大学病院送りだと話もされているのに、私はいったいどういったわけで今日ココで更なる検査を受けることになっているのだろうと不思議に思いましたが(一昨日に気づくべきでした)、ひとまずガラガラー、ごめんくださーいと中へ(なんかそういう店構えなんです、ココ。渋谷駅から徒歩1分ほどなんですけど)。

で、何をしたかといえば、黒いおたまを持ってする普通の視力検査と、両目で万華鏡を覗き込むような検査、あと他に何か目新しいことをしたわけでもなくすぐに検査結果発表。結局先生からは「翼状片だね」「大学病院とか大きい病院に行かないとね」って、それ一昨日聞いたよー。「○○病院ならうちで紹介状書けるけど」ふんふん。「○○病院って別にいい病院じゃないからねぇ、いろんな人に聞いてイイ病院は自分で探した方がいいと思うよ」ってオーイ。「1,500円です、チーン」ってオイオーイ。

そんな突っ込みを入れられたのは実はずっと後のこと。診療所にいる間は、柔和なおじいちゃん先生の笑顔にのまれていて、感謝の気持ちを胸に深々お礼を申し上げてその場を後にした。だけど帰り道、そういえば私、今日は何しに来たんだろうって振り返ってみたら、あれーって。つまり「イイ病院は自分で探そう」に1,500円?自分の鈍さに落ち込み。イイ病院、頑張って探そう。

2005-02-15

大学病院で手術…手術…手術…

「こりゃ大学病院で手術することになるね」と今朝町医者から殴られた、いや投げられた言葉が、一日中頭の中でこだましていました。精神的ダメージが大きすぎて私にはうまく受け止めきれません。「注射」と聞くだけで幼児化する私に「手術」を受けろだなんて、5歳児一気に通り越して3歳児に戻ります。いっそ町医者の目の前でヤダーヤダーと泣き叫んで足をバタバタしてしまおうかと思いました。そこで踏みとどまれた私はオトナ。でも、やっぱり泣きたい。

数週間前からだと思うのですが、目の中にどなたか住み始めてしまって、まぁ放っておけばいつか出ていかれるかしらなんて居候させていたら、今週頭に一気に占拠されてしまいました。というわけで、今日の午前中に眼科を訪ねたら、町医者から冒頭の一言。ざっくり、ぐっさり、どすっとやられました。

また木曜に再検査を受けてきますが、しばらくは目を真っ赤にしてかなり落ち込んで…、いや怯えて暮らしていくことになります。どうかどうか、優しくしてやってください。くれぐれも後ろからいきなり「わっ!」とか声かけないように。本当に泣き叫びます。

ちなみに病名は翼状片(よくじょうへん)といって、漁師や農家の人がよくかかる病気なんだそうです…。

2005-02-13

幸せ時間

一日の中に、どんな時間があったら幸せかなぁと考えてみました。

思考時間:一人で考えごとしたり
表現時間:頭の中のことを文章に表してみたり
散歩時間:その辺をてくてく歩いてみたり旅してみたり
観察時間:人とか猫とか草花とか、じーっと見たりちらっと見たり
休息時間:コーヒーやさんでぼーっとしたり、睡眠に没頭したり
仕事時間:やりたい仕事にどっぷり集中してみたり
対話時間:誰かと膝つきあわせてしっかり語り合ってみたり
感動時間:本や映画、日常の何気ないことに心揺さぶられてみたり
運動時間:すいすいーと泳いでみたり
清潔時間:お風呂入ったり、洗濯したり、クイックルワイパーしたり

※順不同&記入漏れ多数。…って書いておかないと、ものすっごい不安。まずこれじゃ何も食べてないし。ちなみにこれは平日版。

自分の24時間を粘土みたいに丸めてみて、自分の好きな大きさにちぎって形を整えて名前をつけてみるの。それを10個くらい並べて目の前に「自分の過ごしたい一日」を置いてみると、「自分のありたい自分像」が見えてきたり。なんて、そんな疲れること考えながらやったはずがありません。単純に、ただやってみただけ。

