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2004-10-16

身体障害に覆われた「難しいもの」

今日は朝早く家を出て、中学時代の友人と新宿で待ち合わせ。埼玉県は所沢の隣の駅にある国立職業リハビリテーションセンターの文化祭を訪れた。

彼女の友人の男の子がこの前の冬だったかスノーボード中に大きな事故に遭い、事故後1ヶ月は意識もなく、その後意識が戻ってからも一切話せない状態が続き、体も左半身不随の状態になってしまった。

そこから少しずつリハビリを受けて、現在は埼玉で一人暮らしをしながら職業訓練を受けるまでに奇跡的な快復を遂げている。今日訪れてみると、事故後から触り始めたというパソコンも手際よく使いこなし、足の方もゆっくりであればほぼ普通に歩行できるまでになっていた。今や足に関しては、身体障害のレベルも一番軽度の7級までになっているという。

私は彼とは今日が初対面だったけれど、私の友だち、文化祭に来ていた彼の他の友だち、新潟からはるばるやってきていた彼のお母さん、そして彼自身との対話の中から、その出来事の残した、とても大きな「難しいもの」の存在を肌で感じた。それは、ちょっと重たすぎて複雑すぎて、言葉にならない。

彼は今、来年の就職に向けてDTPの勉強をしている。今は障害者の方が社会復帰しやすいよう法整備も進んでいるし、民間の障害者専門キャリア支援サービスも出てきている。25歳。人生はまだまだこれから。私にもささやかながらできることがありそうなので、今後就職の支援をすることになりそうだ。

「難しいもの」を背負っていかなくてはならない現実はあるけれど、同情心を寄せるのでなく、彼が自立するための支援を自分なりにしていきたいと思う。

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