ささやかな幸せをちぎってみたつもりなんだけど、こんなたくさん一日にできるほど器用じゃないよなぁ。一週間とか一ヶ月ずつでもいいから、作っていきたいなぁ。これ書いてる間に1つくらいできたよなぁ。何やってんだかなぁ…。

2005-02-12

前々々職の会合

今晩は前々々職でともに働いた人たちと小さな会合を御茶ノ水にて。会社を辞めて年月を経るごとに、こういう仲間との関係性は私の中でどんどん家族的になっていく…って昨日と同じじゃん。

まぁ同じっちゃー同じところも多分にあるのだけど、「前々職か前々々職か」とか「恵比寿か御茶ノ水か」とかいう違いだけではなくて、今日は今日ならではのとても良い時間を過ごしたのである。

皆早生まれで、今年30歳になる女の子2人と、今年29歳になる私の3人。90年代半ばからCGやWEBといったデジタルコンテンツ制作の業界に関わってきたほぼ同い年の仲間は、どこか目に見えない独特の価値観を共有しているような感じがあって、一緒に話していてとても心地いい。

普通におしゃべりを楽しんでいるようでいて、話は自然とより広くより深い方へ展開していく。仕事に対する思いとか今後のキャリアについて、自分がどういうふうに関わっていくことで、10年とまだ若いこの業界の発展にどういうふうに貢献していきたいのか。こういう話をゆっくりじっくり同世代の仲間と話せるのって、とても嬉しいし、とても刺激になる。自分はこういうふうになりたいって思いもぽこぽこと具体的にわいてくる。私は二人のことがとても大好きだなぁとしみじみ感じ入ってしまった。

といって、始終真面目な話ばかりしていたわけでもなく、普通のおしゃべりもあれこれ楽しんだ。とりあえず近々に、今日教えてもらった「一人映画の楽しみ方」を実践してこようと思う。ちょっとお洒落して出かけて、デパ地下とかでちょっと高めのおいしいものを買い込んで、一人で映画館へ。ここで映画を外すと救いようのない(誰も救ってくれない)最悪な一日に一転するので注意。これは絶対面白い!という映画選びが「一人映画」のポイントだと思う。

先日会社のお姉さんが見せてくれた雑誌の占い特集によると、今年の魚座は意識的に内向的に過ごして吉だそう。今でもこれ以上ないってぐらい地味に暮らしていると思うのだけど、さらに磨きをかけて内向きな暮らしを推奨されているのか…。そんな私にぴったりの、ささやかな余暇の楽しみ方を教えてもらったりもした今宵。女性の晩婚化に貢献…。

2005-02-11

前々職の会合

今晩は前々職でともに働いた人たちと、小さな会合を恵比寿にて。会社を辞めて年月を経るごとに、こういう仲間との関係性は私の中でどんどん家族的になっていく。会ってほっとする感じ。久しぶりに会っても距離を感じることがなく、「会ってすぐに打ち解けあえる」というより「初めから打ち解けている状態で会える」といった方がより正確な感じ。昔みたいに毎日顔を合わすことはできないけれど、毎日顔を合わせていた過去を共有しているからこそ今持てている、時間にも距離にも負けない関係性を大切に育んでいきたいと思う。

加えて嬉しいのは、会って「昔話に花が咲く」のではなく、「今の話ばかりしている」ということ。決して昔話の味わいを否定するわけではないのだけど、古くからの友人に再会した時に昔話だけで会話が終わってしまうのは悲しい。まだそんな歳じゃない(と思いたい…)し。だから、今何をしていて、今何を考えているか、最近どんなことを感じているかという話が自然にわいてきて、お互いの今を交換しあえるような関係性はとても健やかで心地よいと感じる。

皆会社は辞めているものの広くは同じWeb業界にいて、各々別の専門性をもって仕事をしている。私のそれはまだまだひよっこだけれど、昨日参会した皆さんは私よりずっとお兄さん・お姉さんで(補:年齢以上に専門性という意味で)、考えてみれば皆独立して仕事をとっている人たち。今同じプロジェクトで仕事をしている人もいるし、今後に関していえば私も含めて一緒にお仕事できる可能性が十分にあるのだ。

もしかすると、前述の「家族的」とは相反する感じがするかもしれないけれど、私にとっては「また一緒に仕事したい」と思ってもらえる自分でありたいなぁと自己成長の活力を与えてもらえる人たちでもある。「ほっ」と「よしっ」の気持ちをもって、ちょっとおねむな全身を抱えて夜中2時にタクシー帰り。やっぱりみんなオトナって感じだ…。今後ともどうぞよろしくお願いします。

2005-02-10

この会社で自分にできること

今日は夕方から社内の会議室にこもって打合せを2時間ほど。一通りの話を終えてひと段落というところで、彼女の言葉に鳥肌が立ち、目頭が熱くなり、心が震えた。

2年半もの間、彼女が背負ってきたもの。一人で今日まで抱えてきたもの。その大きさは計り知れないけど、計り知れないほどの重量感があることくらいは私にもわかる。これまで寡黙に不安と戦い続け(勝手に妄想)、私たちを支えてきてくれた彼女に、今後決してこんな思いをさせたくない、そう強く思った。

この会社で自分にできること、自分だからできることの手がかりを実感として得られたような気もする。それは会社規模でみたらとてもとても小さな取り組みかもしれないけれど、私にとっては「目立たないけど、とても大切なこと」。もし大切だと思わなくなったら、私が私ではなくなってしまうくらい大切なこと。

だから、たとえちっぽけでも、私の中に生まれる小さな想いと小さな気づきと小さな力を振り絞って、小さな結果を一つずつ積み重ねていきたいと思う。それはいつかきっと、お客さんに貢献することにもつながるし、会社に貢献することにもつながる。私の中には、極めて動物的な感覚として「確信」がある。

※もう、何を言っているのかさっぱりわからない文章ですね。でも、とりあえず自分用のメモということで残しておきます。すみません…。

2005-02-06

虫歯みたいな痛み

ここしばらくちょっとフル稼働。少し遅めに会社を切り上げると、なんやかやと家に帰ってもやることがいろいろあって、そのまま仕事モードで床につくためか、夢の中でもかなり濃厚に仕事のことを考えている。だから、朝起きるとまず、夢の中で思いついたことなどをメモに残したりしている。怖い…。そしてまた、休日もかなり濃厚に仕事のことばかり考えていて、というか明らかに仕事をしている。

まぁ、それもまた人生。やりたいことがあるならば、それに相応の時間を割くのは当然だし、そうやってどっぷり時間を割いただけ欲しいものを得られる環境があるのはとても幸いなことだと思う。

そう思いつつも、今日はなんだか一気に落とし穴に落っこってしまった。仕事だけを取り上げればたぶん申し分のない状態で、あとは自分が頑張った分だけ得られるものも大きいというところなのだと思うのだけど、人生という枠組みに広げてみると、ちょっとでこぼこな感じもしてしまう今日この頃。

ずっとそばにあった大切なものが目の前から消えてなくなってしまうのは、初めからそれをもっていないよりもずっとずっと耐え難い。「無い」ことより「失う」ことの方がずっと心が痛いものなんだなと、28歳ともなればふと何気なく思ってみたりもしましょう、ねぇ。

こういう痛みは「失う」その瞬間にも人の心を覆い尽くすけれど、その後も静かに静かに人の心を浸食していたりする。時々そのことをさりげなく合図していたりもするのだけど、それはそれで軽い虫歯のように知らぬふりしてどうにかやり過ごしていけるもので、やり過ごせるものはやっぱりやり過ごしてしまうのが人というもの。それでそのまま長く放置してしまうと、ある時一気に激痛が走ったりしてねぇ。でもまた痛みが鈍ってきて、そのままにしてしまったり。そうしてまた…。まぁ、しばらくはこんな感じでいくかなぁ。

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